第4話 浦島太郎 前編

 ここは、竜宮と言われる人魚たちの住まう街。

 海の底に敷き詰められた空間は、およそ京の都よりも遥かに広く、海藻の林、珊瑚の岩山、そして砂丘と実に風光明媚な景色を堪能できます。

 ちょうど、都の御所にあたるところには、海藻の生け垣に囲まれ、間口も広々とした屋敷が鎮座しています。

 この屋敷こそ『龍宮城』と言われており、乙姫と供回りの侍女たちが生活を共にしているそうです。


 さて、その『龍宮城』に滞在している男が一人。

 名前を『浦島太郎』といいます。

 彼がここに滞在するに至った経緯は、七日前に遡ります。

 その日の朝は、前夜の嵐の影響もあり、自宅前の浜辺には色々なものが打ち上がっていました。

 その中に、両手サイズで緋衣色の魚がおり、背びれや胸びれ、尾びれが羽衣のように長く、グラデーションまでかかっています。

 何故かその魚に不憫さを感じた浦島さんは、緋衣色の魚を海に返してやります。

 しばらく動かなかった魚ですが、まばたきをすると広い海に帰って行きました。


 三日後に同じ浜にウミガメが現れ、彼を竜宮へ案内するのでした…『doüdyドウヂ』というわらべの立ち会いのもと。

 そして、乙姫…あの『緋衣色の魚』との邂逅。

 瞬く間に楽しい日々は流れ、座敷から外洋の光を眺める浦島太郎が、そこに居ます。


 さて、浜辺の家には母親が居る、七日も家を留守にするのは不安が残る浦島さん。

 しかし、彼の心に去来するのは『doüdyドウヂ』というわらべの言葉…。


「乙姫をわずらわせてはいけません。

 わずらわせれば、大きな不幸にさいなまれます。」


「ああ、ここに居たのですね…太郎さま。」

 声の方へ顔を向ける浦島、そこには乙姫が清楚な出で立ちで佇んでいます。

 浦島の傍に座る乙姫。

「考え事ですか?」

「いえ、そういう訳では…。」


「それでは、気晴らしに屋敷の外を散策しましょう。」

「ええ、よろしくお願いします。」

 しばらくの沈黙の後、乙姫からの提案を受け、二人は座敷を離れます。


 生け垣を抜け、表通りに出れば、路上を闊歩するのは種々の魚たち、そして、きれいな振り袖で身を包んだ人魚たち。

 三々五々行き交う方々の中を、乙姫と二人、腕を組んで歩く浦島さん。


 やがて、小高い丘に差し掛かると、前方にサクラ色のサンゴの枝に覆われた屋敷が見えてきます。

「あれは、『竜宮』で唯一の温泉です。

 私たち、人魚もヒトと同じようにあそこへ行っては、『湯治』を楽しむんですよ。」

 にこやかな笑顔で話しかけてくる乙姫に、思わず笑顔で答えてしまう浦島さん。


「よろしければ、あなた様もいかがですか?」

「ぜひ、伺いましょう。」

 乙姫のお誘いに浦島さんは素直に応じた。


 この十日間ほど、沐浴が出来ていなかった浦島さん。

 乙姫に迫られても、乗り気になれなかったのは、自分の体臭に不安を感じていたからなのでした。


 さて、二人はそのまま歩みを進め、くだんの屋敷へと入って行くのでした。

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