第51話

 

 「こんばんは。」

 

 え。

 

 「ど、どうしたの、柏木さん。」

 

 「どうしたのって、お見舞い以外に見える?」

 

 「だって、仕事でしょ?

  大事な時期じゃない。」

 

 年末進行で予定、押し込まれまくってるだろうに。

 

 「うん。

  だから、これが仕事。」

 

 「え。」

 

 「社長命令。君の様子を見てこいって。

  雑誌の取材二つと、ラジオの特番ゲスト一個、

  日取りの調整をし直したからって。」

 

 んな、無茶な。

 

 「……

  由奈ちゃんじゃなくて、残念?」

 

 「そんなことはないけど。」

 

 「顔、出てるよ。」

 

 えぇ?

 

 「梨香や由奈ちゃんはさ、名が知れ過ぎてる。

  それに、二人とも、多少変装したくらいじゃ、

  オーラ、消せないでしょ。」

 

 「ま、まぁね。」

 

 「私はその点、オーラ、ないから。」

 

 ……

 あるよ、ある。

 

 「今週、初登場7位だよ?」

 

 一曲だけならまぐれ、一発屋と言われるけれど、

 二曲目を当てた以上、彩音ももう、立派なスターダムにいる。

 原作のようなお情けの奨励賞ではなく、

 梨香や由奈と並ぶ、メインストリームど真ん中に。


 「いまの私見て、あの姿、想像つく?」

 

 「つくけど。」

 

 胸で分かるんだよ、胸で。

 それに。

 

 「……君だけだよ。

  現に、私、ちっとも声かけられない。

  オーラもないし。」

 

 あぁもう。眼鏡の中でも、その黒曜石の瞳、ちゃんと輝いてるんだけどなぁ。

 まぁ、オーラを自在に消せる芸能人ってのはいたけど、

 いまの彩音、ほんとに大丈夫か?

 

 「……。

  皆、君のこと、心配してるよ。」

 

 彩音が、点滴のチューブを、痛々しそうに見てる。

 つっても、

 

 「ただの栄養失調と睡眠不足だよ。」

 

 吐き気止め、ちゃんと効いてくれてるなぁ。

 おかゆくらいなら食べられるようになったよ。


 「睡眠不足を舐めたら駄目。

  脳を壊される。私の叔父さん、それで死んじゃったから。」


 ……。

 

 「私、君はもっと、

  余裕でいろいろやってると思ってた。」


 「ないよ、余裕なんて。」

 

 ゆっくりやってたら、皆、死んじゃうわけだから。

 現にいまも、四方八方に敵を抱えている。

 下は紗羽さんのストーカーから、上は某大国まで。

 

 「……なんで。」

 

 「ん?」

 

 「なんでそんなに、頑張れるの。」

 

 頑張ってなんてなかったんだよな、全然。

 やらないと死ぬから、だけど。

 

 「支えるのが、楽しいから、かな。」

 

 なんだよ、な。

 条件さえ整えてしまえば、

 原作以上のパフォーマンスを、目の前で見られる。

 

 由奈と梨香のユニットなんて、アニメ版の春フェスにちょこっと出るだけで、

 一緒に踊るシーンなんて、まったく存在しなかった。

 現実をmoddingできるなんて、これ以上楽しいことはないだろう。


 「……

 

  見たよ、クリスマス。」

 

 ん?

 ああ。

 

 「ビデオが廻って来たとか?」

 

 「……、客席。」

 

 え。

 だ、だって、

 彩音も、テレビに出演

 

 「チャート番組は録画にして貰った。

  どうしても、あの場で見届けなきゃって思ったから。」

 

 そ、そんなことしたら

 

 「わかるでしょ。

  私、目立たないって。」

 

 ……ここまで来ると、もう一種の病気だな。

 

 「……悔しいけど、もの凄かった。

  梨香も、由奈ちゃんも。

  どう足掻いても、私では、ああはならない。

  なりようがない。」

 

 それはまぁ、そうだろうな。

 原作では、彩音、梨香に鎧袖一触で磨り潰されてたし。

 

 「『Remorse』の許可は、社長?」

 

 「……

  真美がね、言って来たの。」

 

 え。

 かまってちゃんが。

 

 「やってやるんだって。

  ……まさか、あんな派手な場でもやるなんて、

  思ってもいなかったけど。」

 

 ……あぁ。

 なる、ほど。

 上演・演奏権的にはグレーゾーンだけどな。

 ま、そのへん、この時代はまだ緩いから。

 

 「……わかってたんだけど。

  ギター、入れたほうが、絶対、響くものあるって。

  でも、…怖く、て。」

 

 「それは当然だよ。

  怖いのは、当たり前。」

 

 エレキギター=ラリった血の色モヒカン髑髏と同格の世界で、

 彩音のような優等生タイプの少女が、踏み出せるわけがない。

 なにしろ、海千山千の御前崎社長ですら尻込みしていたのだから。

 

 「でも。

  なにもかも棄てて思い切ってやるって、考えてたのに。」

 

 「……ふふ。」

 

 「な、なによ。」

 

 「柏木さん、すっかりアーティストの顔になってる。」

 

 「!」

 

 「あの時点でギター入れるのは、御前崎社長も躊躇したと思うよ。

  柏木さんが『Remorse』をあの形で出してくれたからこそ、

  突破口になったんだよ。」


 これは、本当にそう思う。

 何事も、タイミングと順番なのだ。

  

 「それに、ね。

  柏木さんがあの曲を書いたからこそ、

  文月真美さんや月城天河さんが、音楽への希望を喪わなかったんだよ。」


 「……そう、かな。」

 

 「うん。

  そうだよ。」


 「……

  あ。

  

  あの。

  

  ……あの、さ。」

 

 「なに?」

 

 「……

 

  う、ううん。

  か、帰る。

  こ、これでも、私だって、忙しいんだぞ。」

 

 ま、忙しいわな。

 なんせ、チャート番組常連になっちゃったんだから。

 オファーが引きも切らない身だろうな。

 

 「年の瀬の忙しいところにありがとね。

  御前崎社長によろしく。」


 「……

  うん。

  じゃ、また、ね。」

 

 あ。

 

 「こないだの、面白かったよ。

  あんなの引出があるなんて、ほんと、凄いね。」

 

 彩音の瞳が、

 眼鏡の中で、一瞬、固まったかと思うと、

 

 「……

  

  

  ば、ば、ば、

  馬鹿なのぉぉぉっ!!」



 投げつけるように去って行った。


 って。

 ……あぁ。

 

 これ、やらかしたかもだな……。

 のこと、考えてなかった。

 ああ、啓哉のこと、笑えねぇじゃん……。


*



 「よう。」


 

 え。

 は、隼士さん?

 い、いいんですか、こんなトコいたら。

 

 「少しならな。

  思ったより、元気そうだな。」

 

 えぇ、まぁ。

 ちょっとだるいですけど、ただの寝不足と栄養失調ですから。

 吐き気止めも効いてますし、立って自販機にいけるくらいにはなりましたよ。


 「じゃ、さっさと荷物まとめろ。」

 

 ……え?


 「雛が言いづらそうにしてやがるから言うがな、

  お前がこっちに引き籠られると、仕事、全部止まるんだよ。」

 

 え。

 だって。

 

 「ルーティンになってる業務とかは雛が廻してる。

  だけどな、向こう側から持ち込まれた企画とか判断できねぇし、

  新規案件は、誰であってもサッパリだろ。」


 ……。

 

 「例えばな、

  梨香の次、どうする。」

 

 う゛。

 

 「由奈嬢もだぞ。

  普通、いまの曲廻してるうちに、

  新曲、動かしとくもんだろ。」


 それは、まぁ。

 

 「雛じゃ、貼りつけらんねぇ。

  俺は、そっちは触れねぇしな。

  それに、啓哉は、療養中だ。」

 

 ……。

 っていうか。


 「啓哉さんの病気、重いんですか?」

 

 まさか、癌とか。

 副流煙、いっぱい吸ってそうだし。

 

 「ん?

  死にはしねぇだろうけど、

  手術があちこち重なったからな。」

 

 手術が、重なるって。

 

 「無理に無理、重ねてたってとこだな。

  大して強くねぇ身体に鞭打ってやがったから、

  いろいろガタがきてやがる。」

 

 ……。


 「ま、死ななかったのはお前のお陰だがな。

  あんなんでも俺の猶子には変わりない。」


 ……ふふ。


 「お前のご執心のギターもな、

  どう進めるか、なんも決められてねぇんだよ。

  それとな。」

 

 ?

 

 「……ったくしょうがねぇなぁ、もう。

 

  要するに、だな。

  、お前が気になっちまって仕事になんねえんだよ。」

 

 ……ん?

 

 「ったく、どいつもこいつも。

  お前な。まさかとは思うが、

  ここ、誰も来ねぇなぁとか思ってんじゃねぇだろうな。」


 ……そんなことは。

 奏太とか、来ましたし。


 「……奏太、相変わらず、ずぶてぇなぁ。」

 

 あはは。確かに。

 まぁ、奏太に会えたのは良かったんだよな。

 思わぬ方面にができそうだから。


 「……

 

  ここはな、啓哉が入ってんだよ。」

 

 ええ。

 

 「そこに、梨香や由奈嬢が来たら、

  メディアの連中の恰好の餌食だろ。」

 

 まぁ、でしょうね。

 そもそも、特番続きの年末進行で

 二人とも暇、全然ないはずだけど。

 

 「なのに。

  。」

 

 ……は?


 「朝っぱらとかな。

  病院の廻り、ウロウロしてやがる。」

 

 ……なんだそりゃ。

 

 「ったくもう。

  お前ら、もうちょっとなんとかなんねぇのか。

  

  ま、いい。

  だからお前、もう、出ろ。」

 

 え。

 

 「雛は俺がなんとかするから。」


 なんとか、って。


 「純一。

  お前、暇、持て余せねぇタイプだろ。」

 

 ……それは、まぁ。

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