第2話 変わらぬ夜
小春はいつだって笑っている。鬱陶しいくらい笑っている。ネガティブのネの字さえ知らないような、超ポジティブ人間だ。
だから、ふと漏らした言葉と浮かべた表情がたまらなく心をしめつけた。
「……なあ、小春」
「なーに?」
「食い終わったら、一緒に牛乳と醤油買いに行くか」
「アイスも買っていい?」
「あんま無駄使いすんな……って、今さら無駄も何もねえか」
「高級なやつ! 二個食べる!」
「腹壊すから一個にしとけ。最後の夜、腹痛で過ごすの嫌だろ」
「うー、じゃあバニラとストロベリー買って半分個しよ?」
「仕方ねえな」
「あと、手も繋ごうね」
「……仕方ねえな」
小春は昔から身体が小さく、チンチクリンな妹のような存在だった。それなのに、異性として意識するようになったのはいつからだろうか。
髪が伸びて、胸は膨らみ、中性的だった顔立ちが垢抜けて美人へと変化した頃。小春に対して衝動が生まれるようになった。
そんな自分に罪悪感を感じた。一線を超えてしまったら、何かが壊れてしまいそうで怖かった。
ただ、そんなくだらない葛藤は時間があるからこそ出来たことだ。
小春を感じられる時間も、もう限られている。
「ごちそうさま。相変わらずなお手前で」
「そうであろう! 我がハンバーグは誰もがひれ伏す代物であるぞ!」
「バカなこと言ってないで、支度しろ。……一応、防犯用にバットでも持ってくか」
「なんで?」
「ヤケになったやべえヤツとかに襲われるかもしれないだろ」
「この辺田舎だから、ほとんど人いないよ。田んぼばっかじゃん。それより、お店やってるかの方が心配」
「あそこ、歩いて行ける距離では唯一のコンビニだからな……」
二人で食器を片付けつつ、寒がりな小春は一枚上着を羽織る。
「ほらっ、早く行くよ、コウちゃん! アイスが待ってる!」
「アイスはお前のこと待ってねえよ」
「待ってるよ? 今から食べに行くからねって電話しといたから」
「そりゃ、とんでもねえ殺害予告したな」
玄関から二人で顔をのぞかせ、外の様子を伺う。特に何も変わらない景色と、心地よい程度の風が吹いていた。
「嘘みたいに変わらねえな。本当に明日世界が終わるのかよ」
「都会とかだと大騒ぎになってるのかもねー。聴こえてくるのが蛙の大合唱だけでよかったよ」
「まあ、とりあえずちょっと待て。もう少し様子を伺って……」
「ほら、ちゃっちゃか行きますよ。ビビりさん」
小春に手を握られ、引っ張られるように外へ連れ出される。繋がった手から感じる体温はどこか懐かしく、ざわついていた心が静まっていくようだった。
手を繋ぎながら、俺達は目的地に向かって歩き出す。
「えへへ、コウくんと手繋ぎながら歩くなんて何年ぶりかな」
「なんか……高鳴るってより安心するな」
「あー、言いたいことわかるかも。じゃあ、ちょっとスパイスを加えましょうか」
そう言いながら、小春は絡めていた手を離す。それと同時に、俺の右腕に自分の左腕を絡ませ密着してきた。
「どう? 彼氏彼女っぽい?」
「……ただの、バカップルだな」
「バカップル上等! 誰でもかかってこいやー!」
「誰もいねえよ。ノリだけで発言すんのやめろ」
くっつきながら歩く小春の横顔が少し赤くなっている。かくいう俺も、顔が火照っているのを感じた。
どうやら、俺達も付き合いたてのカップルというものができているようだ。
「……なあ、小春。もしかしてさ、世界滅亡なんか全部嘘っぱちで。明後日も、明々後日も、その先もずっと。こんな日々が続いてくんじゃねえかな」
「そうなるかもしれないし、そうならないかもしれないねえ」
「そんで、結婚して子供が産まれて。マイホーム買って、犬とかも飼うか」
「それは、なんとも幸せだね」
「幸せだな」
そんな妄想をしながら、ゆっくりと夜道を二人で歩いていく。
"なんでもっと早く伝えなかったんだろ……"
さっき漏らした小春の言葉が、頭の中で繰り返し響いていた。
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世界滅亡まで、あと22時間
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