第14話
「高知さんは、変わったね」
ふいに松池がそんなことを言ったので三奈は思い切り顔をしかめた。
「は? なに言ってんの。変わったっていうほどわたしのこと知らないくせに」
「うん、そうなんだけど。それでもいつも学校で見る高知さんとは違う感じがするから」
それを言うなら松池の方が変わったと思う。いや、変わったどころではない。目の前にいる彼女は三奈が知る松池とはまったくの別人だ。そう思いながら彼女を見つめていると、松池は不思議そうに首を傾げた。
「いや、先生こそ変わったなと思って」
「そうかな」
「そうでしょ。学校で先生してるときとは別人じゃん。最近はちょっと話しやすい雰囲気だけど、それでもこんな風に生徒にプライベートなこと話したりしないでしょ、絶対」
すると松池は「ああ、うん」と苦笑しながら微笑む。
「それはきっと、相手が高知さんだからかな」
「なにそれ。傷の舐め合いならお断り」
「残念」
松池はそう言うと疲れたように息を吐き出した。
女子高生のグループはこのままショーの開始を待つことに決めたようだ。どこの席で見るか相談している声が聞こえる。次のショーは何時開始なのだろう。そんなに騒ぐほど楽しいものなのだろうか。あの日見たはずのショーの内容はまったく覚えていない。あのときは、ただ悲しそうな美桜の横顔だけを見ていたから。
そのとき「高知さんは」と松池が静かに口を開いた。
「これからも御影さんのそばにいるの?」
横目で見ると松池はまだクラゲのキーホルダーを触っていた。ただ、その目はどこか遠くを見ているようだ。三奈は「さあね」とため息を吐く。
「先生は?」
「わたしは……」
松池は少しの間を置いてから「友達でいたいってお願いしたから」と言った。
「お願い? 先生から?」
「サチが、そう言ってくれたの。わたしもそう思ってたから。恋人でいられないのなら、友達としてそばにいたいって」
三奈は「まったくわかんない」と、いつの間にかイルカたちがいなくなったプールを見つめながら言った。
「そう? じゃあ、高知さんはもう御影さんのそばから離れるの?」
「それは……」
そうしようと思っていたのに美桜がそれをさせなかった。だから無理だ。
自分は、彼女から離れることはできない。
「しんどいね」
松池が言う。
「だったら離れたらいいじゃん」
その選択肢があるのならそうすればいい。そうしたらきっと、この元には戻せなくなってしまった気持ちも、そのうち霧のように消えてしまうはず。この苦しい気持ちだって、いつかは思い出に――。
「無理だよ」
静かな声に三奈は視線を向ける。松池は「そんなの、無理」と呟くように言った。その手の平からクラゲのキーホルダーが落ちてユラユラ揺れる。
「だって、離れたらもっと苦しいと思う。このまま離れてしまえばサチへの気持ちは薄れるはず。すぐには無理でも、そのうちね。そしてそのまま消えることもなく変わることもなく、ずっと残ってる」
「ずっと?」
「うん。ずっと心の片隅に抱えて生きていかなきゃいけなくなる。新しく好きな人が出来たとしても、結婚して家族ができたとしても、ずっと心のどこかにサチがいる。それを誤魔化して気づかないふりをして生きていくなんて、そんな人生は悲しいし苦しいよ」
まるで、そんな人生を知っているかのように松池は言う。悲しそうに表情を歪ませながら。
「……誰の話? それ」
松池は悲しそうな顔に薄く笑みを浮かべて「友達の話」と言った。
「友達? いないんじゃなかったの?」
「正確にはサチの友達」
すごく良い人で、と少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「昨日、その話を聞いたの。高校の頃に置いてきたはずの気持ちがずっと心のどこかに残ってて辛かったって。だから、今はしんどくても後悔のないように頑張れって、そう言ってくれて」
「へえ、あの人の友達――」
そのとき、脳裏にある人物の顔が浮かんだ。
あれは美桜の家に泊まりに行ったときのことだ。ずっと元気がない美桜に笑って欲しくて、無駄にテンションを上げて空回りしながらお喋りをしていたとき、美桜の部屋に怒鳴り込んできた女がいた。
ほとんど金髪に近い髪色をしたちょっと怖そうな女。あのときは隣に住んでいたのがあの人とは知らなかったので何も思わなかったが、彼女がその友達なのだろうか。
だったら美桜に怒った理由もわかる気がする。すごい剣幕で、だけどその口調は静かで、怒りしかないような瞳で美桜のことを睨んでいた。きっと美桜のことを無神経だと思ったのだろう。
あの人が学校を早退してしまうほど体調を崩しているのに、その元凶でもある三奈を泊めるなんて無神経にも程がある、と。
あの日は、三奈が強引に泊まりに行っただけだったのに。ただ美桜に元気になってほしくて。その行動が美桜を余計に傷つけてしまうなんて思ってもみなかった。
しかし、ただの友人に対してあそこまで親身になれるものだろうか。三奈だったらきっとなれない。だけど、同じ状況下に美桜が置かれていたとしたら……。
「もしかしてその友達が好きだった人っていうのも、あの人だったりするわけ?」
「それは――」
そのとき「あ、見つけた!」と背後で声が響いた。
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