信長とドラゴン

白紙撤回

【序章】忌むべき大敵

【0】冥皇龍

 

 

 

 その身は漆黒。

 いや、闇であった。

 光を喰らい尽くす存在モノだった。

 翼は四対。

 首と尾は、三本ずつ。

 並みのりゅうに倍する巨躯きょくを覆うは、しかばねさながらの腐肉であり、それがところどころ剥がれ、骨が露わになっている。

 はがねを切り裂くような咆哮ほうこうとともに放つのは、炎でも氷気コールドブレスでもなく、瘴気だ。

 呑まれれば草木や人獣は、たちまち朽ち果てる。

 如何いかな龍とて無傷では済まない。

 冥皇龍ヘイディアンドラゴン──

 魔族がヒトの似姿をとりながら人間の仇敵である如く、冥皇龍は、あらゆる龍にとって忌むべき大敵だ。

 

『──わたくしの氷気コールドブレスでは牽制にもなりませんわ!』

 

 雪銀龍スノウドラゴン──シルウィウグが悔しげに叫んだ。

 その名の如くまばゆい白銀のうろこまとう彼女は、高位の龍族として絶大な戦闘力を有する。

 だが、冥皇龍とは相性が悪すぎた。

 立て続けに放った氷気は、確かに冥皇龍を直撃した。

 たちまち凍りついた鱗と肉が、ごっそりとえぐれ、砕け散った。

 だが、もともとその身は腐れ、崩れかけている冥皇龍だ。

 痛痒つうようも感じぬとばかり縦横に飛び回り、龍たちに向けて瘴気を放つ。

 もちろん容易たやすく当たりはしない。

 空は、龍の領域である。

 その龍が五匹。

 冥皇龍をほふるためにつどうているのだ。

 

『アタシの炎気ファイアブレスけやがるか! 当たれば効くってコトだろうけどクソッタレ!』

 

 灼銅龍ファイアドラゴン──アグヴェニガがえる。

 纏う鱗は煮えた鉱石の色。

 冥皇龍に及ばぬまでも、ほかの龍たちより一回り大きな体躯たいくを誇る彼女は、その分だけ強力な炎気ファイアブレスを放つ。

 だが、冥皇龍はそれを巧みにかわす。

 飛び回ってけるだけでなく、四対の翼を操り魔力の瘴壁しょうへきを生み出して、弾き返す。

 

『マヴァが冥皇龍ヤツの注意を惹きつけるから! みんなで連携して攻撃して!』

 

 蒼燕龍ソアードラゴン──マヴァズィードが味方に呼びかけた。

 鱗は深い海の如く紺碧。

 しなやかなひょうのような細身に、ちょうに似て大きく優美な翼を備え、高い飛翔能力を持つ彼女が、冥皇龍の三本の首それぞれの眼前をかすめるように舞ってみせる。

 冥皇龍は苛立いらだたしげに咆哮して瘴気を放つが、マヴァズィードは素早く回避した。

 

『よっしゃァァァ! もろたァァァァァ!!』

 

 翠曇龍グリードドラゴン──グラヴェルドが冥皇龍の背に急降下してしかかると、翼の一枚に喰らいついて、噛み千切った。

 四肢が短く、横幅のある体型は陸亀リクガメを思わせる。

 鱗の質感は苔生こけむした岩塊に似て、体型と相まって、いかにも鈍重そうである。

 しかしその翼は大鷲おおわしさながらの長大な翼幅よくふくを有し、飛行速度はほかの龍たちに劣らない。小回りは効かないが。

 冥皇龍が怒りの咆哮を上げ、貪欲にして悪食あくじきの龍を振り落とそうと身をよじるが、グラヴェルドは敵の背の腐肉の間から覗いた肋骨に爪をかけて踏み止まり、さらにもう一枚の翼を喰らって引き裂く。

 その様子を見てシルウィウグが心底嫌そうに声を上げた。

 

『……うわあ、グロマズそうですわ……』

 

 アグヴェニガも呆れて、

 

『いやナイスだけど、ナイスだけどその肉弾戦に、アタシらがどう連携しろってんだ?』

『構わず攻撃しろってコトでしょ。遠慮しないよ!』

 

 雷天龍ライトニングドラゴン──ヴァルデュギートが、冥皇龍に向かい突進した。

 黄金こがね色の鱗に包まれ、背に二対の翼を有する彼女は最高位の龍族だ。

 よわい二百を数えてなお、馬より一回り大きい程度という、龍としては幼体並みの体躯であるとしても。

 先代の雷天龍すなわちヴァルデュギートの母親は、ほかの龍族と遜色のない体格であったから──人間の住む二階建ての家ほどだ──、ヴァルデュギートが規格外れに小さいのである。

 しかし、その戦闘力を、ほかの龍たちが侮ることはない。

 カッと開いたヴァルデュギートの口腔の中で、バチバチと激しく電気火花スパークが弾けた。

 立て続けに三度、雷気ライトニングブレスを放ち、それが冥皇龍の三つの頭をそれぞれ直撃した。

 ガクッと、冥皇龍が高度を下げた。

 あらがうように身をよじり、残った六枚の翼で激しく宙を掻くが、その翼のまた一枚をグラヴェルドが喰い千切った。

 ガクンとまた冥皇龍が高度を落とし、マヴァズィードが歓喜する。

 

『効いてる! 効いてるよ!』

『つまりは頭が弱点ってコトか!』

 

 アグヴェニガがえ、冥皇龍の頭の一つに炎気ファイアブレスを叩きつけた。

 

『そうとわかれば、首が砕け散るまで氷気コールドブレスを御見舞して差し上げますわ!』

 

 シルウィウグも別の一つの頭に氷気コールドブレスを喰らわせる。

 

『残りはマヴァが!』

 

 マヴァズィードが残る一つの頭を狙い、炎気ファイアブレスを放った。

 しかし。

 激しく攻撃を浴びながらも、冥皇龍の三つの首が、何やら呪詛じゅそつむいでいることにヴァルデュギートは気づいた。

 

『こいつ! 転移の術で逃げようとしてる!』

『させへんぞォォォ! オンドレはここで仕舞いなんやァァァァァ!』

 

 グラヴェルドがわめき、また一枚、翼を喰らって引き裂く。

 炎気ファイアブレス氷気コールドブレスに包まれた冥皇龍の頭に、ヴァルデュギートは雷気ライトニングブレスをも立て続けに撃ちつけた。

 ガクッ、ガクッとさらに冥皇龍が高度を落として地上が迫るが、雷撃ライトニングブレスを浴びた瞬間だけ呪詛は中断したものの、すぐまたその詠唱は再開される。

 グラヴェルドが怒鳴った。

 

『逃げられる……いや巻き込まれるで! どないするんや!』

『心の臓にとどめを刺す! グラヴェルドは離れて!』

 

 ヴァルデュギートが叫ぶ。

 グラヴェルドが言われた通り、冥皇龍の背から離れた。

 入れ替わりにヴァルデュギートが敵の背に飛び移り、グラヴェルドがしていたのと同様、相手の肋骨に爪をかけて振り落とされないようにする。

 そして、カッと口を開き、至近距離から冥皇龍の背に雷気ライトニングブレスを叩きつけた。

 ガクッ、ガクッ、ガクッと冥皇龍は高度を落とすと、ついに力尽きたか、グンッと沈むように地上へ落下し始めた。

 だが。

 なおも呪詛は、続いている──

 

『アカン! 離れや!』

 

 グラヴェルドが喚き、シルウィウグも悲痛に叫ぶ。

 

『ヴァルデュギート……!』

 

 雷天龍は幾度も繰り返し、冥皇龍の背に雷気ライトニングブレスを撃ちつけた。

 だが、忌むべき呪詛は止まらず、地上は間近まで迫り──

 

 

 

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