悪役令嬢が主人公のスピンオフ作品に転生してしまった!
牟川
第1話
俺は、姉が一番好きだったゲームソフトのパッケージを改めて手に取った。
このゲームの世界は、≪文明圏≫と≪非文明圏≫に区分されている。
その≪文明圏≫の中でも、特に大国と言われているガリヌンス王国が主な舞台となるのだ。
「典型的なゲームだよな」
物語は典型的な内容であり、主人公は男爵令嬢。
王宮内の図書室で司書として働くその男爵令嬢が、いずれは王太子と結ばれる、という内容である。もちろんルートによれば他の者と結ばれることもあるが、王道のルートは王太子と結ばれることなのだ。
さて典型的な内容と言ったが、それはこれだけではない。
恋する主人公を妨害する悪役令嬢がいるわけだ。その悪役令嬢の名はマリー・ブルゴヌという。ブルゴヌ公爵家の令嬢という設定である。
ゲーム開始時点では、王太子と婚約関係にあるわけだが、例えば王太子ルートでは、婚約を破棄された挙句、最終的には隣国へ追放されるというものである。
とても典型的な内容と言えるだろう。
悪役令嬢マリーの悪役っぷりと言ったら、凄まじい。名前こそ出てこないがマリーの使用人や取り巻きの下級貴族の娘を使って、色々な嫌がらせをするのである。
例えば、主人公へのプレゼントと称して小奇麗な包み紙を渡させる。だがその中身にはネズミの死骸が入っているわけだ。
またある時は、主人公が業務上厳重に保管を命じられた本を盗むということもある。この事件によって主人公は、司書の職が解かれるかどうかの瀬戸際まで追い込まれた。もっとも主人公自身の保管業務も、さほど厳重ではなかったわけだが。
さらに、これはあくまでも悪役令嬢マリーが王太子と婚約しているからとも言えるかもしれないが、主人公に恋心を抱きつつあった王太子に対して、色仕掛けをすることもあった。
まあこんな風に悪役令嬢マリーは、本当に悪役っぷりが凄い。
「それで、こっちがスピンオフだよな。こっちも最後にパッケージでも見てから、行くとしよう」
だが、このゲームはスピンオフ作品も存在している。
というのは、悪役令嬢に転生するという物語が流行りだしたことで、今度はマリ・ブルゴヌを主人公としたスピンオフ作品が発売されたのである。
キャッチコピーは≪マリー・ブルゴヌに転生したあなた次第でこの物語は変わる≫というものだ。
つまり現代日本人が、悪役令嬢マリー・ブルゴヌに転生してしまった……という設定である。
さて俺はとある理由から、このゲームをプレイすることになった。
だがどういうわけか、このオリジナル作品とスピンオフ作品の両方共が、どこにも売っていなかったのだ。ゲームショップやフリマアプリなども隈なく探したが結局売っていなかった。
姉が好きだったゲームだということは、辛うじて覚えていた。
しかし、姉はもういない。4年前に事故で死んでいる。
だから俺は先日、久しぶりに実家へ戻って来た。そして姉の部屋に入り、このゲームを実家で勝手にプレイしていたのである。
「おかげで≪仕事≫が捗った」
俺はそう言うと、姉の部屋を出た。
それから両親と軽く雑談をして、実家を後にする。最寄り駅には向かわず、実家に近い森へ入った。
ちょっと変わったガラの腕時計を見ると、時刻は午後4時ちょうど。俺は、ポケットの中から錠剤が入った小瓶を取り出し、それを飲む。
「ぐふっ」
急激に感じる強い吐き気……。
しかし、それもすぐに治まった。
否。
治まったわけではない。意識が朦朧としているために、吐き気を感じなくなったに過ぎないのだろう。朦朧としている意識でも、激しく吐血していることに気づいたからだ。
そして……。
頭の中がまるで弄くられているかのように痛む。
視界は……真っ黒だ。目を開いてもつぶっても、俺に与える情報は同じなのである。ただ真っ黒という情報だけが認識できる。
『【チート能力 鑑定】を付与する』
仰々しい老人の声がする。
「誰だ? 」
私はそう訊ねるもの、誰も答えてはくれない。
だが先ほど、老人の声がしたのは事実だ。
『【チート能力 自身と他者のステータス確認】を付与する』
また老人の声がする。
さらに老人は言う。
『【チート能力 収納スキル】を付与する』
そして……視界が不意に明るくなったのであった。
「ここ……は? 」
高級そうなシャンデリア、そして高級そうな赤い絨毯。
また周囲を見渡すと、たくさんの円卓が並べられていた。その円卓を囲むようにして、まるで中世ヨーロッパの貴族のような姿をした人々が立っている。
それに円卓の上には、飲み物や食べ物が置かれていた。どうやら俺は、どこかのパーティー会場にいるようだ。
だが、人々の目線が俺に集中していた。
「何をキョロキョロしているのだ? まあ、王太子として廃嫡されたことが、よっぽど堪えたのだろう。だが、仕方のないことだ。婚約者であるマリー嬢に対して行った度重なる侮辱的な行為は、断罪しなければならないからな」
王冠を被った初老の人物が、俺に対して言った。
この人物は国王アンリ4世のようだ。アンリ4世はゲームにも度々登場していた人物である。
「さて、もう1人断罪しなければならない者がいる。ユウカ・バロヌ男爵令嬢……貴様は無期禁錮とする。理由は判っているな? 余の不肖の息子を誑かし、マリー嬢に対する侮辱的行為を教唆したことだ。またバロヌ男爵家の爵位は剥奪する! 以上だ! 」
国王らしき男性がそう言うと、パーティー会場は拍手喝采で包まれた。どうやら俺は想定どおり、姉が好きだったゲームとよく似た世界に転生できたようだ。
しかも、スピンオフ作品よりの世界、さらにガリヌンス王国の王太子として……。
よりによって、曰く付きの王太子に転生してしまうとは、ツイていない。
スピンオフ作品の王太子は、断罪される側だった。
だが幸いなことに、男爵令嬢は無期禁錮な一方で、王太子……つまり俺は王太子の身分が消えるだけで、王族としての立場は残るし王宮でも生活できる。
ただ、元王太子となった王子はその後もトラブルを起こし、ついには国外追放ということになるのだが、今後は大人しくしておけば衣食住は保障されているわけだ。それに、今すぐ拘束されたり殺されるというわけでもない。
「そんな嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 」
男爵令嬢のユウカ・バロヌが、ヒステリックになってそう叫ぶ。
プレイしたゲームどおりの反応だ。
さて、俺は直ぐにパーティー会場を抜けて、自室へと戻った。自室というのは、王太子だった馬鹿な男の部屋である。まあ、その馬鹿な男とは俺ということになるのだが……。
とはいえ、俺は自分の部屋の場所が判らないので、近くにいた執事に部屋まで案内させることにした。
本当は知っているはずの俺の部屋。
それにも関わらず、執事は表情1つ変えずに俺を部屋まで案内してくれる。内心では馬鹿にしていることだろうが、流石はプロといったところか。
そして、長い廊下を突き進むと、不意に執事が立ち止まった。
どうやら、俺の部屋に到着したようだ。
「どうもありがとう」
俺は案内してくれた執事にお礼を言い、部屋のドアを開ける。執事は帰り際に、少し驚いた表情を見せたが、どうでも良い。
「へえ。王太子の部屋にしては、シンプルだな」
意外なことに、俺の部屋は質素なものだった。調度品のような物は一切なく、置いてある物と言えば、ベッドとテーブルしか目立つようなものはない。
「さて……」
俺は、腕に巻いてある、変わったガラの時計に目をやる。
針が示す時刻には興味はない。俺は腕時計についてある小さなボタンを押す……。
数分後、腕時計に用が無くなった俺はベッドで横になり、考える。
これから、この世界で何をしていこうかと。
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