第11話:初めての指名依頼
結局俺達は、そのまま治療室に一晩泊まった。ラフィが許可を取っておいてくれたらしい。
「ふわぁ…気持ちいい…」
今俺は、朝風呂に入らせてもらっている。忙しなく働いていたギルド職員に聞いたら、快く貸してくれた。優しい。
(めっちゃデカいなぁ。てかお風呂ってこんな良い物なんだ…)
今浸かっている浴槽は、軽く五十人くらいは入れそうなくらい大きい。これで簡易だというのだから驚きだ。
(銭湯に行ったらどんな風呂があるんだろ?アニメにあった泡風呂とかあるのかなぁ)
ボーッとそんなことを考えていると、ガラガラッとお風呂場の扉が開く音がした。
「ユウトさん、今時間ありますか?」
ラフィに呼ばれた。
「あるよ〜」
「では受付まで来てください」
「はーい」
再びガラガラという音が聞こえる。
たっぷり十秒数えてから、更衣室に向かった。パパッと着替えて受付に向かう。
受付に着くと、何やら忙しそうに書類を処理するラフィがいた。その後ろではバタバタと他の職員が動き回っていて、
「来たよー」
ラフィに声を掛ければ、パッと顔を上げて開口一番、謝罪された。
「ユウトさん、お風呂の時間を邪魔してごめんなさい。今日、あなた宛てに指名依頼が入りまして…本来なら低級には指名依頼は出せないのですが…」
「気にせんで。依頼は誰から?てかなんで俺?」
矢継ぎ早にそう聞けば、ラフィは困ったような笑顔を浮かべた。
そんなラフィに、透き通った声が助け船を出す。
「詳しくは私が説明します」
「セシリア、おはよー。昨日は治療ありがと」
「こちらこそ、昨日は申し訳ありませんでした」
そう言ってセシリアは頭を下げた。
「え?なんでセシリアが謝ってるの?」
「強引に決闘に巻き込んで、瀕死の重傷にしてしまったのですから…
その上、キュルケーを身を挺して助けてもらいましたし…」
申し訳無さそうに、そう続ける。全く気にしてないのに。
「別にいいよ。何なら決闘巻き込んでくれて良かった。
あんなすげぇ魔法を体験できるとは…
てかセシリアの回復魔法も見たかったなぁ…」
そう正直な感想を伝えると、セシリアは苦笑していた。
「ユウトさん、自分の身は大切にしてくださいね…」
「全くですよ…」
ラフィのその忠告に、セシリアも同意する。
ラフィはというと、昨日あったことを治療室に運んでくれた冒険者から聞いていたらしい。顔を引き攣らせていた。
「いいじゃん、好きなことしてるだけなんだし」
「「良くないです」」
息ぴったりに否定された。
「それでセシリア、依頼って?」
「私たちの仲間の捜索を手伝って欲しいのです」
話を戻してみれば、予想外の依頼内容が返ってきた。
どう考えてもセシリアとキュルケーの方が圧倒的に実力が上。パーティーを組むなら他の冒険者にした方がいいのは言うまでもない。
(え?本当に何で?わけわからん)
俺が困惑に飲み込まれている最中でも、話は淡々と進む。
「これから王都から、私たちの仲間を捜索するために、騎士団が派遣されます。
ですが、私たち含めて、ラグバグノス樹海の地理に明るい人はいません。
なので、あそこをよく知っている人がいれば良いなと思いまして…」
そう言って俺の方をチラチラ見てくる。
だが残念ながら期待に沿うことは出来ない。ラグバグノス樹海全体を知っている訳ではないからだ。
「俺、あの洞窟よりちょっと奥行ったところからしか分かんないよ」
「いえ、それで十分です。
報酬は、金貨三十枚で如何でしょう?」
お金かぁ。でもセシリアは命の恩人だしなぁ。
「うーん、それが高いのか安いのか分からんけど…無くていいよ、別に」
「え?ユウトさん!?セシリア様、失礼致します」
やんわり断れば、慌てたラフィに引っ張られた。
「ちょっラフィ、どうしたん?」
「どうしたもこうもないでしょう?金貨三十枚ですよ?ユウトさんと同じ低級なら十年あっても稼げないような額ですよ?」
ラフィが早口でそう耳打ちしてきた。相当動揺しているらしく、声が若干震えている。
「そうなの!?でもまあ、いっかな。魔法教えてくれるって言ってたし」
「え、ええ…?」
ラフィは困惑の声を上げながら、手を離してくれた。
「道案内くらいなら、依頼じゃなくてもやるよ」
「いえ、受け取ってください。これは謝礼も含まれていますので」
何故か圧で返された。謎に湧き出た対抗心で負けじと言い返す。
「それなら魔法の授業料ということで」
「そっちは命を助けて貰ったお礼です」
「むむむ…受け取るしかないのか」
「はい、受け取ってください」
結局、俺の謎の意地はセシリアの圧に負けてしまった。
その様子を見たラフィが、スッと羽ペンと紙を出してきた。
「ではここに署名をお願いします」
「はーい」
羽ペンを持つ。思ったより硬い。
早速示された枠に名前を書こうとするが、何も写らない。
「書けないんだけど…」
「もしかして、羽筆を使うのは初めてですか?」
ラフィが聞き慣れない言葉を発した。そこに驚きの色はなく、どうやら使えない人は他にもいるらしい。
「はねふで?ああ、これのことか」
「要領は魔法と同じですよ」
「魔法使えない…」
「うぇ!?」
ラフィは驚いて、口に手を当てて変な声を上げた。
それはそれとして、思わぬところで突き付けられる現実に、がっくり肩が落ちる。
「ラフィ…どうすればいい?」
「え?ほ、本当に使えないんですか?」
「そうだよ…」
俺は断じて嘘なんて言ってない。
「《ヴォワール》を自覚するのは五歳前後の筈なのですが…」
「ふぐぅ」
ラフィの一言が、ショックを受けていた俺を容赦なく追撃する。
「こ、これから使えるようになるもん!」
「言い方まで子供のようにならなくても…」
俺とラフィのやり取りに、セシリアが苦笑しながらそう溢した。
結局、初めての指名依頼は、依頼という形ではなくなった。その代わりセシリアの個人的なお願いという形で落ち着いた。
ラフィ曰く、知り合いに頼む分には、わざわざ
「キュルケー?いい加減にしてください」
「うぅ…だって…」
そして何故か目の前では、セシリアがキュルケーを説教しているという謎の展開が繰り広げられていた。
さっき依頼について内容がまとまったあと、セシリアが会ってほしい人がいると言われた。付いていったらカフェみたいなお洒落なお店で、しかもそこにはご機嫌斜めのキュルケーがいた。
「お詫びをしたいと言ったのはあなたでしょう?」
「それは…そうだけど…」
(セシリアの圧がすごい)
とりあえず運ばれてきたステーキを食べる。
柔らかく、甘みの強い肉が、ソースの旨味と完璧に調和している一品。セシリアが奢ってくれた。
「なあ二人とも。奢られてる俺がいうのも何なんだけど、料理食べないの?美味いよ」
「…それもそうですね」
ようやくセシリアの圧から解放されたキュルケーが、ホッと一息ついた。
二人とも王族らしい、気品のある所作で食事を進めている。それでも、セシリアの雰囲気が刺々しいのに変わりはないが。
(そんなにイライラしてたら美味い物も味しなくなるだろうに)
とりあえず、二人が話を始めるまで、ステーキを味わうことにした。
残り二切れまで食べたころ、二人の食事が終わった。
「さて、ユウトさん。この後、時間はありますか?」
「あるよ」
口の中のステーキを飲み込んでから答える。残り一切れだ。
「では魔法の訓練の続きを行おうと思っているのですが、どうでしょう?」
「お願い」
セシリアの提案に、即座に食いつく。これは神イベのフラグ!逃す気はサラサラない。
「分かりました。では食事が済み次第、レサヴァントの外に行きましょうか」
「はーい」
最後の一切れを口に放り込み、合掌する。
「ご馳走様」
「すごい食いつき様ね…」
呆れた様にキュルケーが言った。セシリアは小さく笑っていた。
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