アゲハさん

 内海医師が見知らぬ若い女性を連れて、ふらりと現れた。

 誰だろう?

「大久保さんはここの布団を使って下さい。

今、衣装ケースを持ってきます。」

 ええと、この病室は6人部屋なのに、もう7人も入っているんだけど。

 まだ人を入れるんだ・・・。

 広くもない和室の病室で、もう片方の3つの布団の列もギュウギュウによせて、無理矢理もう一つの布団のスペースを確保させた。

 大久保さんは礼儀正しく、挨拶した。

「大久保アゲハです。

アゲハと言う名前が自分でも気に入っているので、親しみを込めてアゲハと呼んでくれると嬉しいです。」

と一礼した。

 阿部さんとは違って好感の持てそうな人だ。

 仲良くなれるかも。

 もっとも、ここでは仲が悪くても最終的には仲直りしないとならなかった。

 毎日顔をつきあわせる、狭く小さなコミュニティ。

 ずっといがみ合っているのは、やっていけなかった。

 最高に仲が悪くても無視するだけが精一杯。

 どこにも逃げる事が出来ず、嫌いな人とでも縁を切る事は出来なかった。


 「三好です。

アゲハさんと呼んだらいいのかな?」

「はい。」

 アゲハさんは嬉しそうに答えた。

 アゲハさんが身の回りの事や他の人とお話ししているのをなんとなしに眺めていたら、何か、変なのに気がついた。

 アゲハさんの・・・。

 手が?

 「アゲハさん、手はどうしたの?」

 アゲハさんの手にはなんだか、ごちゃごちゃと薄ら模様の様な物が見える。

 でも、遠くて手が動いているし、良く分からなかった。

「ああ、これね。」

と私に手を見せに来た。

 絶句した。

 すごい状態だった。

 左の手首や腕には鋭い刃物で何本も傷をつけた後、リスカが有った。

 両手の甲にはタバコを押しつけた後、根性焼きが有る。

「なんで、こんな事したの?」

「なんでだろうね・・・。」

 痛々しくて見ていられない。

 若宮さんも見に来て息をのんだ。

「吐きダコまで有るよ。」

「私、摂食障害なの。」

 私はアゲハさんの両手をさすった。

 さすって何が良くなるともないだろうに、私には撫でる事しか出来なかった。

「もうしないでね?」

「うん。

・・・ああ、それから私、軽度難聴だから。」


 それ以来、若宮さんの夜中のエセリスカ騒ぎはぴったりと止まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る