いつかまた元の世界に戻れたら

@zin90bo

第1話


俺はほんの少しだけ他の人が経験した以上の痛みや苦しみを味わったのかもしれない。だけどその分人より何倍も幸せを受け取った。幸せを与えてくれる人がいた。これだけは自信をもって言える。だからきっとこの物語はハッピーエンドになるだろう。


始まりは思ってもない告白だった。


************************************


俺の名前は南雲文也なぐも ふみやだ。物心がつく頃よりも前に両親は亡くなったらしい。そのため俺は親戚をたらい回しにされながら生きてきた。その間汚い大人をたくさん見て辛い思いをしたけれど別に恨んではいない。両親には産んでくれたことには感謝している。祖父はおらず唯一優しくしてくれた祖母が亡くなった時、遺産としてお金だけなく家まで与えてくれた。色々揉めるか心配だったけど祖母のおかげで何とかなり十八歳となった俺はその家で一人暮らしを始めた。そして今俺はとある高校に通っている。


「うん······なるほどな。流石小林、センスがいい。俺の息子もそう言っている」


ここまで真面目に話してきたが今はそういう雰囲気ではない。夜、壁にもたれ後ろの窓からは心地よいそよ風が吹き込んでいる。そんな中俺は右手にスマートフォンを強く握り締めていた。視界の左端にはティッシュの箱が置いてある。一つだけ言っておこう、俺は断じて花粉症ではない。このエモい環境ですることは漢ならきっと誰しも分かっているはずだ。


「これは····実にいい」


俺の性癖はクラスメイトかつ親友の小林に歪められてしまった。二次元キャラ、ジャンルは百合。こんな可愛い女の子同士があんなことやこんなことをしている。初め小林を嘲笑っていた俺がとてつもなく恥ずかしい。歪みに歪められた俺の性癖は止まることを知らず、今ではもうモブおじにさえ殺意が湧くほどだ。


性癖の歪んだ俺が悪いのか、小林のやつは面白がって毎日のように素材おかずを提供してくる。だけどその全てが選び抜かれた最高の素材。小林はそういう分野のプロなのかもしれない。


(なっ——どけ小林!!)


息子が爆発が起こす直前、目を瞑ると小林の顔が頭に浮かんでしまった。


(最悪だ! こんな時小林のことなんて考えるべきじゃなかった! 駄目だ消えろ! 小林!!! 俺は明日、お前になんて言えばいいんだ!······いいや落ち着け)


「··········」


(駄目だ駄目だ!! 目の前にこんな女の子がいるんだ。なのに小林で逝くなんてッ———)


「······ふぅ」


何故か分からないが事後は何をやっていたんだという気持ちになる。スマートフォンに写っているこれはなんだ。なんという破廉恥な、けしからん。数秒前の自分がバカらしい、穴があったら入りたいというのはまさにこういう状況のことを言うのか。こういう状態で頭に浮かぶのはいつも同じだ。世界で起こる戦争が許せない、貧しい子どものために募金をしなければ。


「ん? 小林か」


画面を見ると小林から着信が来ている。美少女キャラのアイコンという如何にもアニメオタクっぽいものを視界に入れながら俺は電話を取った。


「おっす〜南雲氏。少し面白い情報を手に入れたのでな。話をしたいが事後か? 事前ならば折り返し連絡する」


「大丈夫だ小林。ついさっき転職して賢者になった」


「おう、それはよきタイミング。感想は明日聞こう」


小林は頻繁に夜遅く、丁度俺が賢者になった頃を予測して電話をかけてくる。どうやら小林は一人暮らしの俺を気にかけてくれているみたいだ。俺は本当にいい友達を持った。


「それで友よ。話っていうのは?」


「おおお、落ち着いて聞くのだぞ」


電話越しでも伝わるやけに真剣な様子。小林の深呼吸する音が聞こえた。


結衣ゆいたん、いるじゃん?」


「いるな」


結衣たんとは俺のクラスにいる飛び抜けて顔面偏差値の高い女子の名前だ。本名は永井結衣ながい ゆい。気の知れた友人以外にはですます口調で如何にも清楚という感じの女子だ。


「もう一度い、いうじょ。お、落ち着くのだぞ」


「そっちが落ち着け。俺は今世界の誰よりも落ち着いている。結衣たんがどうかしたか?」


「今日······南雲氏にこここ、告白するつもりだったらしいぞ」


「ふぁッ!?」


落ち着いていたつもりが頭が真っ白になった。小林は嘘をつくようなやつではない。


「フッ、フハハハ! その反応を予期していたぞ! 我も初めて知った時は同じ反応をしたからな!」


「待て小林。ソースは? ガセネタだろ」


「いいやそれはない。今日トイレに駆け込んだ時、隣の女子トイレから声が聞こえてきた。壁に耳を当てて聞くとはっきりと聞こえたからな!」


「なっ——」


小林を交番に連れて行くのはまた今度だ。状況が呑み込めない。話したことはあるが休み時間にアニメやラノベの話をほんの少しするくらいだ。もしかしてアニオタ繋がりか。


「だけど告白するつもり”だった”ということは結局リタイアしたってことか?」


「いいや、南雲氏に素材を提供した我のせいだ。今日の南雲氏は速攻で帰路についていたからな。よほど我の提供した素材に欲情したのだろう」


「しまった······だけどそんなことよく俺に知らせてくれたな」


「······我は、南雲氏に幸せになってほしい。友の幸せを望むのに理由など要らぬ」


「こ、小林······」


女だったら、この瞬間小林に惚れていたかもしれない。だけれど今はそれどころじゃない。告白されたらどうなるんだ。そもそも告白されるのか? この俺が。


「それと南雲氏、明日はいつもの如く早く学校に来るな?」


「おう、どうかしたか?」


「いや何も」


小林としばし雑談をしてから俺は電話を切った。電話した時間は30分ほど。ただその間小林と話していた俺の頭にはほとんど話の内容が入ってこなかった。通話が終了した後も俺の頭はほとんど機能していなかった。

「告白 どうなる」や「告白 ヤラセ」、「エロ アニメ おすすめ」といった検索履歴だ。結局その日の夜はほとんど眠れなかった。

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