第21話:勘違いしてたみたい
キュルケーの過去を知ってから二日、俺たち捜索隊は無事レサヴァントへと帰ってきた。
門をくぐれば、町人の歓声が捜索隊を迎えた。先頭を堂々と歩くセシリア、キュルケー、ヴェラは、その声に応えるように手を振っていた。
そのままレサヴァントにあるレサルシオン王国騎士団の堂舎まで行く。
ここで一旦、騎士達とはお別れ。俺、セシリア、ティオナ、ヴェラ、キュルケーの五人でヴェラと合流したことを報告するらしい。あとアルアーンサイクロプスのことも。その間、騎士達は物資の調達をする手筈になっている。
扉を開いて、中に入る。
素朴だが、決して質素ではない装飾で飾られた内装は、かなり綺麗だ。思わずキョロキョロと周りを見てしまう。灯りはシャンデリアではなく、壁にある
「気になりますか?」
隣りを歩くセシリアが、灯りを指して言った。こくんと頷く。
「後でお見せしますね」
セシリアはクスッと笑って言った。拳を握って喜びをアピール。その様子を見ていたティオナが首を傾げた。
「ユウト様、今日は随分と落ち着いていますね。いかがなさいましたか?」
「雰囲気を壊したくないとか、そんな感じじゃない?」
ティオナの疑問に、キュルケーが的確な推測で返す。それを肯定するため、こくこくと二度頷いた。
「がははは!ユウトは真面目だな!」
「あんたは少し見習いなさい」
ヴェラの前まで行って、両手でバッテンを作る。そして頬を膨らませて不満を思い切り表現した。
「む?どうしたんだ?」
「うるさいから黙ってって言いたいのよ」
「む、すまんすまん!」
結局下がっていないボリュームに、もっと頬を膨らませて対抗。
突然横からつつかれて、ぶっと空気を吹き出してしまった。見ればティオナが、体勢そのままにクスクス笑っていた。
「むぅ…」
今度は何故か、セシリアが頬を膨らませた。
「ほら、着いたわよ」
キュルケーが扉を開いて中へ入る。俺たちもそれに続いた。
中は執務室だった。大きなテーブルの上には紙の束が山になっていた。それを見たティオナの頬が若干引き攣った。
ティオナはテーブルに近づくと、引き出しを開けて紙と羽筆を出した。それを俺に渡してきた。
「ユウト様、アルアーンサイクロプスとの戦闘の報告を書いてください。机と椅子はこちらです」
「はーい」
執務室に入って右にあるソファーと机に座る。早速、羽筆に意識を集中。陰翳を使うときの感覚を思い出す。先端がジワッと黒く染まった。
好きなようにサラサラ手を進めていく。三行くらい書いたところで、キュルケーからの静止の声がかかった。
「ちょっと待ちなさい。あんた何を書いてるの?」
「え?報告書だけど?」
俺とキュルケーは二人して固まった。
「これ…なんて書いてあるわけ?」
「アルアーンサイクロプスとの戦闘報告。我々捜索隊は今回、レサヴァントへの帰還の途中にアルアーンサイクロプスと遭遇した。俺が単騎特攻し…って書いてある」
「何語なのよ…」
(逆になんでわかんないの?)
そこまで疑問に思ったところで、ある感覚を思い出した。時々感じていたあの感覚。それを確かめるため、他の三人にも報告書を見せる。
「これ読める?」
「いや、さっぱり分からん!」
「申し訳ありません。私も読めません…セシリア様はいかがですか?」
やっぱり二人とも読めない。最後のセシリアの方を見れば、手を顔に当て、何やら考えていた。
しばらくして、セシリアが口を開く。
「ごめんなさい、ユウトさん。私も初めて見る文字です。魔族のそれとも全く違いますし…」
「わかった、ありがと」
これで確信した。俺は何かをきっかけに、異世界転移もしくは転生をしている。
そしてこれなら、全ての違和感が腑に落ちる。
魔法が常識なこと。魔物がいること。武装した人たちが普通に出歩いていること。化学技術を感じられる物が少ないこと。カタカナ言葉が通じないこと。
細かいところを上げればまだあるが、これら全て異世界だからという方が、日本の一部と言われるよりも納得がいく。
「俺…一回死んだのかなぁ…」
自分にしか聞こえないくらいの小声で言えば、バキバキッと明確な境界が出来た感覚がした。
そっか、これが
(こっちが
ーーこっちが
ハッキリと
勢いよく立ち上がり、羽筆と紙を置いて部屋を飛び出した。
「ちょっと出掛けてくる!」
「は?ちょっ、待ちなさいよ!どこ行くのよ!」
「訓練場!」
後ろからキュルケーの声が聞こえる。だが今はそれどころではない。立ち止まることも、スピードを緩めることもなく、ただひたすらに走る。
「む、鍛錬か!ならば俺も行くぞ!」
「ヴェラスケスまで!?」
キュルケーの驚きの声が、ヴェラに負けないくらい響く。次の瞬間には、ヴェラは俺と並走していた。
「はっや!」
「がははは!鍛えているからな!」
そのまま扉を飛び抜け、大通りを駆け抜ける。目指すは
通行人を避けながらひたすら進めば、意味は解るが全く読めない看板が幾つも目に映った。
心臓がうるさい。息が荒い。脳内がドーパミンでぐっちゃぐちゃだ。
深呼吸をし、
(セシリアは最初にやるなら水がいいって言ってた。水魔法の基礎は、心の凪…)
セシリアに聞いた、魔法のコツ。それは
俺が思い描く凪。それは鏡のような
目を閉じ、突き出した右手に左手を添える。そして覚えた詠唱を、俺の口で、言葉で紡ぐ。
「水よ・集え流れよーー」
俺の右手の先に、俺よりも大きい青の魔法陣が現れる。
「ーー《ワーテル》」
鍵言葉により魔法が閉じられ、世界に新たな理が生まれる。青の光が強まっていく。それが最高潮に達した瞬間、魔法陣から大量の水が、俺を目掛けて溢れ出した。
「うわっ!」
その勢いに流されて、反対側の壁に激突。頭がクラクラする。
(俺…今…)
仰向けのまま右手を見ていると、魔法を使えたと言う実感がじわじわ湧いてきた。
「がはははは!大丈夫か、ユウト!」
ヴェラが豪快な笑い声を上げながら、手を差し伸べてくれた。その手を掴み、ぴょんと立ち上がる。
「ヴェラ!俺、魔法使えた!」
「む?そうだな」
「ぃよっしゃぁぁあああ!!あっははははは!!」
着地と同時にガッツポーズ。全身が歓喜を喚き散らしている。
「使えた!使えたんだ!!あはははは!!」
びちょびちょの俺が跳ね回っている不思議な光景を、ヴェラはただただ怪訝な顔で見ていた。
ーーーー
俺はヴェラの炎魔法でドライヤーをかけられた後、執務室まで戻ってきた。もちろん、ヴェラも一緒。入って開口一番、俺はさっきの出来事を報告。
「セシリア!キュルケー!魔法できた!」
「ほ、本当ですか!?」
「うん!やっとだー!」
セシリアに初めて魔法を習った日から十七日。ようやくスタートラインに立てた。
「ま、私たちが教えたんだし当然よね」
キュルケーはフフンッと上機嫌そうに言った。
「待ってください!ユウト様は魔法が使えなかったのですか!?」
ティオナが驚愕の声を上げる。それに三人揃って頷けば、ティオナは大きくため息を吐いて頭を抱えた。
「それであの喜びようだったのか。合点がいった!」
ヴェラはうんうんと大きく頷いた後、俺の頭に手をポンと置いた。
「素晴らしいではないか!今日の晩飯は俺が奢ろう!」
「やったー!」
俺とヴェラがルンルン気分で晩飯を決めている中、ティオナが少し凹んだ声で言った。
「ユウト様、とりあえず報告書の作成をお願いします」
「あ、ごめん。俺、字書けないんだ」
「ええ…?」
ティオナの声がさらに凹む。意図せずしてしまった追撃に、なんか申し訳なくなった。
「ユウトさん、私が代わりに書きますから、内容をお願いします」
セシリアの救助に、ティオナの表情が明るくなる。さっきから感情のアップダウンが激しくて、なんか面白い。
「ありがと、セシリア」
「はい、今度文字の勉強もしましょうね」
「はーい」
ソファーにボスッと腰を下ろしたら、隣りにセシリアがスッと座った。視界の隅に映ったキュルケーは、何故かニヤついている。
「では、始めましょうか」
「おねがーい。まずはアルアーンサイクロプスとの戦闘報告。今回、我々捜索隊はーー」
微笑んでいるセシリアを頼りに、俺は報告書を書き上げていく。サラサラと、心地良い音を鳴らして、紙の上を羽筆が奔る。
「ーーよって被害はラグバグノス樹海の一部燃焼と、キュルケーの疲労のみで収まった。以上」
報告書がセシリアの手によって完成した。パタンと羽筆を置いたセシリアがジト目でこっちを見る。
「ユウトさん…自分の容態を忘れないでください」
「セシリアが完璧に治してくれたのに?」
「そ、それでもです」
セシリアが少し頬を赤らめて、目線を逸らした。その横から、スッとティオナが現れた。
「出来ましたか?」
「うん、セシリアのおかげで」
「ありがとうございます」
ティオナは報告書を手に取ると、封筒のような中に入れて、豪華な印鑑のようなものを押した。そして扉を開けて、近くの騎士を呼び止めた。
「これを王都までお願いします」
「はっ!」
騎士は足速に去っていった。一瞬見た感じ、早歩きなのに俺の全力より速い。凄すぎだろ。
「では、レサヴァント卿のところへ行きましょう」
ティオナに続いてラフィの家に向かう。大通りを歩くと色々な良い匂いで満ちていた。さっきは気が付かなかったけど。
香ばしい香り。甘い香り。刺激的な香り。それはもうお腹の虫を容赦なくつついてくる。
「ユウトさん、これどうぞ」
ふと、目の前に赤い宝石が現れた。
「ご飯はまた食べられますので、今はこれで気を紛らわしてください」
「なんでバレた」
俺が気になっていた魔石(仮)だ。それをセシリアから受け取り、じっくり眺める。普通の宝石よりも、どこか心に対する影響が強い。なんというか、いつもなら爆発する熱が無理矢理抑えられている感じがする。
「いったぁ!」
衝撃が、俺の手を襲った。見れば魔石(仮)が弾け飛んで、破片だけが残っていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
隣りにいたセシリアが魔法を使う。手が淡い緑の光に包まれ、ジーンという温かさと共に痛みが引いていった。破片がちょっと食い込んでいたのか、ポロッと出てきた。
途端に込み上がってくる熱。テンションがどんどん上がっていく。
「セシリア!今のって!?」
「ほ、炎の魔石です。灯り用に加工されています」
「おー!やっぱ魔石なのか!」
セシリアが俺のテンションジェットコースターに困惑…というか若干引きながら教えてくれた。
「炎の魔石が感情の大きさに負けるなんて…」
「あんたやっぱりおかしいわよ」
ティオナとキュルケーが何か言っている。片方は驚愕だが、もう片方は完全に呆れてる。なんでだ。
「炎の魔石は、魔石の中でも頑丈な部類に入るのです。加工済みとはいえ、
「もっと硬いのあるんだぁ。ちょっと砕いてみたい」
「高価なので全力で阻止致します」
俺の感想にセシリアは苦笑。ティオナはレイピアに手を置いてるのが見えた。
「冗談だよ」
そう言えば手を下ろしてくれた。そんな風に話していると、いつの間にかラフィの家に着いていた。
庭に入った瞬間、俺の勘が危険信号をキャッチした。場所は正面奥。ちょうど豪邸の入り口あたりだ。
「ヴェラ!ぶん投げて!」
「む!?なんだか分からんが承知した!」
ヴェラの腕に飛びつく。ヴェラは俺を軽々と持ち上げて、ピッチングの体勢。そのまま俺を投げ飛ばした。
(はっやぁ!)
周りの景色が飛んでいき、目の前に扉が現れる。体を前回転させ、扉にキック。そのままぶち抜く。
「ぐほぁぁ!」
誰かの顔面に一発ぶち込んでやった。
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