第5話 幸せは悲しみの中に
「……まあ、それは特別だな」
「とりあえず、わたし髪の毛乾かしてくる! コウくん、ベッド入ってていいよ!」
小春はこれ以上顔を見られたくなかったのか、バタバタと洗面所に向かって行った。
この後の行動として何が正しいのか全くわからず、ただ小春に言われた通り自分のベッドに入り横になる。
電気は消しておいたほうがいいのか?
いや、そもそも単純に一緒に寝るだけのつもりなのかもしれない。
いやいやいや、女の子にここまで言わせといて何もしないのなんて逆に最低……というより、明日で全てが終わるかもしれないのにごちゃごちゃ考えている時間なんか――
「……コウくん?」
「うわあああああ!!!」
急に現れた小春に情けなく叫び声をあげる。
「ぷっ……あっはっはっは! コウくんは、本当にビビりだね!」
「う、うるせえな。急に声かけるからだろ!」
小春は笑いをこらえながら、猫のようにベッドの中に潜り込んでくる。そのまま、俺の胸に抱きつくように密着してきた。
「お、おい。小春……」
「あったかいねえ。幸せだねえ」
「……小春はさ。怖くないのか?」
「怖いよ。この幸せが終わっちゃうと思うと怖くてたまらない」
「全然そんな風には見えねえけど……」
「そりゃそうだよ。ビビりのコウくんの前ではずっと笑ってるって決めてるんだから」
「……俺は、とんでもなくいい女捕まえたんだな」
「今頃気づいたか。愚か者めー」
そのまま小春の背中に腕を回す。リアルな感触と体温を感じながら沈黙の時間が流れる。
どうしようもなく幸せだった。人生の中で、これ以上の幸せはないと思った。
……だが、全てが満たされたその一瞬。頭にふと流れてしまった。見えてしまった。
この先、訪れるはずだった未来。
それを考えると、どうしようもなく感情が溢れてきた。
「コウくん……泣いてるの?」
「……泣いてねえよ」
「ビビりなだけじゃなくて、泣き虫も併発したかあ。私の彼氏は本当に世話が焼けるなあ」
「……うるせえよ、チンチクリン」
「あはは、その悪口久しぶりに聞いたな」
小春がどんな顔をしているのかはわからない。視線を向ける余裕もない。
たが、どこか憂いを帯びた声が小春の虚勢を表していた。
「コウくんがなんで泣いてるのかわかるよ。きっと、私も同じこと思ってたから」
「子供は女の子だねえ。コウくんは溺愛するんだろうなあ」
「子供の名前はねー、さくら。小さな春が、幸せと出会ってさくらを産むんだ。素敵でしょー」
「犬はおっきなやつがいいなあ。さくらが産まれたら飼い始めよ。きっと、かけがえのない家族になるよ」
「あとはね、あとは……ああ、ダメだ。私も、涙が止まらないや……」
震える声でこぼした言葉に、思わず視線を向ける。
小春はボロボロと涙を流しながら、それでも笑っていた。下手くそに、不器用に、無理やりに俺に向けて笑顔を作っていた。
どうしようもない何かに包まれる。狂ってしまいそうなこの感情を、どこにぶつければいいのか。
小春はそんな俺の頬に、情を届けるように優しく触れた。
「ねえ、コウくん。私がいるよ。最後の最後まで、私は絶対あなたの隣にいる」
「……じゃあ、俺と結婚してくれるか?」
「あはは、指輪がないぞ。指輪が」
「明日買いに行く」
「そのあと市役所行かなきゃねー」
気づくと、俺達は深く深く唇を重ねていた。ゆっくりと顔を離し、俺は小春に視線で訴える。
「……言ったじゃん。嫌でもないし、抵抗もしないって」
答えが出た。
俺は、この世界で一番の幸せ者だ。
ーーーー
世界滅亡まであと18時間
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます