第3話 フルスイングと弾力
「気をつけろっ、まだまだ現れるぞ!」
僕に負けないほどの隅っこで机の陰に伏せながら叫ぶ担任教師はなんなんだろう。
ともかくも、再び膨らんだ地面は、けれども最初ほど大きくはならず、せいぜい僕と同じくらいで止まり、形を変えていく。その形はまるで人のようで──。
「おいおい、あれはまさか」
「そのまさかだろ。見ろ、あれが──」
ゴブリン。緑色の体色をした小柄な小鬼。手には棍棒らしきものを持っているけれど、見るからに雑魚。これはまた古林のハーレムを助長することになる予感しかない。
「俺がこんなモンスター蹴っ飛ばしてやるよっ!」
「ギイィッ」
起き上がった古林が駆け出して、あのデカいスライムを蹴飛ばした蹴りを見舞う。
「ぐっ……あだああああああっ」
ボキリ、と。聞こえたのは何かが砕けた音。見れば地面に転がり派手にのたうち回っているのは古林だった。
「ぶきっ、武器なんて卑怯だあっ」
「グゲゲ」
どうやら古林の鋭いキックをゴブリンが細い棍棒で迎え討ったらしい。古林の左脚は脛のところであり得ない角度に変えて血を流していた。
「武器が卑怯って……あっ、古林くんのスパイクは武器だけど、それは足先だけで他は生身なんだっ」
だから負けたのだ、と。保健委員の女子があたふたしながらも古林を掴んで下げていく。さっきまで古林にべったりだった女子たちは、生々しい流血に顔を覆って近寄りもしない。
「じゃあ誰があいつを倒せるんだっ」
「いやっ、私はあんなの無理よ!」
みんなが避けるように教室だった部屋の隅に下がってくる。いやいや、隅っこは僕の聖地だぞ、おい。
ゴブリンを囲む円がその直径を広げていくなか、一人のクラスメイトが悠々とした足取りで出て行く。
まるでそこに決められた枠があるかのように、その定位置に立ち止まると、彼は構えて左足を軽くあげたのちに力強く踏みしめて渾身の一撃を放った。
聞いたことのない破裂音とともにゴブリンは首から上を爆散させていた。
「ゴッドスイング……それが俺に与えられたスキルらしいぜ」
「きゃーっ、小谷くんーっ!」
どこもかしこも野球部はモテる。ということもないらしいが、エース級というのがモテるのは確かで、小谷は違う小学生だったけど校区が近いこともあり名前だけは知っていた。
野球好きの親に育てられた未来のエース。高校を待たずして今の中学校でも既に一般にまで名前を知られるほどに実力のある四番候補だ。
体力作りと称してランニングさせられたのちに、硬い球を殺す気かってくらいのスピードで投げてくる野球が大嫌いだった。小谷はそんな野球で打ってよし投げてよしのスーパーマンでモテモテである。
今もクラスにファンを増やした小谷は、先の古林の二の舞になることを避けるためゴブリンを倒したあとは外周に下がって待機している。そう、机の上に立っている僕の目の前で数人の女子といちゃつきながら。
「次が来るぞっ!」
ここだけ威勢のいい担任教師の声が響くと、ゴブリンのときと同じように、しかしゴブリンよりもずっと大きな人型の変化を遂げた土塊がまた姿を現していく。
「あれは……!」
「今日はトンカツだあ」
人型の脅威。カラッとジューシーに揚がっていれば子どもたちはおろか大人さえもが声を大にして喜ぶであろうそれの、モンスターバージョン。オークだ。
テレビで見る横綱よりも、デカい。
取り巻きの女子たちの声援を受けながら、小谷は再び戦場に身を投じる。
ゆったりと、バットを振りながら近づく小谷は、けれど暴漢のように走って襲いかかるなんてことはしない。
確実に仕留めるため、か?
そう考えたところで僕は小谷のスキルに致命的な弱点を見つけた。なんてことはない、彼は言っていた……ゴッドスイングだって。
バッターの彼がそれを発揮出来る場所なんて限られているんだ。そう、さっきのように定位置であるそこだけだ。
小谷を待ち構えるオークの斜め前に陣取った小谷は肩に担ぐようにバットを構えてみせる。
僕らには見えないけれど、きっと小谷本人には見えているんだろう。スキルを発揮するための、バッターボックスが。
けどなぜ、オークは待っている? 先手を取れば、負けない相手なのに……?
ザリっと、小谷の足が地面を抉る。脚から腰、腰から背中、肩、腕と力が伝達され相乗効果でバットが燃え上がる。
あれが炸裂すれば今夜はポークステーキだろう。そうみんなが確信するなかで、バットはオークの腹でバウンドして弾かれた。
大きくのけぞる小谷は姿勢を保てない。
腰を落としたオークの突っ張りが、小谷の腹を打ち抜く。
声も上げられない。出てくるのは汚い胃液と朝飯だったであろう納豆と食パンだけだ。その食べ合わせに僕は顔をしかめ、周りも糸ひく液体に近寄りたくないのか保健委員の女子が一人で撤収と掃除をしていた。
「今度こそ……もう駄目なのね」
「まだ給食も食べてないのにっ……!」
失われた平和にすすり泣く声が聞こえる。
この場を救える者はいないのか。
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