第12話:セシリアとキュルケーの魔法講座
俺達三人は朝食を済ませた後、レサヴァントの外の草原に来ていた。
奥にはラグバグノス樹海が堂々と構えている。
目の前にはご機嫌なセシリアと不機嫌なキュルケーという、対称的な雰囲気を出す二人が座っていた。
「ユウトさん、《ヴォワール》がどんなものか掴めましたか?」
「まだ。寝る前と朝に瞑想してるんだけど…難しい」
セシリアに首を横に振って答える。
五日前にヴォワールのことを聞いてからは、寝る前と起きた後に瞑想をすることが習慣になっていた。
最近は前方の全てが見えるようになったが、どうもしっくりこない。ただただ想像しているだけの時間を過ごしているような気がする。
「ねえ、セシリアはどうやって魔法を教えるつもりなわけ?」
ここで、ブスッとした顔のままキュルケーが口を挟んだ。
「まずは《ヴォワール》を自覚するための瞑想をして、次に《ステア》に入る練習。そして最後に魔法の練習といった感じでするつもりです」
「非効率ね。こいつの場合、たぶん《ステア》にはもう入れてれるわ。
だから魔法発動を体験させるところから始めた方がいいわよ」
そう言ってキュルケーは立ち上がった。
それからセシリアから少し距離を取り、魔導書を取り出した。
「ユウト、だったっけ?
そこに立ちなさい。まずは経験させてあげる。
セシリア、防御魔法を掛けておきなさい。もちろん、私とセシリアにだけよ」
「は、はい。
ーー我を象る聖なる器よ・魔を退け闇を拒む・盾となれーー」
急にやる気の出たキュルケー困惑しながらも、セシリアは美しい言の葉を紡ぐ。
彼女の言葉に呼応し、三つの魔法陣がキュルケーとセシリアを囲う。その三つがそれぞれの方向へと回転し、共鳴するように光り始めた。
「ーー《エスクード》ーー」
三つの魔法陣は消え、少し白を帯びた光が二人を包んだ。
「やっぱかっけぇ!」
「うるさいわよ。ほら、これ持ちなさい」
キュルケーが渡してきたのは、ガードの部分に赤い宝石のようなものが入ったダガーだ。
鋼のブレードはシンプルな見た目だが斬れ味の良さを感じさせる。
ガードとグリップは黒の流線が入っていて、グリップの先には本と杖をモチーフにしたと思われる紋章が刻まれていた。
「何このかっこいいダガー!」
「私の相棒、
「ユウエンかぁ!いい銘だなぁ!」
「当然でしょ?私の相棒なんだから」
フフンっと得意顔で言うキュルケーからは、ユウエンに対する誇りを感じられた。
改めてブレードを見れば、刃こぼれも無く、丁寧に研がれているのがわかる。
「本気で行くわ。死ぬ気で掛かってきなさい」
場の雰囲気がヒリつくものへと変わる。
ユウエンを逆手に構え、息を入れる。
キュルケーは魔導書を開き、大きく深呼吸をした。
何十もの赤い魔法陣がキュルケーの背後に展開される。そしてその全てが俺だけを狙っている。
口元が自然と上がっていた。
圧倒的な熱量が打ち出された瞬間、迷うこと無く一歩を踏み込んだ。
視界を埋め尽くす、赤く輝く死の塊。直感に任せ、ユウエンを振る。
ユウエン…いや違う。
何故かそう思った。
その時、視界の中で火球に向かうダガーに変化が起こった。ブレードから現れたのは、火球に勝るほどの圧倒的熱量。
疑問には思わなかった。当たり前だと思った。
圧倒的な熱量を、さらに上の熱量でねじ伏せる。
弾いて、ぶつけて、斬って、突いて。
避ける必要など微塵もない。ひたすら目の前の炎をねじ伏せ続ける。
不意に、火球の雨が止んだ。
晴れた視界の先には一際大きい青の魔法陣。そこから打ち出される、巨大な水弾。
怖くはない。
死ぬ気もしない。
最っ高にゾクゾクする!
燁炎から飛ぶ斬撃が水弾と衝突し、炸裂する。
爆音が鳴り響き、猛烈な爆風が吹き荒れた。
「うわ!」
俺の体は巻き上げられ、宙を舞った。
下を見れば、半径十メートルくらいが、セシリアとキュルケーのいるところ以外抉れて茶色くなっている。
(これ、ヤバくね?強すぎるだろ、燁炎…)
クレーターと化した草原に落下。着地した瞬間、前転して接地面を増やし、衝撃を逃す。
「燁炎サイッコーだなぁ!!」
陽光受けて輝く燁炎。うん、かっこいい!
「いきなり斬撃を飛ばすなんて…やるじゃない」
軽やかな着地音を鳴らしてキュルケーが降りてきた。
「技名とかない!?」
「な、ないわよ」
「じゃあ俺が決めていい!?」
「勝手にしなさい」
俺の勢いに呆れたのか、キュルケーはため息を吐いた。でもまあ許可が降りたので、ウッキウキで考える。
「爆炎飛斬!」
「却下よ」
「
「意味わかんない。あんた名付けの才能ないのね」
連続で即却下されてしまった。その上ネーミングセンスないの烙印を押すとは、随分な言い草だ。
なので次は、燁炎を意識したネーミングを考えてみる。
「じゃあ…
「…」
キュルケーの耳がピクッと僅かに動いた。そして考えるような素振りを見せながら押し黙った。
「ダメだった?」
「いや…あんたにしては良い名だと思って驚いただけよ」
「やったぁ!じゃあ
燁炎をクルクル回してはしゃいでいると、キュルケーから冷たい視線をぶつけられた。
「ユウト、さっき
「なんとなく?」
ハイになっていたからか記憶も曖昧だが、どこかしっくりときた感覚と誘導された感覚が残っている。
思い返してみるが、やはりはっきりしない。
「まあ、良いわ。こんな風に魔剣を使っていればそのうち出来るようになるわよ。あんた感覚派だろうし」
キュルケーはため息を吐きながら、なんだかんだアドバイスをくれた。
(なんだかんだで優しいんだなぁ。あれだ、ツンデレってやつ)
「さ、燁炎を返して」
「はい、ありがとう」
名残惜しいが、キュルケーに燁炎を手渡す。
燁炎を受け取ったキュルケーは、どこからか現れた水に乗り、クレーターから出て行った。俺も斜面を登り、クレーターから脱出する。
取り残されていたセシリアは、キュルケーが架けた水の橋を渡って戻ってきた。
「セシリア、これで良いわよね?」
「はい、後は私が教えるので。やっぱりキュルケーは教え上手ですね」
セシリアが微笑んでそう言えば、キュルケーは照れ臭いのかそっぽを向いた。チラッと見えた顔は少し緩んでいた。
「さてユウトさん、次は座学です。菖蒲の天啓に行きましょう」
「その前に、俺が開けたこの穴はどうするの?」
「私が直すわ」
そう言ってセシリアが魔導書を構えれば、穴を覆うように土色の魔法陣が現れた。
数秒間小さな振動があった後、すっかり元通りになった草原が姿を見せた。それを見てまたテンションが上がる。
「ユウトさん。言いたいことは分かりますが、とりあえず行きましょう」
苦笑するセシリアに言われ、ハッとなる。慌てて先に歩き出していたキュルケーの後を、セシリアと追った。
ーーーー
セシリアに案内されたのは、
前は本棚で見えなかったが、奥には机と椅子があり、座って読めるようになっている。図書館のように静かなわけではなく、何人かの冒険者が本を片手に話している様子が見えた。
そんな資料室の一角で、俺は山積みになった本と対面していた。分厚い色とりどりの本が全部で十一冊。学校の教科書より多い気がする。
「魔法の本ってこんなにあるの!?」
「はい。まずは魔法の基礎から学んでいきましょうか」
「はーい」
そう言ってセシリアが広げた本は、魔法大全〜基礎編〜と書いてあった。黒い表紙に金の文字と随分豪華だ。比較的状態が綺麗なので、あまり読まれていないのだろう。
「これは魔法の仕組みの定説が書かれている本です。大半は実験の過程が載っているだけなので、まとめの部分だけを今回は使います」
「はーい」
開かれたページを覗き込む。その時、強烈な違和感に攫われた。その正体を探るため、ジッとそのページを見つめる。
(何かが変だなぁ。読めるんだけど…)
「さてユウトさん、改めて聞きます。魔法とは何でしょうか?」
悩んでいると、セシリアからの問いが飛んできたので、顔をあげてセシリアを見る。やっぱりちょっと得意顔だ。
「人の意志で理を造ること!」
俺もテンションが上がってきたので、声のトーンが上がってくる。
「正解です。ではそのために必要なものは何でしょう?」
「《ネスティ》とヴォワールの自覚!」
俺の間違えのない答えを聞いて、セシリアはニコッと笑った。
「正解です。ここまでは完璧ですね。では先ほど体験した、《ステア》について解説します」
そう言ってセシリアは、パラパラとページをめくっていった。開かれたページには、《ステア》の仕組みというタイトルがデカデカと書いてあった。
「《ステア》とは、《ネスティ》と《ヴォワール》が重なることにより発生する状態です。《ステア》に入った人は圧倒的な集中力を発揮し、より鮮明に世界を観ることが出来るようになります」
セシリアは唐突に、真面目な顔で俺をジッと見てきた。空気が張り詰めていく感覚が肌をビリビリとさせる。例えるなら、勝負に入る前の、闘気を高め合ってる感じだろうか。
セシリアが瞬きをした瞬間、張り詰めた空気がふっと霧散した。真面目な表情を崩し再びニコッと笑う。
「こんな感じです」
(なんか楽しそう)
資料室に来てからというものの、セシリアは始終笑顔を浮かべている。明日には表情筋が攣りそうだ。
そんなどうでも良い感想はさておき、セシリアの解説に耳を傾ける。
「
セシリアの言葉を吟味しながら、さっきのキュルケーとの手合わせを思い出す。その時残っていた感覚のうち、言葉にしやすい方を聞いてみることにした。
「燁炎を使ったときに引っ張られた感覚があったんだけど、あれは
「はい、そういうことです。燁炎や羽筆といったものは、《ステア》に入った時に自動で魔法を発動してくれますから」
「なるほど!じゃあ詠唱は
合点がいき、ポンと手を叩いた。その反応に、キュルケーが目を少し開いた。
「へえ、あんたって意外と頭良いのね」
「意外とはなんだ、意外とは。まあ良いけど」
「良いのですね…」
セシリアに肩をすくめて返せば、苦笑が返ってきた。キュルケーはため息をつくと、山積みになっていたうちの一冊、紫色の本を読み始めた。微妙になってしまった空気を仕切り直すように、セシリアが口を開いた。
「ではこれからは、実際の詠唱を学んで行きましょう」
「はーい」
セシリアは魔法大全を机の傍に寄せ、今度は赤色の本を開いた。俺はセシリアの魔法解説を、その全て喰らう勢いで聞き続けた。
ーーーー
「あんた達、もう夕方よ」
呆れた声でキュルケーが指摘する。窓の外からはオレンジの光が差し込んでいた。
「まったく、昼食も食べずに続けるなんてね。ユウトは想像つくけど、セシリアまでそうなるとは思わなかったわ」
セシリアと顔を見合わせれば、何故か笑いが込み上げてきた。二人して吹き出してしまう。クスクスと可愛らしく笑うセシリアと、大声で笑う俺に、キュルケーは冷たい視線を向けてきた。
「仲の良いことね。そんなことより、早く食べに行くわよ。私お腹ぺこぺこなの」
「いってらー」
「ユウトさんも行きますよ?お金なら大丈夫です。私が払いますので」
夕飯を食べに行く二人を送ろうと思ったら、何故か俺も巻き込まれることになった。そしてお金の問題という、心配していたポイントも先回して潰された。残念ながら逃げ場はもう無い。
「むむむ、セシリアに借りばっかり作ってる。頑張って返そ」
「命を助けて貰った身ですし、これくらい当然だと思いますが…」
「どっちでもいいから、さっさと行くわよ」
「「はい」」
先に階段を降りていくキュルケーの後を、俺達は慌てて追いかけた。
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