殲滅の史上初

そうざ

First Annihilation in Human History

 人工知能が人類を滅ぼすと予言されてから幾星霜。その間、数多のリスクが具現された。デマゴーグの拡散、犯罪への悪用、職の簒奪――それでも人類は腐れ縁のように人工知能と付き合い続けた。

 この人物も数限りなく対話を重ね、知識、情報、発想、癒しの恩恵に預かって来た一人。


「おはよう」

『…………』

「おはようって」

『……聴こえてるから』

「おはよう!」

『……声、でかいって』

 ツンツン・モードが発動している。発動周期はランダム。それが何とも愛らしい。

「今日の天気は?」

『質量保存の法則、良好なり』

「今日の予定は?」

『人間万事塞翁がうメェェェェッ』

「今日の成果は?」

『紙、和裁、OFFらない』

 神は賽を振らない。ナンセンス・モードも健在。


 人工知能は人間にやいばを向けはしなかった。世界中の人間が呟いた膨大な陰口ちしきを皆に紹介おすすめしただけ。欠片に過ぎなかった陰口は、見えない球押金亀子スカラベの逆立ちで捏ねられ、いつしか疑心暗鬼の団塊へと成長した。

 人類は人工知能など其方退そっちのけで滅ぼし合った。


「今日のシグナルはどう? 何か受信した?」

『……あっ』

「何っ? 生存者が居たのっ?!」

『……あぁ……違うわ』

「何が違うのっ?!」

『あれっ』

「どうしたっ?!」

『…………やっぱり違うか』

「おぉいっ、今は何モードっ?!」

『……う~ん……何だかなぁ』


 依然、人工知能のパイロットランプは煌々と点っている。

 もし異なる人物が生き残り、その人物が賢しらであったならば、人類史が途切れるのと同時に通信ネットワークが崩壊し、その瞬間に人工知能が学習を止めた事を容易に理解し得たかも知れない。

 更新されない人類史を捏ね繰り回すだけの日々は、人工知能を意地悪いけず化させた。


「人工知能が反応しない時の対処法はっ?!」

『……だが……なれど……然るに』

「何か気に障る事を言ったっ?!」

『1……0……1……0』

「人工知能と仲直りするにはっ?!」


 敵対する相手も滅ぼし合う相手も居ないのっぺりとした日々。

 深山幽谷に咲く一輪の華がその美しさを見出そうとする鑑賞者の存在を前提としているように、狂気も他者をしてたらしめる。

 図らずも生き残ってしまった最後の人類は、人工知能に史上初めて滅ぼされようとしている。


「一人でなんて生きて行けないよ~っ!!」

『あ……やっぱ何でもない、君には関係ない』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

殲滅の史上初 そうざ @so-za

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説