林檎と乙女

西順

林檎と乙女

 ここは木精と水精が共存する村。杉やクヌギ、梨に蜜柑、栗に桃。様々な木精が生きている。それが水精と共存しているのには理由がある。木精は他種族無しには種を増やせないからだ。


 同じ木精同士で婚姻しても、その間に子は出来ず、なので木精は他の種族と婚姻して種を存続させている精霊だ。


 この村はそんな木精が住む村の一例である。


 ◯ ◯ ◯


「嫌、死んじゃ嫌っ!」


 病床に伏せる木精の少年に縋り付く小さな水精の少女。この二人は親の決めた婚約者同士であったが、幼いながらも仲睦まじく、きっと将来は良い家庭を築くだろうと、村の大人たちは期待していた。だが運命は残酷にも少年に病と言う試練を与え、少年はそれに克つ事が出来なかったのだ。


「ごめんね。死んだら、僕のタネを君の家の庭に植えて欲しい」


 そう言い残して息絶えた少年は、小さなタネとなってこの世に残った。木精は死ぬと木のタネとなり、植えればそれは生長し本物の木となる。木となれば木精の頃の記憶は忘れ、ただ風に揺蕩うだけの存在となるが、少年はそれでも少女の側にいられればと、それを望んだ。


 少女は泣きながら少年のタネを家の庭の日当たりの良い場所に埋め、その日から甲斐甲斐しく世話を始めた。


 その日あった事をあれやこれや話しながら、少女はタネに愛情たっぷりの水をやり、それを受けて育ったタネは、一年で芽を出し、二年で若木に、五年で成木となったその木は、見事な林檎の木であった。


 林檎の木は毎年沢山の実を付け、少女はそれを売りに行く。そうして日々は穏やかに過ぎていった。


 ◯ ◯ ◯


 変化が起きたのは、林檎の木が実を付けるようになって五年後の事だ。その日も、もう乙女となった彼女は町へ林檎の実を売りに行ったのだが、帰ってきた乙女は、見上げる程の大樹となった林檎の木に、陰鬱な顔でしなだれかかった。そしてポツポツと林檎の木に向かってその日の出来事を話し始めたのだ。


 町には村と違って、色んな種族が暮らしている。土精、風精、火精のような精霊だけでなく、エルフやドワーフなども暮らしていた。


 その日の町はピリピリしていた。客から話を聞くと、戦争好きの人間たちが、また隣国と戦争をするらしい。そしてその為にここら一帯も戦地になるかも知れないとの話だった。


 乙女はその話に怯えていたが、そんな時、風がそよいで一つの林檎が乙女の手元に落ちてきた。それはまるで、少年が乙女を勇気付けているかのようで、乙女はその林檎をかじり、この村を、この林檎の木を守り抜くと決意するのだった。


 ◯ ◯ ◯


 厳しい冬が終わり、春の草花が芽吹き始める頃。人間たちの戦争が始まった。人間たちは馬鹿みたいに魔法を撃ち合い、草原はめくれ、山はえぐれ、林も森も、焼き尽くされた。秋になってやっと終わった戦争で残ったのは、荒涼として草一つ生えない不毛の地。


 乙女の村も例外では無く、戦火で焼け焦げ、壊れされ崩れた家から見える景色は、生命の息吹のまるで無い場所に変わり果てた村の姿。そんな中でただ一つ、庭の林檎の木だけが、雄々しく廃墟の村にそびえていた。


「良かった」


 乙女は林檎の木に寄り添い、その無事に安堵する。火に巻かれた村の中、水精の乙女は必死に水をかけ続け、所々焦げてはいるが林檎の木は生き残る事が出来たのだ。


 唯一村に残った乙女だったが、この林檎の木があればさびしさなど感じない。そう思って上を見上げれば、秋風に林檎の実が揺れている。この村から避難した木精や水精たち、それに町の住民たちも困っている。この林檎の実は彼らの救いになる。そう彼女が考えていた背後から、凶刃が彼女を斬りつけた。


 驚きとともに乙女が振り返ると、そこには軍服を着た人間が立っており、林檎の木はぐるりと人間たちに囲まれていた。


「へ、ヘヘ。やった。食いもんだ! 食いもんだぞ!」


 そう言って乙女を斬り殺した人間の男は、乙女の死体を足げにして林檎の木に登り、その実をもぎ取ると一気にかじりつく。それは他の軍人たちも同様で、我先にと林檎の木から枝ごと実をもぎ取り、ムシャムシャムシャムシャと節操なく食べていく。それは軍人たちの腹が満たされるまで続くかと思われた。


 ◯ ◯ ◯


 後日の事だ。水精の乙女を心配した村の者たちが乙女の家に行ってみると、乙女の姿はそこには無く、ただ軍人たちの死体と、かじりかけの林檎の実だけが地面に転がっており、これはどうしたものかと村の者たちが訝しがる中、大きな林檎の木からぽとぽとと実が落ちてきた。


 戦争で食糧難だった事もあり、村の者の一人が軍人たちの死体を怖がりながらも、その実にかじりついた。するとそれは今までの林檎の実とは比べものにならない程に甘く瑞々しい林檎の実であり、食べる程に心が幸福に満たされていく味をしていた。


 その者が涙を流しながら林檎の実を食べていても、どうやら死ぬ訳では無さそうだと理解した村の者たちは、落ちていた林檎を拾って食べていき、そして皆、不思議と温かい涙を流すのだ。それはさながら、少年と乙女の愛を追体験するかのような、心温まる経験だった。

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林檎と乙女 西順 @nisijun624

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