自殺しようとしている学校のアイドルを見殺しにしたら憑かれたんだけどこんな同棲は望んでない

斜偲泳(ななしの えい)

第1話 死にたいなら死ねばいい

 誰だってふとした瞬間に死にたくなる事がある。


 そんな時、高校一年生の四谷陽炎よつや かげろうは死の淵を覗きこみ、自分が今本当に死にたいかどうかを測る事にしている。


 死にたかったら死ねばいいし、死にたくなかったらやめればいい。


 そんな風にして彼は今日まで生きながらえてきた。


 だからこの行為は、彼にとって退屈な日常の延長でしかなかった。


 今、この瞬間までは。



 †



 錆びの浮いた扉が耳障りな悲鳴をあげて開く。


 それなりに見慣れ始めた殺風景な屋上に、今日は見慣れぬ異物が存在していた。


「――ッ!?」


 ビクリとして振り返ったのは、息を呑むような黒髪の美少女。


 稲川高校のアイドルなんて呼ばれている、二年生の浦飯優花うらめし ゆうかだ。


 面識など欠片もないが、噂だけはよく聞こえる。


 彼女は古びたフェンスを乗り越えて、文字通り死の淵に立っていた。


 泣き出しそうな、それでいて怒っているような顏としばらく見つめ合う。


 陽炎は肩をすくめて溜息を吐いた。


「先客か」


 誰にともなく告げた呟きは、誰にも届かず風に流れる。


「止めても無駄だから! あたしは死ぬの!」

「好きにしなよ」

「ぇっ?」


 溜息交じりの返事を受けて、優花の表情は中心に釘を打たれたみたいにひび割れた。


 暫く茫然とすると、綺麗な顔に潮が満ちるように怒りが染める。


「好きにしなって……あたし、死のうとしてるんだよ!?」

「見れば分かるよ」

「じゃあなんで!」

「死にたがってる人間を邪魔する程野暮じゃない」


 再び優花が茫然とする。


「……なにそれ。意味わかんない」

「わかる必要もない。テストに出るわけじゃないからね」


 それだけ言うと陽炎は背を向けた。


「どこ行く気!?」

「帰るんだよ。そんな気分じゃなくなったし、関係者にされたら面倒くさい」

「そんな事言って、先生呼んでくる気でしょ!? 一歩でも動いたら飛び降りるからね!」

「なんでそうなるんだよ……」


 陽炎は面倒くさそうに頭を掻いた。


「死にたいなら死ねばいい。死にたくないならやめればいい。なんにしても、僕は全く関係ない。君は君だけの責任でそれを選ぶべきだ」


 三度優花が茫然とする。


 今度は悔しそうに歯噛みして。


「そんな事ないでしょ! いじめで自殺した人はその人に責任があるの!? そんなのっておかしいじゃない!」

「……まぁそうだけど。僕は君をイジメてない。話すのだって今日が初めてだ」

「二年生の浦飯優花よ!」

「知ってるよ」


 そこで会話が途切れた。


 陽炎はうんざりと溜息をつき、優花はピンチをひっくり返す道具を探すドラえもんみたいな顔で言葉を探している。


「もう帰っていいかな」

「いいわけないでしょ! 自殺しようとしてるのよ!」


 言葉にして実感が湧いたのか、優花の顔が青ざめる。


「死ぬ気がある様には見えないけど」

「あ、あるわよ! ありまくりよ!」


 叫んでから優花はハッとする。


「わかった! あんたそうやって時間を稼ぐ気でしょ! その手には乗らないわよ!」

「時間稼ぎをしてるのは君の方だろ」

「さっさと死ねって言いたいわけ!?」

「君に言いたい事なんか何もない。君の生き死にに僕を巻き込まないでくれ」


 今度こそ陽炎が背を向ける。


「待って!」

「待たない」

「待てってば!」

「なんなんだよ……」


 振り返ると、優花はフェンスから手を離していた。


「呪ってやる」


 悔しそうに呟いて後ろ向きに落ちていく。


 死の淵の向こう側に身体が飲まれる。


 生々しい悲鳴が遠のいていく。


 大きな砂袋を落としたような音が悲鳴を締めくくる。


 静寂。


 カラスの泣き声。


 吹奏楽部の調子はずれな練習音。


 運動部の疲れたかけ声。


 悲鳴。


 騒めき。


 深い溜息。


「……まいったな」


 陽炎は職員室に向かった。




――――――


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