第43話


 「純一君っ。」

 

 うわ。

 いきなり抱き着いてきた。

 

 「……えへへ。

  えへへへへ。」


 うーん。

 衣装お披露目のはずなんだけど、これじゃ、見えないわ。 


 っていうか、まぁ、原作通りっちゃ原作通りなんだけど、

 これ、手がけたのって。

 

 「どう?

  紗羽先輩、作ってくれたやつっ。」

 

 業務提携が身を結んだ例。

 紗羽先輩がデザインした奴、が正しいんだけど。

 縫製までとても手を廻せなかったから。

 

 原作では、24日が一般お披露目の最初の機会だった。

 要するにクリスマスデビューなので、衣装もそれに合わせてる。

 

 白のシャツに深紅のワンピースを合わせるスタイリング。

 なんだけど、もうちょっとセンスがいい。

 原作と、ちょっとだけシルエットが違う。

 

 アイドルらしくふわっと広がってるけど、ぶかっとはしてないんだよな。

 ある意味、この時代の流行とは逆にいってる。

 上の世代を狙うなら、そちらのほうが妥当ではある。

 紗羽さんの趣味かもしれないが。

 

 それにしても。

 ……由奈、絶対に紗羽さんのこと、気づいてないな。

 ほんともう、鈍感なんだから。悪魔ムーブそのものだ。

 

 で。

 

 「由奈。」

 

 ぜんぜん、離れないんだけど。

 

 「……だって、明日、梨香ちゃんと逢うんでしょ。」

 

 え。

 なん、で。

 

 「電話で聞いちゃったもん。」

 

 あ。あー。

 この二人、原作の鞘当て真っ最中の時ですら、

 ちょこちょこコンタクトは取ってた。

 それは踏襲してるわけか。

 

 つまり、片方にやったことは、片方に筒抜けってこと。

 なんて嫌な地雷原だ。

 

 だったら。

 

 「由奈の話も出るんだよ、その時。」

 

 なんなら一緒に行く? とまでは言えなかった。

 由奈にとって、絶対に動かしようがない予定祖母の墓参りがあるから。

 

 「そう、なんだ。

  雛さん、なにも言ってなかったけど。」

 

 「さっき決まったことだからね。」

 

 って。雛にも、伝えたい順番があったかもしれないな。

 うわ。ちょっとしまったかもしれない。

 ロードしたいわこういう時、ほんとに。

 

 っていうか。

 ほんと、離れないな、今日。

 ずっと見上げられてる。

 

 あぁ。

 ナチュラルな上目遣い。

 ただ、見られているだけなのに、めちゃくちゃ動悸があがってしまう。


 由奈の瞳の中に、

 吸い込まれている俺が、見える。


 あぁ。

 もう……っ。

 

 「……

  えへへ。」

 

 折角整えた髪型を壊さないように、

 ぎりぎりの薄さで、頭を撫でていく。

 

 「……純一君の、匂いがする……。」

 

 え。

 うわ。

 

 「風呂だけは入ってるけど。」

 

 八時間労働、八時間睡眠に切り替えたいんだけどな。

 体臭が消えるから。

 

 「……

  ううん、そういうんじゃなくて。


  ……

  落ち、着く…の。」

 

 ……。

 

 ぐっ。


 だ、だめだ。

 由奈の匂いが、身体に入ってきちまう。

 は、はじめちまいそうになる。

 

 ふぇ、フェア。

 フェアにしないとっ。


 コン、コン。

 

 < 由奈さん、そろそろお召替えを。 >

 

 「むーっ。」

 

 ほっ……。

 って、俺、彼氏なんだから、手、出していいはずなのに。

 これはこれで辛すぎるな。リアル蛇の生殺し…

 

 …!?


 「はーい、

  いま、いきまーす!」


 ぱたたたたっ……


 な、

 なん、で、

 清純派って、いっ、たい……っ


*



 月城天河。

 青緑色の瞳をした、少し地味めの少女。

 アニメ版にだけ出てくる娘で、少女倶楽部のゴーストライター。


 表のクレジットで作詞作曲・高野真宮となっている場合、

 その大半が天河からの剽窃だが、それが分かるのは十数年後。

 

 登場シーンが少なく、いかんせん顔が地味なので、二次創作も殆どない。

 原作では、彼女にわずかなスポットライトがあたる時期は、

 梨香の事務所移籍騒動のど真ん中で、

 視聴者からするとストーリー展開を遮る邪魔者扱いだった。

 

 で。

 紗羽さんがちょっと派手めにアレンジすると、こうなる。


 「……

  あ、あの。」


 彼女が着ているのはフリフリのフリルドレス。

 なんでこれかって? アニメの中の鬱台詞であるから。


 泥だらけの顔で、青緑色の瞳に雨がざぁざぁ入る中で、

 「こういうの、一度でいいから着てみたかったな」って言った直後に、

 瞳のハイライトがぷっつんと消えちゃう奴。

 

 少し小さい眼だが、つけまつげをして化粧を合わせるとと、

 一気に目の形の良さと、瞳の色がクローズアップされる。

 っていうか、一週間ちゃんと寝かせただけで、

 ターンオーバーがちゃんと進むっていうのは若い証拠だよね。

 

 うーん。ムーンストーンの瞳、光源バックにするとばしっと輝くな。

 鼻と口と耳のバランスがいいから、瞳と睫毛だけ弄って、ここまでいけちゃう。

 これ、十分、俺の時代のアイドルグループで、

 センターが勤まる程度の出来じゃないのかなぁ。


 少女倶楽部、実はレベル高い?

 ……図抜けすぎてる梨香や由奈は基準にしないほうがいいっての。

 

 ま、これで出すわけはないんだが。

 一応、確認をしてみたかっただけであり。

 

 「その、ぷ、プロデューサー」

 

 「僕は、プロデューサーではないですね。」

 

 「す、す、す、すみませんっっ!!」

 

 これだよ。

 謝ってるようで全然謝っていない常務秘書と偉い違いだ。

 もう土下座せんばかりになってる。よっぽど向こうで虐待されてたんだな…。

 

 「お似合いですからどうぞご心配なく。

  まずは、そちらにおかけ下さい。」

  

 うーん、オドオドしてる。

 まぁ、急に所属事務所から派遣されて、

 闇部屋喫茶店の地下に閉じ込められてれば、そう思うわな。

 

 あ。


 「そういえば、弾き語り、されてましたよね?」

 

 「!?!?」

 

 アニメ版屈指のゲロい鬱ネタ。

 いわゆる「柔肌じゅー」。


 天河が、少女倶楽部のメンバーに内緒で変装し、

 色街でアコギの弾き語りをして小銭を稼いでいたところ、

 偶然見かけた手下メンバーにチクられ、高野真宮にバレてしまう。


 剽窃が晒されるのを恐れた真宮に激怒され、

 煙草の火を身体中に付けられて火傷の痕をつけられまくった後、

 乱交中のオトコに身体を犯されてしまい、廃人にさせられる。


 ヒールとしての少女倶楽部の陰惨さだけが際立つ問題シーンであり、

 彼女の作詞作曲の貢献が分かる時期が十五年遅れる理由にもなる。

 

 少女倶楽部の解散が早まったことで、

 この事件ネタは存在しなくなったわけだが。

 

 って。

 

 「ああ、責めているわけでは。

  の話まで詮索するつもりはありません。

  ただ、これからは内緒でやるのは控えて下さいね?」

 

 「は、は、はいっ!」

 

 うーん、ほんと、ビクビクしてるなぁ。

 この顔、高野真宮に煙草の火を擦り付けられる時のやつじゃん。

 そんな風に見えてるわけか。

 

 まぁ、どう考えても無実だろうが、確認はしとくか。

 

 「こちらの事務所は禁煙ですが、問題はありませんか。」

 

 「……その、ありがたいです。

  わ、わたし、ほんとは、苦手なので……。」

 

 だろうね。

 嫌がってたもんねアニメ版。

 柔肌じゅー、三十秒も描く必要あったか?

 

 「一応お伺いしますが、柏木彩音さんは、

  一連の事件には関与されていないという理解でよろしいでしょうか。」

 

 するわけないけどな、彩音の性格からして。

 

 「は、はい。

  あ、彩音ちゃんは、みんなに注意して廻ってて、

  煙たがられてましたから。」

 

 あぁ、なんか見回りとかやってそう。

 だとすると。

 

 「柏木さんが卒業されてから、酷くなった?」

 

 ひゅっと息を呑む音。

 瞳と口を、同じ角度で小さく開けてる。

 

 「そ、そ、そうですっ!」

 

 御前崎社長、そこまで分かってて、

 この子達を引き上げさせなかったんだな。

 ひょっとして、刑事事件化するのを待っていたとか?

 

 「つらかったですね。

  毎日、起きるのがしんどかったでしょう。」

 

 あ。


 うわ。大粒。

 折角の化粧、ボロボロになるな。

 

 うーん、これは、止まらないな……。

 撫でるしかないじゃないか、藤原純一としては。

 

 「!

 

  っ……ぅ……

  ご、ご、ごめんなさい。

  ごめんなさいっ。ごめんなさいっっ……。」

 

 ……不憫、すぎる。

 マジで闇しかないな、この世界の少女倶楽部。


 そりゃ御前崎社長も隠微に解散に追い込むわけだよ。

 彩音を引き上げさせた時点で、この結末、見えてたんだろうな……。

 

 アイドルって、こんなトコなんだよな……。

 なるほど、筆舌に尽くしがたいわ。

 

 

 ……ふう。

 

 ちょっと、落ち着いたか。

 目、ちっちゃくなっちゃったけどね。

 

 さすがにお茶くらい備えましたよ。

 おクスリを備えるつもりはないんだけど。

 

 「ところで、柏木さんと、音楽の話をされたりは?」

 

 「……ちょっと、だけ。

  彩音ちゃん、忙しかったですから。」

 

 ……だろうなぁ。

 頼るところもないのに、辞めるわけにはいかなかったのは。

 

 「一応お伝えしますが、このプロジェクトが失敗しても、

  当事務所で責任を持って東京都内で職業紹介は致します。」

 

 「!!!」

 

 雛が持ってた履歴書と、一連の経緯を聞いて、改めて思ったこと。

 こんなことをされ続けても、耐えに耐え続けたということは、

 この娘は、絶対に、実家に帰りたくない理由がある。

 無理やり結婚させられるか、田舎の手伝いを永久にさせられるとか。


 完全な口約束だけど、隼人さんがなんとかしてくれるでしょ。

 無責任な発言に対するケツモチがいるのは本当にありがたい。

 

 「もちろん、やる以上は成功して欲しいんですけれどもね。」

 

 「は、は、はいっ!!」

 

 あ。

 めちゃくちゃスイッチが入った。

 ここだったってことか、やっぱり。


 「最後に、一つだけ。

  正直なところ、エレキギターの音色は嫌いですか。」

 

 アニメ版では、弾き語りはアコースティックのみだった。

 ひょっとしたらと思ったが。

 

 「……。

  わたし、弾けます。

  真美ちゃんくらいなら、十分。」

 

 あぁ。

 杞憂だった。

 っていうか、やっぱりアイドルって負けず嫌いなんだなぁ。

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