シンデレラは思春期っ!~ホストクラブは突然に~

黎明煌

第1話「口の汚いシンデレラ」



「シンデレラ~! シンデレラ~~~!!」


 私の朝は、継母のそんな不愉快に響く声から始まる。

 窓もない屋根裏部屋の、木板から漏れ来る朝日を瞼の向こうに感じながら……私はベッドの上で重くため息をついた。


「もう……今何時だと思ってるの」


 そうしてすえた香りのし始めた布団を気だるく端によけ、こちらのことを心配するように「チューチュー」と鳴くお友達に軽く手を振る。

 ボロ切れのような寝巻きもそのままに、私は気持ち早めに梯子を降りた。


「シンデレラ!」

「はい、お継母かあさま……」


 リビングに入れば、そこには先程から私の名を甲高い声で何度も呼ぶ長い金髪の女性……一応、現在では母と呼ばねばならない人が、こちらを咎める目付きをして椅子に座っている。

 私は寝巻きの皺を手で払いつつ、「どうかしましたか?」と愛想笑いと共に聞いた。

 そうすれば、継母の普段から鋭い目付きが、更に鋭くなる。


「シンデレラ」

「はい」

「寝癖のひどいシンデレラ」


 直す暇もなく呼びつけたのは誰なの。そう言いたかったが、ぐっと堪える。

 私が何も言わず笑みを浮かべていれば、継母は呆れたため息をつき、ついでに指でトントンと机を叩いた。


「今、何時だと思ってるの」

「……朝の、六時半くらいですかね。もうお継母さまったら早起きさん」

「違います。朝の十時です。それに六時半の起床は、各家庭において一般的な範疇です」

「…………」


 ……ほ~~~~~~~~~~~~~ん。

 だから言ったじゃんね、何時だと思ってんのって。

 私は胸の前でポムと手を合わせ、継母に向けニコッと笑いかけた。


「早いですね☆」

「だから遅いのよ。朝食は朝の七時に……そして家族で一緒にとるって……以前から、そう決めていたでしょう!?」


 徐々にボルテージを上げていくそのキャンキャン声に、私もお清楚な仮面を保ってられねぇ!


「いやはえーってババア! こちとらそんな寝起きで飯食ったら腹下すんだっつーの! 繊細な十代のシンデレラメンタルなのお分かり!? それとも家事しながらクソ漏らせってかア゛ァ゛!?」

「その分、早めに起きればいいだけでしょう!? というかまたそんな汚い言葉遣いっ! いったい誰に似たのかしら!?」


 テメーと再婚した、でもここにいないダーリンじゃないっすかね。私、母親似ってよく言われるけど。文句は家庭裁判所に言いな!

 私が「ハンッ」と鼻で笑えば、継母は怒りでプルプルと震え、部屋の隅をビッと指差す。


「見なさい! ドリゼラもアナスタシアも、お腹空かせてソファでダウンしてるのよ! あなたが朝食を作らないせいで!」

「そうなるまでに自分で作ったらどうなんですかね」


 私もそちらを見やれば、確かにそこにはソファにうつ伏せになって死んでいる私の義姉あねと呼ぶべき女性が二人。

 長い黒髪の方が上のドリゼラで、茶髪の縦ロールがその下のアナスタシアである。なんで金髪のオカンからそんな髪色の娘が生まれてくるんですかねぇ……染髪? 仕上り綺麗ねどこの美容院よ?

 そんなキューティクルとぅやとぅやな髪を持つ二人の義姉は、力なく手を挙げてこちらへオーダーを寄越してくれる。


「シンデレラ……だ、ダージリン……ファーストフラッシュの……」

「生クリームたっぷりのフルーツサンド……ミントは抜いて……」

「その状態で手のかかる注文してくるのはさすがの神経ですわ、お義姉ねえさま方」


 嫌味をふんだんに含めてカーテシーなど披露すれば、二人は揃って上げていた手をガクリと下ろす。死んだか。

 この体たらくで水の一杯も腹に入れたくないと言うのだから、贅沢暮らしが骨にまで染み付いている。これだからうちの財産目当てに嫁いできた成金どもは!

 私はソファの傍らに立ち、理由もなく朝っぱらから仕立ての良い洋服に身を包む義姉達をギンと見下ろした。


「いくら外を着飾ったとて、内にあるものはそうそう変えられませんわ。せめて私のように、内から滲み出る気品を身に付けられるようにしてくださいまし、お義姉さま方。たとえこのように、二日ほど着替えてないボロ切れを纏っていようがね?」

「口からクソを撒き散らかす義妹よりマシよ……あと洗濯くらいしなさいよばっちぃ……」

「私達は美味しい料理や美しい装飾品から、"気品を買ってる"のよシンデレラ……持たざる者はそうやって外から買って、たとえ虚飾と分かっていても身に付けるしかないの。そんなこと、所詮成り上がりと呼ばれる私達が一番理解してる……」


 強気なドリゼラに、理知的なアナスタシア。

 しかし私はそんな二人に、笑顔のまま血管を浮き立たせた。


「お? そのザマで説教か?」

「「違う……いいからご飯作って……」」


 だからそういうのが嫌なんだっつーのいちいちお高く止まって! 最低限「作ってください」だろ。それが“他人”にモノ頼む態度かおぉ!?

 私は切れ目の入ったスカートを翻し、継母のいる机までツカツカと歩み寄ってそれをダンと叩いた。


「私に作らせるんじゃなくて、出前でも取れせめて。作りたくないなら」

「駄目よ。私はここへ嫁ぐ時に決めたの。あなたの生活態度を改めさせるって。あの人にも言われているしね。まったく着替えもロクにしないで……あなたそんなじゃ将来生きてけないわよ?」

「やろうと思えば諸々できるんだからいいじゃん」

「ふぅん?」


 しまったと思ったのは、継母の眉がピクンと跳ねたのを見た後だった。


「ではやってみなさい。『できない』のではなく『できる』と言い放ったその口が、あなたの誇りにもとらないのならね。できたのならば、今朝はこれ以上何も言いません」

「むっ……」


 ちっ、誘導された……伊達に成り上がってないね。


「……しゃーねーなー。餓死されても困るし」


 つまり『できるのにやんないとかダサくね?』ってわけ。

 できらぁ成金ども! 本場仕込みのノブレスうんたらかんたら、見せてやんよ!


「そもそも当番なんだから、ちゃんとなさい」

「へいへい……ほらよ、お義姉さま方。紅茶」


 とりあえず水分でも与えておこうと、ソファ近くの机にカップを置く。そうすれば我先にと二人が起き上がり、カップに鼻を近付けた。


「ありがとう、シンデレラ……でもなんかすごい匂いするけど」

「都の方で流行ってる茶葉なんですって。たまたま近所で売ってたんで、仕入れたんです」

「あら、そうなの? なんて銘柄?」

「ゾウキン・シボリジールです。シボリジール地方で今の時期しか採れない名産らしいですよ」

「限定品!? でも知らないブランドね……」


 そらぁ昨日の朝、掃除後のバケツから汲んだんだからそうでしょ。朝摘みやぞ。なんかそう書くとオシャレ。きっと家庭の味(床板)がすると思います。


「「いただきま──」」

「あーもう、やめなさいって」


 そのまま飲もうとする二人からカップを取り上げた。さすがにね。


「これだから真贋も見極められない成金は……はい、お義姉さま方の。ほんとはこっち」

「「はーい」」


 きちんと馥郁たる香りを放つカップをテーブルに置き、義姉達の背を押して椅子に座らせる。そうすると二人は、素直にコクコクと飲み始めた。

 茶葉からゴールデンドロップ絞るまでの暇潰しのつもりだったのに、この二人はすぐ騙されるんだから。お継母様が面倒見るべきなのはまずこっちでしょ。

 そんなおバカな義姉二人を横目にエプロンを着け、私はぶつくさ言いながらキッチンに入る。

 そうして使い慣れたナイフ片手に、パンをザクザクと切り始めた。


「まったく、なんで私がこんなメイドみたいな仕事を……」

「あなただけにさせてるみたいな言い方やめなさい。私もお前の姉達も、ローテーションでしてるじゃないの」

「メイド雇ってよ、クラシックスタイルじゃなくてミニスカの。胸は無くていい。靴下はオーバーニーソな紺色の」

「条件付け足さないの。あとそんなの駄目よ、そうしたらあなた何もしないじゃない。女なのだから、家事くらいなさい」

「はいそれ差別だから。なんかこう……ほら、色んな人に対して差別だから」

「フワッとしたこと言って反論した気になるのもやめなさい」


 ああもう!

 お継母さまはいっつも、あれもやめろこれもやめろ! だったらこんなショボい家事もやめさせてくれませんかね!? こんなのノー・ノブレスですわ!

 私が苛立ち混じりにナイフで果物をスパスパと切っていれば、それを義姉達がカップ片手にほけ~っと眺めている。


「相変わらず、うちの義妹は刃物捌きがすごいわねぇ。ねぇアナスタシア?」

「順手で持ったり、空中で逆手にしたり……手付きが暗殺者のそれね、ドリゼラお姉さま」

「お義姉さま方だって、金ができ始めた頃に護身術くらいは習わされたでしょう? その応用です」


 まぁ私は特別これが得意だったっていうのもあるけど。

 しかし私の義姉二人は、頬に手を当てて苦笑など浮かべている。


「私達、フォークより重い物持ったことなくて……」

「あ?」


 そのデカ乳ぶら下げといてよくぞ言ったな。わぁ見て、美味しそうなメロンが四つも成ってるね収穫しちゃおっかな☆

 私は光を刃に反射させ、その分瞳から光を消した。


「お義姉さま方のを切り取って私に付ければ、私も巨乳に……?」

「ならないから……」

「身に付けるってそういうことじゃないから……」

「冗談ですって」


 そんな重いもの付けてたら寝る時邪魔そうだし、いざという時に動けなさそうだし。イラネ、ペッ。

 私は冗談の通じない義姉達に呆れた吐息をこぼしつつ、絞り出し袋から生クリームをサンドイッチに向けて発射ぁ! ブチブチブチ! おう見たか聞いたか? これが私の奏でるノブレス・オ・ブチブチージュってやつよ。音きったね。

 そうしてテキトーに作って完成したフルーツサンドやらなにやらをトレーに乗せ、テーブルに着く三人の前へテキパキと配膳した。


「はい、義妹特製のブレックファスト。つってもいつものメニューだけど」

「いいえ充分よ。ありがとう、シンデレラ」

「「ありがとう~」」


 そんな大層なメニューでもないのに……ニッコリと笑う継母と、二人の義姉。

 散々無礼な態度を取った生意気な最年少に向けて、そんな人のいい笑みを。

 これまでも。多分これからも、ずっとそうで……。


「……」


 ……ちっ。


「……郵便受け、見てくる」


 その眩しい笑顔を見ていられず、私は彼女達と目も合わせないままそう言い残し、玄関へと向かった。


「……しんど」


 外に出て、朝日を浴びながら独りごちる。

 もうあの人達とは数ヵ月の付き合いだけど……ほんと、"知らない人達"がずっと家にいんの、本当にしんどい。

 チラリと視線を動かせば、玄関には木製の真新しい表札がかかっている。五人の名を刻んだ、ピカピカの表札だ。

 ……数ヵ月まではたった三人の、古ぼけた表札だったのにね。


「……」


 ピカピカの表札には父と、新しい義母と、新しい義姉二人の名が刻まれている。当然、私の名前だって。

 ……でも。でもさ。


 ──ここ、誰の家なのさ。


「……お母さん」


 あー、くそ。ダサい。ダサいことしてる。いっそあの人達が悪い人だったらよかったのに。


『常に、勇気を。私の可愛いシンデレラ……』


 本当の母は死の際にありながらも、私にそう言い聞かせ続けた。それがきっとこの先に、必要なものになるから……と。


「……難しいよ」


 あの人達に喚き散らす元気はある。反抗する度胸だってある。

 でも受け入れる勇気は……まだ、ない。


「ずびー……!」


 目から溢れそうになった水分をゴシゴシと袖で拭い、私は鼻を啜ってから誤魔化すようにガサツな手付きで郵便受けを漁った。


「えーっと……コ○ナンの広告に、も○みの塔に……」


 いやロクなもん入ってないな……ん?

 チラシ類をクチャクチャにしながら捲っていれば、なにやら上等な紙質の封筒が混入していることに気が付いた。なにこれ? わざわざ蝋印までしちゃって……今日日マニアックね。


「……って。舞踏会の、招待状?」


 青空に浮かぶ太陽に透かしながら、私はそれに書かれた文字列を読み上げるのだった。


 ああ、"またか"と。

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