第6話 桃太郎 前編

 ここは『鬼ヶ島』と言われた離れ小島。

 島には白鬼、赤鬼、青鬼、黒鬼…と、色々な鬼が平和に暮らしていた。


 さて、その離れ小島の沖に停泊している小舟が一隻。

「…間違いない、桃太郎だ。」

 白鬼が遠眼鏡で小舟を眺めながら呟いた。


 小舟の中央に座っている鎧武者姿の少年が桃太郎と言われる鬼退治屋。

 彼の左隣に立つ、女物の着物を着崩した優男がキジ。

 右隣に立つ、細身の男がイヌ。

 三人の後ろで腕組みをしている大男がサル。


 あんな連中が殴り込みカチコミに来たら、ひとたまりもない!

 今は海流の都合で、小舟が乗り付けれる状況ではないが、夜になって潮目が変われば、連中は必ず上陸してくる。


篝火かがりびを焚けっ!

 上陸に備えるんだっ!」

 遠眼鏡を机に置き、同士おにたちに檄を飛ばす白鬼。

 彼の指示に従い、島中の海岸線には『篝火かがりび』が掲げられ、鬼たちも手分けをして配置についた。


 日が沈み、夜の海を照らし出す『篝火かがりび』。

 ゆらゆらと揺れるさざ波に、鬼たちの緊張も否応なく高まってくる中、『doüdyドウヂ』というわらべ餌木エギをタラフクぶら下げた釣り糸を海中に放り込む。

 波が浜辺を十回ほどさらった頃に、『doüdyドウヂ』は釣り糸を引き上げ始める。

 すると…何ということでしょうっ!

 イカが大漁にかかってきました。


「…デビルフィッシュ。」

 鬼たちは白い目で『doüdyドウヂ』に視線を送ってくるが、気にする風もなく『doüdyドウヂ』は、手早くイカを捌いていく。

 胴も下足ゲソも秘伝のタレが入った壺に放り込んでいけば、壺は胴や下足ゲソで溢れかえり、溢れたモノを竹串に刺しては、篝火かがりびの周りに並べていく『doüdyドウヂ』。

 大漁に取れたイカがすべて焼物に変わる頃、一帯の篝火かがりびの周りに広がるのは、甘辛醤油のこうばしいかおり!

 警戒していた筈の鬼たちも、気がつけば果実酒を持ち寄り、イカの焼物をサカナに宴会を始めてしまう。


 その間隙をついて、砂浜の影から上陸を果たす桃太郎部隊!


 桃太郎が太刀エモノに手をかけ、篝火かがりびに近づくと…。

 宴会に盛り上がる黒鬼と赤鬼たちが、ジョッキを酌み交わし、イカの姿焼を頬張っている。

 甘辛醤油のこうばしいかおりと、果実酒の匂いも手伝って、棋戦を削がれる桃太郎部隊。

 鬼たちに促されるまま、桃太郎部隊も宴会に参戦し、桃太郎の子分に至っては宴会かくし芸まで始めてしまう。


 さて、宴会が一段落した頃、桃太郎上陸に最大限の警戒をしていた白鬼が宴会現場を訪れ、顔面蒼白になる。

 ジョッキと竹串が転がり、鬼たちも桃太郎たちも真っ赤な顔でぶっ倒れている。


「そ…そんな…。」

 壮絶な討ち死にの情景を想起した白鬼でしたが、やがて聞こえてくるイビキの音に半目顔になってしまう。

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