第14話
翌朝、俺達は足早に街を後にし進んでいった。油断するのはあまりよくないが今のペースはかなりいい方なのかもしれない。ただ一つ心配なのが疲労感が半端でないことだ。
「どうしたシオン。寝られなかったか?」
「いいやよく眠れた。心配しなくていい·」
疲労感が取れなかった理由は他にもある。
密室で男女が二人。何も起きないはずもなく······
俺はシオンよりも先に目を覚まし賢者タイムを迎えた。
だけどもちろん百合専門の俺がシオンに手を出すことなんてない。
(何だ······これ)
そんなことを考えていると突然、耳鳴りが聞こえ頭痛が走った。
「文也? どうかしたか?」
「······痛っ」
(———守れ)
「————っ?」
誰かの声が頭に響き俺はシオンと目が合った。
「きゃッ–——」
理由は分からない。俺は考えるより先にシオンへ体当たりし倒れ込んでいた。
「お、おい。ふふ、文也っ———こういうことはッ·······!?·」
数秒生まれた沈黙。だが押し倒したのではない。確かに敵からの攻撃。
シオンは混乱し気づいていなかったが俺は将来この咄嗟の判断ができた自分を誇れるだろう。
「あぁあ····」
右目が死ぬほど痛い、熱い。痛みで自然と声が出た。右目を触るとベチャッとした粘り気のある液体の感触。見なくてもわかる。血だ。
「シオ····ん、敵だ」
シオンは俺の顔を見て固まった。短い間だがこんな顔見たことがない。
それだけ酷い顔なんだろう。
「——し、しっかりしろ! 敵はどこだ」
「て、敵は······」
シオンはすぐさま立ち上がり権を握る。幸いなことにダメージを負ったのは俺だけだ。魔物ならシオンでが何とかしてくれるはず。それよりも顔が痛い。右目に映るのは暗闇だけだ。
「フフフ、それが勇者かしら。だけれどもうほとんど使い物にならないわね」
聞こえてきたのは初めて聞く女の声。魔法を使えないといってもある程度魔力を知覚することはできる。シオンは俺よりもさらに敏感だ。なのに現れるまで気づけなかった。これほど大きな魔力を持っているこの女を。
「······文也、休んでおけ。私が必ず助ける」
「うぅゥ”」
俺は顔の痛みに耐えて立ち上がった。シオンがいくら強いと言えども一対一で化け物相手は無理だ。
「あらあら、まだ立つのね。そんなに死にたいのかしら」
魔物なのかも分からない。二本の角が生えているが顔はとてつもなく美人だ。それに大きい。けど今はそんなこと関係ない。
確かなのは今からこいつと戦わなければならないということ。
「文也、コイツは生き残りの幹部だ。今のお前では歯が立たない。下がっていろ」
「駄目だろ。勝てなくても逃げれる」
悔しいがそれにシオンの言う通り、俺の一太刀は届かない。敵のレベルがどれだけ自分より高くても「にげる」というコマンドが必ず存在する。時間を稼いで最適解を考えなければ。
「こんなところに幹部が現れるなんて。もうそこまで有名になってるとはな」
「時間を稼ぐつもりだろうけど無駄よ。あなた達二人しかいないことは知っているわ。五人の勇者パーティーに対して幹部一体が相当。少し考えればわかることよ」
「······」
「待てシオン!!」
シオンは俺に回復薬を投げつけると幹部に向かい走り出した。
次の瞬間、衝撃波が巻き起こり激しい打ち合いが始まる。
幹部の持っていたサーベルとシオンの剣は火花を散らし互角の戦いを広げている。
剣の動きが見えない。お互い無理矢理に剣を振っていると思えるほど剣の速度がはやい。
「ブハッ———」
数十秒もの打ち合い。
しかしシオンは吹き飛ばされ地面に鈍い音を立てて倒れ込んだ。
「フフフ、そちらの勇者は戦わないのかしら。それともその身体では戦えない?」
「······ふぅ」
木々に囲まれているからどうにかしてこの地形を生かせば。死角を作って催眠スプレーをかければこいつでも混乱するはずだ。
俺は敵ではなく木々に向かって走り出した。太刀は鞘から抜いているがあんな打ち合い俺にはできない。
「······クソ痛え」
シオンが打ち合っている間に回復薬を頭の上からかけた。だがそれでも死ぬほど痛い。
「出てきなさ〜い。隠れても無駄よ〜」
何とか死角に入り込めた俺から敵の姿を視認できる。
近づいたところで催眠スプレーをかければ····
「フフフ、何を見ているのかしら」
「———!?」
声とともに背中から強烈な寒気を感じた。
俺の視界には確かに幹部の女が映っている。
だが背後から聞こえたのは女と全く同じ声だ。
振り返ると同時に催眠スプレーを投げつき太刀を振り回した。
「当たらないわよ」
だが催眠スプレーは弾かれ、俺の太刀は素手で受け止められた。
「とてもお馬鹿さんねぇあなた達。だけれど途中で面白い話も聞くことができたわ」
「お前······いつから」
「あなた達が旅を始めた時からよ。ガブラスも倒せて街にもたどり着いて順調に旅を進められていると思っていたのにねぇ。可哀想だけどもう勇者ごっこは終わりよ」
「まだ終わらねえよ。馬鹿にしてんのか、こっちはまだかすり傷だぜ」
「えぇと、もしかしてまだ気づいていないのかしら。あなた、右目無くなってるわよ」
「······は」
そう言われ、俺は再び右目を触った。鏡を持っておらず血だと思い込んでいた俺が馬鹿だったんだ。
———ない、右目がない。
初めの攻撃で俺の右目は抉り取られたんだ。脳にまで貫通しなかったのが何よりもの救いだ。
「ははは、なるほど。だからシオンが。でもまあいいや、左目は見れる」
「フフフ。あなた狂ってるわね」
自慢じゃないが俺の剣速は遅すぎる。だから俺がこいつの剣速に追いつくためには······
「っ———」
俺は太刀ではなく懐に隠し持っていた短刀を投げつけた。
短刀は女の顔面へと真っ直ぐ飛んでいき頬に突き刺さる。
「よっしゃッ——」
「貴様ッ」
先程の上品な言葉使いは消え女は鬼の形相で俺を睨みつけた。
俺は畳み掛けるように催眠スプレーを顔面へ投げつける。
直前に蓋を開けておいたため中に入っていた催眠ガスは女の眼前で広がった。
ここで追撃を仕掛ける? そんなわけがない。首根っこを掴まれみぞおちを貫かれ最後には四肢を切り取られるんだ。いいや、これは考え過ぎか。デジャブだ。逃げよう!!
「効かないわよ」
「うっわバケモンかよ」
表情の一変した女は催眠ガスを振り払い突き刺さった短刀を引き抜くが俺の背中を追って来ない。その場に立ち止まったまま何もする様子がない。それが逆に恐ろしい。
「えぇえええ!?」
振り返って思わず驚愕した。鋭く尖った金属が俺を目掛けて飛来していたのだ。
だけどこれが魔法なら一つおかしい。
「詠唱なしかよッ!!」
しかし喰らう直前、金属は軌道を変え地面に衝突した。
「——チィッ」
「しぃ、シオん〜〜〜〜!!」
安堵と緊張の緩和により気持ちの悪い声が出た。
シオンの剣術は戦闘中さらに洗練され攻撃のたびに威力が上がっている。
無様に腰を抜かした俺の目の前では再び凄まじい打ち合いが始まっていた。
「······はぁ。少し面倒ね。それにこの程度なら後から痛ぶる方が面白そう」
「貴様······逃げる気か」
「逃げる? クフフフ。あなたは後ろで腰を抜かしてる彼に助けてもらったんでしょう? 狙うのはあなたのつもりだったのだけれど、これはある意味大成功じゃないかしら」
「······」
「だってあなたを庇ってまた仲間は右目を失った。そうでしょう?」
女の言葉にシオンの肩は震えていた。俺は自分のやったことに後悔はない。それでもこの状況は奇しくもケイオスの一件と重なってしまう。こいつは美人だが、人の嫌な過去につけ込むとんだ性悪女だ。
「気にするなシオン。あんな顔がよくて胸が大きいだけの性悪女の言うことなんて聞かなくていい」
「あらあら、随分と褒めてくれるのねぇ。お姉さん嬉しいわ。もしかして勇者さん、私のことが····」
女は色気全開で近づき俺に手を伸ばした。
——だが直前でシオンが女の手を強く掴む。
「····私のものだ」
「フフフ、冗談よ。ムキになって可愛い」
(やだなにそれ。私のもの? 惚れそう······いいやだめだ。思い出せ、俺の専門は百合)
「ま、まあ見逃してくれるみたいだからさシオン」
「ウフフ。今日は見逃してあげるけど、次に会った時が最後よ。せいぜいそれまでには前の勇者くらいの強さになってもらわないと興醒めだわ」
女はそう言うと一瞬で姿を消した。ラノベでよく見る転移魔法だろうか、これも詠唱をしていない。
女が目の前から消えた瞬間、緊張は一気に緩和され安心感と共に俺は背中から倒れ込んだ。
「文也ッ——今すぐ見せろ。処置しないと」
「大丈夫大丈夫····回復薬····振りかけた····から」
その日俺が覚えているのはそこまでだ。溜まっていた疲れが堰を切ったように溢れ出し俺の意識は遠のいていった。
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