第4話 刀と本物
失われた平和にすすり泣く声が聞こえる。
この場を救える者はいないのか。
そのとき、いくつものどよめきとともに集団から弾かれるようにして飛び出す影があった。
「いざ尋常に──勝負っ!」
「ブヒィッ」
「──胴オオオオオウオオオオオッ!」
今度こそ、無敵の王道のお出ましだった。
ただその彼がなぜ今頃になって出てきたのかという理由にも同時に気づいて何とも言えないけれど……ともかく、オークは圧倒的武器の性能によって真っ二つにされていた。
真剣。刀。太刀。厨二が憧れ何にでも登場させたくなる武器ナンバーワンであるそれをもってオークを倒したのは剣道部の武倉だ。
「武器しか与えられぬのであれば守りを固めるまで……」
同じ中学一年とは思えない口ぶりなのは、彼も陶酔しているからだろう。中学一年が厨二病なら飛び級かも知れない。
あの混乱の中、集団に隠れるようにしてせっせと剣道着を着込んでいた武倉は、見事その全国レベルの剣道の腕前で弾力性に富んだオークの腹を斬り裂いたのだ。
彼も見た目からしてイケメンでモテモテのはずなのだが今回は少し様子が違う。みんな知っているんだ。あの剣道着が鼻が曲がりそうなほどに汗臭くてたまらないことを。僕もそれゆえに剣道とかしたくない。しかも今は盛大に浴びたオークの肉汁でもっと悲惨なことになっている。
モンスターを倒したというのに誰も寄ってこないことに寂しさを覚えたらしい武倉は、しょんぼりしてモンスターが現れる中央から離れていくが、その先で避難しているクラスメイトたちが避けて離れていくことに傷ついて三角座りしてしまった。
「そろそろ終わりでいいんじゃないか? 武倉が最強で異世界でも通じるってことでさ」
「だめなんだ……一度起動するとモンスターを五体喚ぶまでは終われないらしくって」
それがクラスメイトの誰かが言った落とし所みたいなものだが、担任教師が即座に否定する。どうやっているのか生徒の机に顔を突っ込んでまで身を守ろうとする浅ましさは見習いたくない。
やがてまたモンスターが現れる兆候が起きたが、今度はスライムの時ほどにデカい。
息を呑み、その姿を確かめたクラスメイトたちの誰もが声を上げることが出来なかった。
これまでとは一線を画す威容。
昔に遠足で見たよりもずっと大きな馬は所々に金属製の鎧を身につけており、その背に乗る人物も全身鎧の巨体であった。それほど高くない元教室の天井になら頭が埋まりそうなほどではあったが、そうはなっていない。
そのモンスターには頭部が存在しなかったからだ。
「デュラハン……っ」
デュラハンが小脇に抱えた兜から覗く光は武倉をすでに捉えている。オークを倒した者として敵と認識しているのだろう。
武倉は武倉で失意の中であっても己の役目と割り切ったらしく、立ち上がり刀を構えて間合いを詰める。
互いのサイズは大人と子どもほども違う……というより実際にデュラハンは身長二メートルほどの体躯で、武倉は厨二病の中学一年生になったばかりの子どもだ。
デュラハンが腰にはいた剣を抜く前に仕留めなければいかに強力な刀とスキルを持っていたとしても勝利は絶望的だろう。
「武倉くんっ、きっとそいつの頭が弱点よっ!」
「──っ!」
敵と対峙する武倉に助言したのは僕のアイドル南野さんだ。彼女はみんなに等しく優しい優等生。武倉もその声援に満たされたらしく、頷き少しの間を置いてデュラハンへと向き直る。
僕のこの角度だからこそ、まだ南野さんよりも近かったからこそ見えたけど、武倉……面の奥でウィンクしても相手には見えないぞ。
そんな馬鹿なツッコミを心の中でしているうちに、武倉は先手必勝とばかりに打ち込む。
「メエエエエエエエエアアアアウンッ!」
デュラハン相手にその面は小手であろうとまたしても僕は心の中で呟いたわけだけど、武倉の渾身の一撃は当然ながらデュラハンに軽く防がれた。
攻撃するところを叫びながら振り下ろしてるんだから、相手からすれば舐めてるのかってところだろう。
案の定、というか意外にもデュラハンは剣を抜くことなくその拳で武倉を殴り一撃で昏倒させた。デュラハンにしてみれば剣道の面など防具未満でしかなかったのだろう。
武倉のダウンを見て駆け寄った保健委員の女子が予め準備していたであろう糸を倒れ伏せた武倉の面の隙間に差し込む。
何をしてるのかと見ていたが、その糸が軽く揺れたのを確認して胸を撫で下ろした姿に合点がいった。呼吸しているかを確かめていたのだ。臭い武倉になるべく触れたくないから、そうして確認したのだ。
もし僕が保健委員だったならあの役目は僕がしていたのかもと考えると彼女を責める気になどなれない。むしろよくそこまで献身的に役目を果たせるものだと賞賛したいほどだ。
そうして保健委員の女子が武倉をモップで引っ掛けて退場させたあとに残ったのは巨大なデュラハンとそれを取り囲む僕たち。
しかし考えても見て欲しい。広くない教室に大きな馬に跨った大きな鎧の人物というかモンスターがいるんだ。ここで戦えと言われてももはや誰が名乗り出ることが出来るのか。
それでも次は……とクラスメイトを見渡す僕は何故かオロオロとする南野さんと目があった。
僕の方を見て、足元を見て、また僕を見る。
南野さんは少し顔を赤くして、目を潤ませたかと思うと、今度は意を決したように口を真一文字に結んで大きく頷いた。
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