ただ技名を唱えただけなのに、異名が「クソビビらせ野郎」になった
綾川八須
第1話 技名・発動名登録
担任教師から配布された一枚のプリントを前に、コハク・
「技名・発動名登録かあ……」
誰かに聞かせるわけでもないが呟いてみる。
呟きとは小さい声音で発せられるものだから、当然、わいわいと沸きはしゃぐクラスメイト達の耳には届かない。
技名・発動名登録。
それは、国内外の市街町村に出没するモンスターや悪の組織に夢と希望を抱いて就職した悪人から善良凶悪問わず民間人を救うため、その技量と知識を培う専門学校に入学した者なら、必ず登録し国に提出しなければならない書類である。
対悪特殊専門学校と名付けられているこの学校に通うのは、摩訶不思議な特殊能力を天から授けられた者たちが多い。
火、水、風、雷といった四大能力を持つ者は多く、中にはヒーリングや闇、光といった希少価値の高い能力者もいる。
しかし、四大能力や希少価値が高い能力といっても、世界中には同じ性質の能力者五万といる。
なので、術者が言う技名によって、同じ技名を持つ術者の能力が誤作動し、重大な事故に発展してしまう可能性がある。
それを防ぐために、生徒たちは技名を一から考え、それを国に登録しないといけないのだ。
一般的に、技名は能力を関連させた物理攻撃で、発動名は特殊攻撃またはヒーリング能力を指す。
多分、一番わくわくして心躍る行事がこれだろう。
しかしコハクはそうではなかっった。
むしろ、憂鬱だった。
「モブじみた俺が、技にたいそうな名前を付けても笑われるだけだしなあ……」
平々凡々。それがコハクの外見である。
能力は希少なヒーリングと、四代能力である風と雷という複合能力者だが、いかんせん見た目がパッとしない。
どんなにかっこいい技名を叫んでも、周囲からは「え、その顔で?(笑)」と馬鹿にされるだろうという被害妄想が頭の中に浮かぶ。
しかしそんな彼も、かつて自分の能力に誇りを持って勇ましい名を付けようと考えたことがある。
その名は、“ライジングサンダー”。
特殊攻撃なので発動名である。
雷の能力を発動させる際にと思っていた。
能力者が発動させる雷は、能力者の身体から発せられる。
つまり、能力者が上空に飛翔し雷の能力を使わない限り、本来の雷のように頭上から落ちてくるわけではないのだ。
ライジングには上昇や増加の意味がある。
コハクは、自分が放った雷が天まで届き、それが枝のように分離し増加する雷の技を習得していたので、ぴったりだと思った。
だが前の授業で、技名が重複しないようにと技名一覧をパソコンで調べた際に、彼はすでに“ライジングサンダー”が登録されてしまっていることを知った。
コハクは項垂れた。
一から考え直しかあ、と。
「ああ、でもやっぱり、“ライジングサンダー”はかっこいいんだよなぁ」
一度諦めた切った気になっていたが、やはり未練は残る。
何か、良い技名。
極力“ライジングサンダー”の原型を残したもの……。
ライジングサンダー、ライジング、サンダー、ライジング、サン、ダー……。
「……あっ」
コハクは閃いた。
「あるじゃん。ライジングサンダーと似た語感!」
コハクは筆箱からボールペンを取り出して、登録書にそ・の・技名を、誰にも案を奪われないようにするかの如く急いで書いた。
登録書の提出は、技名の実用実戦が行われる直前、審判となる教師に相手と共に手渡すことになっている。
実用実戦が、初のお披露目となるのだ。
とりあえずは、一つ。
あとは、ヒーリングと風。
コハクの風は、剣に能力を纏わせて斬撃のスピードを瞬間的に向上させるという、バフ的なものだ。
能力関連物理なので、技名を考えなければならない。
風自体が刃のように相手を切り刻むようなグロテスクなものではない。
そう、瞬間的。
あまり長い技名だと、瞬間的な攻撃という長所は殺されてしまう。
最大限短く、言いやすく、そして比較的単調な攻撃だが相手を必ず倒すという強い意志が込められたもの……。
「……あれしかないな」
再びペン先を滑らせ――ようとして、少し思いとどまる。
「漢字じゃない方が、いいよな」
うん、そうだ、それがいい。
割と過激な言葉だから、せめて文面だけでも多少の柔和さがあったほうがいいのかもしれないし、別に漢字じゃなくなったとしても、コハクの中でその技名に込めた意志が揺らぎ傾くようなものではない。
ペンを動かす。
最短化した技名だから、書き終わるのも早い。
「よし、最後の一つだ」
ヒーリング、癒しの能力。
けれど、癒せるのは傷だけで病は治すことができない。
毒は病ではなく傷という括りに入っているようで、解毒も可能だ。
「うーん、ここも単純に“治って”でいいかなあ。でも、ヒーリング能力で技名が“治って”は、どこかで聞いたことがあるような……」
「それって、六年前の対悪防衛戦争での、ホーリーホワイトの能力に名前だよ」
「わ」
一人で唸っていると、右隣から華やかな声色が鼓膜を揺らした。
右隣に顔を向けると、ホノカ・花江が口元に左手を立てて寄せた格好のまま、コハクに向かって微笑んでいた。
「ホーリーホワイト? ああ、そういえば、あれか」
「ふふ、思い出した?」
「うん」
六年前、鹿児島で突如勃発した悪と秩序の戦い。
鹿児島は半壊し、敵味方関係なく多数の死傷者が出た。
ホーリーホワイトとはその時戦場となった鹿児島で、攻撃能力が飛び交う中、民間人や防衛軍の救助に奔走した、純白のシスター服を着た可憐な少女だ。
当時、鹿児島の対悪特殊専門学校は、国からの要請で未成年にも関わらず、生徒たちが前線に立って奮闘した。
ホーリーシスターの同級生だった恋人も、当然戦った。
彼女が戦場の中を奔走した理由は、恋人の安否を確かめるためもあったらしい。
彼女は必死に探した。
返り血を浴びても、魔獣の牙が肩を貫いても、風能力の流れ弾に太ももを裂かれても、味方や民間人を助けながら懸命に恋人を探した。
そして見つけた時――恋人は瀕死の状態だった。
彼女は絶叫して、恋人の元に駆け寄り、必死に傷を癒そうとした。
しかし、彼女のヒーリング能力はせいぜいできても、浅い傷口を癒着させる程度。
魔獣の爪に深く裂かれ、敵組織の能力者に炙られた体に、彼女のヒーリングは弱すぎた。
徐々に呼吸が浅くなる恋人。
ホーリーシスターはヒーリングを続けながらも、懸命に声をかけた。
その言葉こそが“治って”である。
大粒の涙を流しながら、命の灯を小さくしていく恋人の命を繋ぎ止めようとするひたむきな姿に、天はきっと同情したのだろう、奇跡を起こした。
ヒーリング能力の進化である。
眩い光がホーリーシスターの手から溢れ出し、恋人を包み込むと、傷跡を残したものの、傷は塞がった。
虫の息は正常に変わり、死にかけた体で起き上がるまでに回復したのである。
それ以降、ホーリーシスターが“治って”と言いヒーリングを発動させると、誰のどんな傷も瞬く間に癒えるようになったという。
「君、ヒーリング能力を持ってるの?」
「あ、うん。でも、別にそんなに強くないよ」
「使えるだけでもすごいじゃん」
「そうかな、ありがとう」
「ううん、思ったことを言っただけだから」
ホノカはそう言うと、反対を向いて仲の良い女友達とおしゃべりを始めた。
耳の穴から花が生えて来そうな声だったな。
コハクは登録書に向き直った。
「つまり、傷をどうしても癒したいっていう思いの強さが表れた発動名にしたらいいのか。でも、一番大事なのは発動の確実性だよな」
人が戦渦の中で常に冷静でいられるとは限らない。
緊張、恐怖、興奮に苛まれる中で、ヒーリング能力者は相手を癒さなければならい。
発動名は言いやすい方が良いだろう。
「……それなら」
ペンを動かす。
また単純なものになってしまったが、確実性を第一に考えればこうもなるだろう。
一息ついて、ペンを手放す。
丁度、授業を終えるチャイムが鳴った。
よし、あとはショートホームルームさえ終われば自由の身だ。
コハクは登録書をクリアファイルに挟み、無くさないよう鞄に直した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます