第5話 生じる疑問
別の日。
それは快晴の昼間のことだった。
また『
戦いが終わると、橙花の手元に柔らかいハートの形をした『
「残党処理のやつら、ちゃんと仕事してるのかしら」
不快そうにやや顔をしかめ、紫色の
「新しい幹部が捕まったとかそういう話、一切無いもんねー」
言いつつも、水色の
「確かにそうですね。最近は『
「そうだね、でも何も成果がなかったってことかな?」
黄緑色の
今回も、橙花はよく同じになる
「みんなちゃんと頑張ってるんだよ、だって『
と、夫のことを思い出しながらフォローする。しかし、橙花が自身の最初の仲間達と『
それから、『
「じゃ、これで戦いは終わりだねー」
うーん、と伸びをしながら水色の
「打ち上げ行くの?」
「まあ、今回は大丈夫だけれど」
「私も大丈夫ですよ」
そう、桃色、紫色、黄緑色の
「んじゃあ、行こっかー」
その会話をしている合間、橙花は周囲を見回す。
いつも通りに、戦闘で破壊された世界の修復は魔法少女の力で自動的に行われていた。
完全に修復が確認されてから、止められていた規制線などが解除され、日常が動き出すはずだ。
「……前も聞きましたけど、何を見ているんですか?」
黄緑色の
「ええっと、……召喚者がいないなぁって思って」
10年前の『
だが、今は一切現れないのだ。
「それがどうしたんですか。いつものことじゃないですか」
「うん。まあそうなんだけど」
怪訝な表情の
そもそも、
もちろん、『
それからもう8年近くこの状態だ。倒しても倒しても『
「何かの兆候か」と聞かれても捕まえた『
もうみんなが慣れてしまっているから、誰も何も言わなくなっているし、新しい
「あ、打ち上げ行く?」
そう、水色の
「……ごめんね、用事があるんだ」
眉尻を下げて断り、そのまま今回は解散した。
×
「昔みたいに幹部が出てこないんだけど、どうしてかなぁ。今の子達って召喚者が居ないのが常識、って感じだからこのモヤモヤ伝わんないと思うし、他のみんなは変身してないしさぁ。どうしよう」
自宅で、
「それはそうでしょう」と夫に呆れられた。「うひゃっ!」ついでに冷蔵庫で冷やされたボトルを頬に当てられる。水分補給をしろということだろうか。
「なんで?」
当てられたそれを受け取りつつ、話の続きを促すように橙花は葦月に視線を向ける。彼は隣に腰掛け、興味がなさそうにテレビを点けた。だが、音量はやや小さめだ。
「侵略中だった以前はともかく、今出撃するとわざわざ自分から捕まりに行くようなものでしょう」
と葦月。確かに、
「じゃあ、なんで怪物が出てくるのか知ってる?」
「……以前申し上げた通り、私は知りません。ただ……」
「何?」
「『
「それは知ってる」
「ややもすると、この世界の環境が『
「……え?」
「仮に『
「……そう、なんだ」
彼が言っている事がもし本当ならば、確かに大変だと橙花は考える。野生の生き物のようにそこら中に『
「そういえば、きみ、少し前に『
冷たいボトルを開封し、それを口に含んだ。ひんやりとした喉越しに目を細める。
「拠点の様子を確認していたのです。監視付きでしたがね」
うんざりした様子で彼は答えた。どうやら手錠や力を封じるものなど色々な装置を身体に付けていたらしい。
「それは大変だったね……物理的に痛い目には遭ってない?」
「ええ、大したことは。そもそも、私は同郷の者や
「そっか。なんとなく安心したようなそうでないような。……それで、拠点はどうなってたの?」
何気なく新しい情報を得たような気がするが、橙花はひとまず話を先に進める。
「私が居た頃の拠点はもう、
「……そうなんだ」
葦月の話を聞きながら、橙花はたくさんの構成員や『
「拠点が変わったのでしょうね」と特になんとも感じてない様子で葦月は答える。むしろ、つまらなそうな表情にも見えた。
「なんかこう、不思議な感じのパワーで分かったりしない?」
「はぁ?」
気を取り直して問うと「そちらがそれを言うのですか」と呆れの視線をもらう。
どうやら、魔法少女は妖精の不思議な力を授かっていること、なのに敵の居場所が分からないことなどを含めて『不思議な感じのパワーに頼れと言うのか』と言いたいらしい。
「現状では、探すのは無理でしょうね。恐らく指導者も変わっているはずなので」と葦月はテレビに視線を向けた。そして、テレビの音量を少し上げる。ざわざわと騒がしいそれはバラエティ番組らしい。
そう言われて、橙花は『
「他の捕まった幹部達はどうしてるんだっけ」
ちら、と葦月を伺い見ると、彼はテレビを見ているようで何も見ていなかったらしいと気付いた。指摘するようなことでもないのでそのまま放置する。
「それぞれが別の機関で罪を償っていたり、刑期を終えて自由に過ごしていたりしているはずです。貴女はよくご存知でしょう?」
と夫は不意に橙花に視線を向けた。その視線には何か別の、例えば『熱』のような感情が潜んでいるような気がして、気不味くなり橙花は視線を逸らした。
すると、くす、と小さく笑う吐息が聞こえる。どうやら少し
「……きみは?」
「高位幹部だったと言うのにそう簡単に手放されると?」
拗ねたそれを隠しきれず、少し低くなった声で問うと苦笑混じりに返された。
「でも、こうして一緒にいられる」
ただの構成員だったら、一緒になんてなれなかったかもしれない、と言外に含めて彼を見つめる。きっと、彼は『
「それは、貴女が
「うーん……それはそうかも、しれないけど」
「自分のせいで
「好きでやってるからいいの。保証やお給料もはずむし」
「……」
何か言いた気に葦月は橙花を見たが、小さく息を吐いて視線を逸らした。
「まあ良いや。じゃあそろそろ寝るね、おやすみー」
じゃあね、とソファから立ち上がり橙花は自室に向かおうとする。だが
「待って下さい」
はし、と葦月に腕を掴まれる。
「……なに」
振り返り見ると、彼は真剣な表情で橙花を見上げていた。そして
「『おやすみのキス』が、まだですよ」
「え゛」
とんでもないことを言い出した。
「……喧嘩した時も遅くなった時も、なんと言うか無理矢理にでもしてくるよね」
そう、呆れ顔で橙花は訊く。葦月が『
「何か、意味あるの」
「私と、貴女のためです」
「…………そうなの?」
あまりにも真剣なので、と言うかまあ嫌ではないので、その言葉に従う。
「ん」
唇が重なり、互いの温度を分け合う。
「……ありがとうございます」
『おやすみのキス』が終わると、葦月はうっそりと目を細めた。実に嬉しそうで、色っぽい雰囲気だ。
そうだ、と橙花は思う。なぜ、いつも『おやすみのキス』を終えると『ありがとう』とお礼を言うのだろうか、と。
だが、この行為を終えるといつも眠くなってしまう。
何かを言いたかった。けれど身体に力が入らず、思考がままならない。視界が暗転して行く。
×
ゆらり、と崩れ落ちた
それからベッドに寝かせて毛布を掛けてやる。
眠る橙花の額に、そっと葦月は口付けた。そうやって
「……おやすみなさい、橙花」
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