第4話 変身シーン

 次の日。

 今日は久しぶりに二人の休日だ。だから、「デートしよ!」と橙花とうかがうきうきしながら提案をした。「断る理由はないので」と葦月いつきもそれに乗る。


「それで。何処へ出るのですか」とめかし込む橙花へ話の水を向けた。

 いつもはラフで中性的ユニセックスな服装だが、珍しく膝下丈の橙色のワンピースに白いカーディガン等と、随分と女性らしいフェミニンな格好にしているらしい。

 可愛らしい丸いハートのペンダントはそのまま。「肌身から離さないように」と葦月から注意を受けているからだ。

 なぜ外してはいけないのかは教えてもらっていない。だが、いつかは教えてもらえるだろう、とあまり気にしていない。


「うーん。あ、そうだ。この間話題になってたスイーツ食べたい!」


「ではそこに行きましょう。……あの周辺だとショッピングモールも近いですし、退屈はしなさそうですね」


元気いっぱいに答える橙花に、葦月は頷く。これで主な行き先は決まった。あとは買い足す必要のある生活用品や興味の惹かれるものを見る事になりそうだ。


「きみが行きたい所はないの」


「行けば思い付くでしょうね」


 彼の行き先への希望を問うてみるも、曖昧な返事しか返ってこなかった。

 きっと、どこに何を売っているのかも興味が無いのだろう、と橙花は思っている。だから、その場に行って目に付いた物達に興味を向けるのだ。

 葦月が敵幹部だった時はもう少し計画的だった気がするな、とは思うもののそれでもいいかと橙花は思い直す。

 多分、彼がしっかりと計画を練った際にはその窮屈さに橙花の方が音を上げてしまうだろうから。


 それから用意を済ませ、「はやくはやくー」と急かす橙花の声を背に葦月は自宅に施錠を施した。


「急かしてもスイーツは逃げませんよ」


「なに言ってるの。話題だし人気なんだから、遅れたら売り切れちゃうんだよ!」


「……話題が過ぎた後でも良いのでは」


「それじゃあ意味ないの!」


 頬を膨らませる橙花に葦月は「そういうものですか」と首を傾げる。この世界の人間、特に若い女子についてはさっぱり分からない、と嘆息した。

 若い女子についてがよくわからなかったために、己達は魔法少女マギカ達に敗北したのだろうか、と一瞬思考が過るも深くは考えないことにした。どうせわかっても魔法少女マギカ達には勝てなかっただろうことが予想できたからだ。本当の敗因はきっと魔法少女マギカへの理解ではなかった。


「そうなの!」


 言いつつ橙花は歩き出す葦月の手を握り込み、恋人繋ぎにする。

 しっかりと繋いだ両人の手は、互いの温度を手のひらを介して互いへと伝わる。橙花の手の柔らかさ、葦月の手の硬さ、互いの指の長さや骨や筋の張りに血管等、作りの違いがありありと感じられる、特別な繋ぎ方だ。


「この繋ぎ方、どうにかなりませんか」


ちら、と葦月は一瞬だけ視線を手元に向けた。大人だと言うのに柔らかくふにふにな手の触感に、葦月は少し、いや、かなり動揺していた。表情には一切も表出していないが。


「良いじゃん、減るもんじゃないし」


橙花は逆に主張するように少し手を強く握る。彼女の手の柔らかさがより強く葦月は感じ取る。


「こちらの精神的な何かが、減りそうなんですが」


「なんでさ」


と言い合いする合間に『絶望デスペア』の出現を知らせる警報が鳴った。


「せっかくのデートだったのに!」と眉を寄せて周囲を見回した。それと同時に、するり、と繋いでいた手を離す。それに一瞬、葦月が表情を歪めたのだが、周囲に気を取られている橙花が気付くことはない。

 周辺に人の気配はないらしい。この場所はまだ研究施設フォルトゥナの地域だからだ。おまけに周囲の建物は窓やドアなどの至る所がシャッターで覆われ強制施錠される。

 それに、変身の瞬間はただの人間には見えないので人の目を気にする必要もない。


「ごめん、ちょっと行ってくる!」と橙花は鞄から丸いコンパクトケースを取り出し、構えた。


×


「『レインボーパクト』!」


 掛け声に応呼し、コンパクトが虹色に光る。それから橙花を中心に周囲に強い光と風の奔流が起こった。


「『オレンジ・フラワー』!」


 強い光と風の奔流の中で、橙花はコンパクトを開き、内蓋の丸型ミラーに自身の姿を映し取る。すると彼女はオレンジ色の光に包まれ、14歳程度の少女の姿へ変わっていた。


 それから虚空より現れた、オレンジ色に輝くリボンが腕や胴体、脚部へと巻きつき、花びらのような粒子を溢しながら衣装へと作り変わってゆく。


 腕に巻き付いたものは手袋や長袖の上衣へ、脚部に巻き付いたものは太腿丈のストッキングソックスへと。

 胴体に巻き付いたものは胸元の飾り付きのリボンや細かな意匠を作りながら変化した。


 出来上がった衣装は橙色と白を基調とした、フリルやレース、リボンたっぷりの可愛らしいブレザー風のロリータ。膝上丈のスカートとフリルカフス、手袋、シュシュで結われたサイドテールが特徴的だ。


「元気になれるビタミンカラー、幸せを告げる『フロースオレンジ』!」


 ビシッ! とポーズを決めた所で、パチパチと手を叩く音がした。


「いつ見ても鮮やかですね」


 夫の葦月である。それを自覚してから彼女はさっと頬を朱に染めた。彼はので、変身シーンをがっつりと見ていられるのだ。それをうっかりと忘れていた。聞いたのは結婚後である。

 つまり、目の前で変身していた際、その最中を見られていた……かもしれない、ということだ。名誉のために他の魔法少女マギカには告げていない。

 もっとも、彼は橙花にしか興味がない様子なので、他の魔法少女マギカ達の変身は見ていないのかもしれないが。


「何見てるの! 早く避難してよ! 危ないよ!」


「……分かりました」


やや渋々とした様子で、彼はその場を離れた。元々は敵幹部だったとしても、現状では『絶望デスペア』への対抗手段を持たない一般人だ。

 だから、何も出来ることはないはず。


「じゃあ行ってくる!」


 タン、とやや厚底のヒールブーツで地面を蹴り、彼女は高く跳んだ。


×


「たぁっ!」


 勢いよく『絶望デスペア』に蹴りを放つ。

 その衝撃で『絶望デスペア』の動きが止まる。


「よくも、せっかくのお休みだったのに!」


見事に私怨であったが『絶望デスペア』が知る由も無い。


「はっ!」


短い掛け声と共に素早い蹴りが繰り出される。それを受け、『絶望デスペア』の身体がくの字に折れ曲がり吹っ飛ばされた。

 それが建物に当たれば衝撃で建物は砕け、凹む。


「あちゃー。直るかな、そこ」


小さく呟きつつ、


「『オレンジ・ショット』!」


虚空から取り出した可愛らしい銃を『絶望デスペア』に向け、弾を打ち込んだ。そうすれば弾は弾け、周囲にキラキラとした輝きが散る。


「よし。これでしばらく『絶望デスペア』は動かないし建物も直る!」


 額の汗を拭う動作と共に、橙花は一息吐いた。いつも、戦闘直後に建物類の修復は行われるが、それは魔法少女マギカの力の及ぶ範囲だけなのだ。

 だから、壊れた箇所周辺に向けてあえて力を放出し、修復の範囲を拡げる。


 実際、集団の魔法少女マギカの行う集団での必殺技さえあれば『絶望デスペア』が破壊した箇所は全て綺麗に直るのだが、彼女は現在1人なのでそれは不可能だった。それに、夫である葦月から「1人の時はあの大きな技は使用しないで下さいね」と釘を刺されている。


「そもそも、ひとりじゃあ必殺技なんてそう使えないもんなぁ」


頬を掻き、小さく呟いた。それに、どうやってやるのかも知らない。


×


 それから、付近の魔法少女マギカがやや遅れて到着した。きっと彼女達も休みだったのだろう。戸惑いと不満の表情が見て取れた。

 魔法少女マギカは基本、日付も休みも関係なく出動するので、かなり大変な仕事だ。


 そして『絶望デスペア』を撃破し、世界の修復と共に規制線の解除が始まり、全ては日常に戻る。


 駆け付けた魔法少女達が去った後、人気のない場所へ移動した。


「……よし、大丈夫そう」


周囲に人が居ない事をよく確認してから変身を解除した。するすると衣類が解けて光となって消え、みるみるうちに身軽になって行く。


「もう、出てきても良いよ」


橙花とうかは振り向かずに声をかけた。


「バレましたか」


 そしてすぐ近くの物陰より夫の葦月いつきが姿を現す。申し訳なさそうな様子はなく、いつも通りの顔だ。「わかるよ。一体何年一緒にいると思ってるの」そう返し、橙花は「これが必要なんだっけ?」と、『絶望デスペア』のを葦月に手渡した。

 その残骸は柔らかいハートのような形をしている。


「調べるの?」


「はい。しかしまあ、後ででも良いので」


そう言いつつ葦月は受け取った残骸をガラス瓶の中に放り込み、手荷物の中へと仕舞った。そして


「どうぞ」


「え、なに?」


葦月は片手を差し出す。その意図が汲めずに橙花が首を傾げると


「手を、繋ぐのでしょう」


そう、で答えた。

 一瞬、呆気に取られた。だが、彼が頑張って橙花が喜びそうな事を考えてくれたのかと思うと、自然と笑みが溢れた。


「えへへー。ありがとう」


 差し出された手を、二人は街へと繰り出す。

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