冷や水

あべせい

冷や水

 


 田園風景が広がる地方都市の農道を、1台の古びた車が走っている。

 車は、農道を横切る列車の鉄路に差しかかる。

 鉄路は単線のため、踏み切り幅は3メートル弱。そのためか、警報機も遮断機もない。「踏み切り注意!」の標識と、停止線があるだけだ。

 車は、一旦停止した後、踏み切りに進入した。

 その踏み切りのど真ん中で、車のエンジンがストップ! その車内には、70前後の老夫婦がいる。

 運転しているのは妻のカメ、助手席には夫の鶴吉。緊急事態のはずなのに、2人は妙に落ち着いている。もっとも、この鉄路は1時間に多くて1本しか、列車は来ない。

 鶴吉が、ぼそりと言う。

「オイ、カメ。おまえ、わざとエンジンを切ったのか?」

 それまで青々とした水田に目を細めていたカメは、夫のほうをギラッと振り向いた。

「そう、見えたかい?」

「あァ」

「この踏み切りはここら辺りじゃ、一段高くなっているじゃないか。ここから見える風景に感動したから、つい停めたンだよ」

 しかし、鶴吉は納得しない。

「黄金色に実った稲穂が珍しいのか。おまえは、周りが田んぼばかりのところで生まれたンじゃなかったのか」

「だから、懐かしいンじゃないか。あんたには郷愁というものがないのかい?」

「おまえはすぐに話を変えようとする。いま問題なのは、こんなところに車を停めた目的だ」

「目的は、だから……、心を癒してくれる景色じゃないか」

「ここにいたら、そのうち列車と衝突するンだ。それで、いいのか、ということだ」

「あんた、時刻表を見てきたのかい? さっき、駅に寄っただろう」

「日本名水百選にもなっている清水が湧き出ていた駅か。あの水はうまかったな。おまえは足湯に足をひたしていた」

「わたしは足湯を使いながら、思ったね。結婚してすぐに、この町に来ればよかった、って」

 鶴吉、苦い顔をする。

「おい、時刻表はどうなった」

「そうそう。わたしはあの駅で時刻表を見たンだ。そうしたら、あと25分で列車がここら辺りを通る……」

「まだ、25分もあるのか。だったら、いい……」

「何が、いいンだい? このまま、あと25分、ここにいてもいいと言うのかい?」

「知らないひとがこの光景を見たら、どうなる?」

「オンボロ車が踏み切りで立ち往生している。警察か鉄道会社に通報するだろうね」

「おまえはそういう騒ぎを待っているのか?」

「その程度の騒ぎじゃ、どうしようもないよ」

 鶴吉は女房の思考についていけない。

「わかるように説明しろッ」

「あんた、せっかくありついた旅館の住み込み仕事を断っただろう。あんたはお風呂を沸かすボイラー係と浴室全般の掃除、わたしは厨房の下働き。食事と寝るところに困らないけっこうな仕事だったのに。どうしてだい?」

「考えてみろ。風呂を沸かして掃除して。男湯も女湯もだ。この年で、そんなに働けるか。おまえだって、汚れた食器を洗い、厨房の床を掃除して、あと時間があれば旅館の玄関の拭き掃除、ロビーと廊下の掃除、それが終わっても、すぐに寝られるかどうかわからない職場だ。70になってやる仕事じゃない」

「そりゃそうだけど、このままじゃ暮らしていけない……」

「だからって、また強盗なんてバカなことは考えるな。おれたちには、そんな荒仕事は出来っこないンだ」

「だから、わたしは考えているンじゃないか。ここで、このまま……」

 鶴吉はカメの深刻そうな顔を見て、ようやく思い至る。

「おまえ、正気かッ。2人とも、わずかな生命保険に入っているが……」

「わずかと言っても、一人3000万円の保険金がおりるよ。あと5年たてば解約させられちまうから、いまのうちだよ……」

「2人が列車に轢かれて保険金が手に入っても、それをいったいだれが相続するンだ。たった一人の娘は、女房もちの男に騙され、男の女房を刺して、いまは刑務所にいる。あと、5年は出て来られないンだ」

「あんたのしつけがよくなかったンだ。小さい時から、ひとのものには手を出すな、って言い聞かせていたら、あんなバカなことはしなかった」

「いまさら、なにを言う。だから、心中してお金を遺したって、あの娘は喜びやしない」

「そうじゃないンだ。わたしは、心中なンか、考えていやしないよ」

「いずれ刑務所から出てくる娘のためにも、ひとりは生きてやらないと……ゲェーッ!」

 鶴吉は、その瞬間、カメの底知れない心の闇を覗いたような気がして、絶句した。

「おれたちのどちらかが、死ぬ、ってことかッ!」

「そうだよ。それしか、ないンだよ。車が踏み切りに立ち往生して、なんとか車を動かそうとしたけど、列車が来て、車を押しつぶし、ひとりしか助からなかった……」

「おまえ、死ぬ気なのか!」

「わたしはまだ決心がつかない……」

「グェッ! おれに死ね、ってか!」

「できるかい?」

「おれが死んで、おまえがおれの保険金で余生を送る、ってかッ!」

「わたしは考えたンだよ。保険って、入れ入れ、って言うけど、保険金をもらうことって滅多にありゃしない。だから、保険会社はテレビでどんどんコマーシャルやって、掛け金を払わせ、がっぽり儲けている。保険金はもらわないと意味がないンだ。とりわけ、わたしたちのような貧乏人は、ね」

 鶴吉、しんみりとなる。カメの言い分にも一理あると思うからだ。しかし、

「おれは、おまえが先に死んでも、その保険金で暮らそうとは思わない。おまえがいなくなったあと、独りで生きていけるわけがない」

「わたしだって、同じだよ。でも、このままじゃ、共倒れだ。2人とも、まだ動けるからいいけど、認知になって、足腰ダメになったら、どうするンだい。結局、金がないとだれも相手にしてくれないよ。いまの世の中は……」

 ともにしんみりとなって、2人はいまどこにいるのかも忘れていた。

 そのとき、けたたましい車のクラクションが鳴った。

 同時に、

「列車が来るゾォッー!!」

 どなり声がする。

 水田の稲穂をよく見るため車の窓を開けていたカメは、その声で我に返った。

 右側を見ると、1両ながら、ガタゴトガタゴトと電車が向かって来る。時計を見ると、時刻表の時刻には、まだ5分もあるのにだ。しかし、そんなことは言っていられない。

 決断だ。いや、車を動かすほうが先だ。カメは、エンジンを掛ける。しかし、バッテリーが古く、電圧が不足気味のせいで、この車のエンジンはふだんでも一度ではまず掛からない。2度、3度、カメはスタートキーを回す。しかし、この日は、よほど調子がよくないらしい。

 カーブを抜けた電車が直線に入り、正面に見える。

 あと、50メートルほどで衝突だ。

 カメは覚悟した。娘に保険金を遺すと思えば、いい。しかし、鶴吉は違った。

「カメ、逃げるゾ。こんな車と心中するつもりかッ!」

 鶴吉は車から降りると、運転席側に回り、ドアを開けてカメのシートベルトを外し、カメの脇の下に手を入れ、引きずり出した。

 2人はしっかりと手をつなぎ、踏み切りの向こう側へ、よろよろと。

 と、なぜか、降りたはずの車が、とろとろと動き出す。

 電車がけたたましい警笛とブレーキ音をかきたてながら、踏み切りまで10メートルと迫る。

 カメは思わず、目を閉じた。


 鶴吉とカメは無事だった。オンボロ車も、無事だった。カメたちの車の後ろからやって来た農業用トラクターが、オンボロ車を押し出してくれたのだ。

 バンパーが傷ついたが、元々キズだらけのバンパーだから、どれが今回のキズかは、だれにもわからない。

 もっとも、電車はスピードが遅かったせいか、踏み切りの直前で停止したから、トラクターがいなくても事故には至らなかったともいえる。

 カメたちに警告音を発し、オンボロ車を救ってくれたのは、トラクターの男だった。

 彼は、近くで水田3反のほか、ハウス5棟、2千羽の鶏がいる鶏舎を持っている農場経営者。3年前、父親が亡くなり、父親が所有していた水田と畑を、兄と2人で仲良く分け合い、去年結婚した新妻と2人で農業を営んでいる。

 鶴吉とカメは、5棟あるうちの1つのハウスに入りトマトの収穫に精を出している。

 鶴吉がトマトを選びながら、カメに話す。

「なア、カメ」

「なんだい?」

「どうして、まだ5分もあったのに、電車が来たンだ?」

「あァ、あれかい。わたしは時刻表の上りだけ見ていたンだ。下りもあることをすっかり忘れていた、それだけさ」

 鶴吉は、もいだトマトをガブリッとやりながら話す。

「しかし、なァ、カメ」

「なんだい?」

「電車は停まっただろう。踏み切りの真ん中にいたトラクターまで、あと1メートルのところで……」

「ローカルの電車だから、スピードだって精々出しても40キロほど。ふだんは20キロほどでとろとろ走っている、って聞いたよ」

「だから、潔さんもトラクターを置いて踏み切りの外にうまく逃げることができたンだ」

「あのひとは、若いのにえらいひとだ」

「だがよ、カメ。あのトラクターは古い」

「お父さんの代から使っていて、お兄さんが新しいのを買うからって、古いのをタダで譲ってもらったらしいね」

「潔さんは、このハウスを含め農業資材、設備全般を一括して保険に入っているらしい」

 カメが、険しい顔になり、

「あんた!」

「ここはハウスのなかだ。聞こえやしない」

「保険でトラクターを新しくしようとして、わたしたちのオンボロを押し出し、わざと古いトラクターを踏み切りの中に置いた、っていうのかい?」

「そういうことも考えられる」

「あんた、頭は大丈夫かい?」

 カメも、真っ赤に熟したトマトを1つもいで、

「ああいうとき、あんたなら、そんなことまで考えられるかい」

「おれはダメだ。しかし、潔さんなら、出来る。トラクターをそのまま運転して踏み切りの外に出る時間はあったのに、あの人はしなかった」

「ない、ないよ。そんなもの。電車が目の前だ」

「だったら、電車が来る前に、おれたちは、すでに踏み切りの外に逃げていたのに、どうしてあのオンボロ車を助けようとしたンだ?」

「ウーン」

 カメは、トマトをかじったまま、考える。

 鶴吉はなおも難題を吹っかける。

「カメ、まだある。昨夜、潔さんが奥さんの安実さんと2人だけで話しているのを、聞いたンだ」

「何を?」

「おれたち2人を保険に入れる、って」

「どうしてだい?」

「ここで働いている間に、事故にあったら困る、って」

「事故? 事故にあうような危険な仕事はないよ。ここで作っているのは、水田でお米、ハウスでトマト、イチゴ、メロンだろう」

「事故だけでじゃない。病気になることもある。おれたち、ここの世話になって1ヵ月だが、昨日、ハウスを見に来た近所の婆さんに教えられたンだ」

「何を?」

 鶴吉、周りを見まわし、声を一層低くして話す。

「いいか。おれたちがここに厄介になる半年ほど前、1人の爺さんが行き倒れになって、潔さん夫婦に助けられた。爺さんは十分な食事と寝るところを与えられ、10日ほどですっかり元気になった。しかし、どこにも行く所がないというので、ここで働かせて欲しいと言ったそうだ」

「わたしたちと同じじゃないか」

「爺さんは、毎日こんな風にトマトをもぐ仕事をうれしそうにやっていた。ところが、2ヵ月ほどたったある日、突然救急車が来て、爺さんを乗せて行き、そのまンま爺さんは帰って来なかった……」

「自分の家に帰ったンじゃないのかい?」

「亡くなったンだ。それで、潔さんの家で葬式をした」

「急病の原因は何だい?」

「驚くな。間違えて農薬を飲んだ、って言うンだ」

「間違えて、かい? 農薬って、間違えて飲んだとしても、すぐに吐き出すだろう。死ぬほど飲めやしないだろうよ」

「いまはいろいろ便利な農薬があるらしい。味も香りもしない、無味無臭ってやつが……」

「本当かい?」

「それだけじゃない。爺さんの葬式を出した翌月、潔さんは家をリフォームして、家は新築みたいにきれいになった。新婚なのに、家が古いとこぼしていたそうだから、念願がかなった、ってわけだ……」

「本当かい?」

「噂だ。爺さんに生命保険が掛けてあったに違いない、って。そして潔さんは、いま新しい作業小屋が欲しいと言っている……」

 そのとき、

「鶴吉さん、カメさん」

「ギェーッ!」

 いきなり、後ろから声を掛けられ、鶴吉もカメも、腰を抜かさんばかりに驚いた。

 潔の女房の安実だ。

 カメは心底驚いて、言葉が出ない。

「すいません。お昼ができたので、ご一緒にどうかと思って」

 安実が詫びる。

 カメは気になって、恐る恐る、

「わたしたちの話、聞いていたンじゃないよね」

 安実は、かわいい顔を横に振る。

「カメさん、何をおっしゃっているンですか。さァ、ご飯が冷めますから、急いでください」


 鶴吉とカメは、リフォームされた広いダイニングテーブルに横に並んで腰掛け、お昼をいただいている。

 カメは大きなおにぎりが山盛りになった皿からその1つを頬張り、鶴吉はこれも大ぶりのトマトが山盛りの皿から1個をとって食べている。

 あとの献立は、皿に山盛りになったゆで玉子。もちろん、玉子も潔の鶏舎で産まれたものだ。

 潔と安実は、昼前にすませたい用事があるので先に進めてくれと言いおいて、まだ仕事をしている。

 カメは、2つ目のおにぎりに手を伸ばして話す。

「さっきの話が途中になったけど、その亡くなった爺さんが、間違って農薬を飲んだ、って言ったけど、何と間違えたンだい?」

 鶴吉は、大きく動くカメの口元をうらめしそうに見ながら、

「潔さんが、前にスポーツドリンクが入っていた空のペットボトルに農薬を入れておいたンだが、爺さんはノドが乾いたといって、農薬とも知らずに、ペットボトルの中身を飲んだそうだ」

「スポーツドリンクなら、きょうのように暑い日には、飲みたくなるね。わたしもあんたも、そばにあったら飲みそうだね」

「その農薬は、水でもコーヒーでもジュースでも、飲み物に混ぜられたら、どうしようもないそうだ。カメ、いいか」

 鶴吉が、カメの目を覗くように見ながら、

「さっきも言ったがその農薬は、無味無臭だ。それに、スポーツドリンクと間違えるンだから、見た目は水だ。だから、この家で水を使ったものなら、農薬が入っているかも知れない」

「あんた、何が言いたいんだ」

「おまえがさっきからうまそうに食べている、そのおにぎり……」

「これかい?」

 カメは、食べかけのおにぎりを口から出して、見た。

「そのおにぎりのご飯を作るのに、何を使う?」

「そりゃ、お米に、みィ……アッ!」

 カメは、手の中のおにぎりを見て、慌てて皿に戻す。

 そこへ、

「おなかはいっばいになりましたか?」

 安実だ。その後ろから、潔もきて、4人掛けのテーブルをふさぐ。

 潔と安実は、

「あァ、腹が減った」「おなかがすいたわ」と言いながら、皿から無造作におにぎりを掴んで口に運ぶ。

 カメ、それを見て、「大丈夫じゃないか」と鶴吉に目で言う。鶴吉も初めておにぎりをとって、食べ始めた。

「いつもこんなものしかなくて、ごめんなさいね」

 安実が如才なく言う。

「農家の昼は、簡単にできるものに限るからな。うちで食べるお昼の献立といったら、あとは、うちのハウスで採れるレタスにキュウリ、ナスくらいか」

 潔が日焼けした顔をほころばせながら話す。とても悪人には見えない。

「あなた、お2人にあれをお出ししましょうか」

「そうだな。もう、そろそろかな」

 鶴吉とカメは顔を見合わせる。

 カメが、つぶやく。

「そろそろ、って?」

 安実が立ちあがって、キッチンに行って戻ってくる。

 手には、ペットボトルに入ったコーヒーと、氷を入れたグラスが2つ。

 安実は潔を見やり、

「このひとはコーヒーが大好きで、この季節は毎朝アイスコーヒーをボトルいっばい作って、冷蔵庫で冷やしておくンです」

「水代わりに飲んでください」

 カメが「エッ、水代わり!?」、鶴吉も「水ってか」と言い、潔が持ったペットボトルを見つめる。

「自分で言うのもなんだけど、うまいですよ」

 潔が、鶴吉とカメの前に置かれたグラスに、ペットボトルのアイスコーヒーを注ぐ。

 カメ、グラスに注がれたコーヒー色の液体を、穴の開くほど睨みつけている。

「どうぞ。鶴吉さん、どうされました? じっと考え込んだりして」

 鶴吉は、口を固く「ヘ」の字に結んだまま。

「わたしは、コーヒーは苦手です」

「そうですか。それは残念だ。でも……」

 潔は、ふと思い出した。

「ここに来られた最初の日、インスタントだったけれど、熱いコーヒーがおいしいと言って、飲んでおられたような……」

「そ、それは何かの間違いだ」

「そうですか」

 潔は疑わしそうな目をしてから、

「カメさんは、いかがですか?」

 カメ、覚悟していたようすで、

「こちらにご厄介になっているのに、先にいただくのは心苦しいです。どうか、お2人から、先の飲んでください。そうしたら……」

 一気に話す。

「そうですか。オイ、安実」

 安実は再びキッチンに行って、空のグラス2個と4リットル入りの大きなペットボトルをもって来た。

 潔は2個のグラスに、さきほどのアイスコーヒーを注ぎ入れ、口へ。

「うまいッ! 我ながら、上出来だ」

「あなた、ホント、おいしいわね。カメさん、どうぞ」

 カメ、2人が無事な姿を見て、

「じゃ……」

 カメはホッとしたように、アイスコーヒーをグビグビと飲む。すると、鶴吉も、

「それじゃ、わたしも。遠慮していたら、失礼だからな」

 と言い、ノドをゴクゴクと鳴らしながら、飲み干す。

 続いて潔は、安実が持ってきた、4リットル用の大きなペットボトルを手に持ち、

「こいつは、梅ジュースです。体にとてもよくて、うまいンです。どうぞ、同じグラスで申し訳ないけれど」

 と言い、空になった鶴吉とカメのグラスに注いでいく。

「梅ジュース? カメ、飲んだことはあるか?」

 鶴吉が女房に尋ねる。

 カメは頷いて、

「ある。むかーし……」

 言いながら、グラスに注がれた薄い琥珀色の液体をジッと見つめる。

「どうやって作るンだ?」

 鶴吉の問いに、カメは考え考え、

「材料は青梅に氷砂糖……」

「水は使うのか?」

「ビンの中に青梅と氷砂糖を交互に入れていき、完成まで約1ヵ月……」

「水は使わないンだな」

「あァ、使わない……」

 鶴吉とカメはぼそぼそと聞き取れないような声で話している。

 安実はそのようすをじれったそうに見ていたが、

「いいえ、出来あがった梅ジュースは、そのままでは濃くてとても飲めませんから、水をたっぷり入れて薄めています」

「水を入れるのか」

「鶴吉さん、水はダメですか?」

 安実が怪訝そうに聞くので、鶴吉、

「水はいかん。年寄りの冷や水と言うでねえか」

               (了)

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冷や水 あべせい @abesei

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