男友達が女になっただけの話

すばる良

第1話 プロローグ、あるいは男友達からドスケベ自撮り写真が送られてくる休日の朝

あさひ:『なう』

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 たとえば、男友達から知らない女のドスケベ自撮り写真が送られてくる休日の朝。


 初めての体験だが、悪くない目覚めだ。


 寝起きで霞む目を何度か擦ってから、送られてきた写真を改めて見つめる。


 だぼだぼのスウェットを着た高校生くらいの女が、ベッドの上で女の子座りをして、上目遣いでこちらを見つめている画像だ。


 これが実に巧妙に計算された写角で、胸元のその絶景たるや大地に穿たれた大渓谷を身を乗り出してのぞき込んでいる冒険家のような気分になる。

 自撮りの天才か?


 朝から俺にこれを送ってくるメッセージの意図は読み取れないが、おそらく別の画像を送ろうとして間違えてしまったのだろう。

 自分のお宝コレクションを披露してしまい、今頃恥ずかしい思いをしているに違いない。

 武士の情けだ。適当に乗っかっておいてやるか。


慎也:『えっろ。たったわ』


 冗談めかして送ったところ、直ぐに既読が付いて、それから画像のメッセージが送信取消しされて画面から消えた。


 やはり誤爆か。

 普段はすました顔で女に興味なさそうにしているヤツの性癖を期せずして知ってしまった。


 幼めの顔つきで胸がでかい女、か。

 俺の好みとぴったり合致してて草。

 これが友情ということか……。


 俺が密かにあさひへの好感度を上げていたところ、ぽろんとスマホが鳴った。


あさひ:『きしょい』

慎也:『は?』


 俺はいきり立った。

 必ずや、かのむっつりスケベな友のコレクションを覗かねばならぬと決意した。


慎也:『朝一でエロ画像送ってくるヤツの方がきしょいわ。もっと送って?』

あさひ:『は? エロ?? ただの自撮りなんだが???』

慎也:『自撮りエロ画像だろ』

あさひ:『は?????』


 クエスチョンマークの圧が凄い。

 明らかにキレてるときの『は?』だな、これ。

 なに怒ってるんだこいつ。俺は訝しんだ。


あさひ:『これおれなんだけど』

慎也:『なにが?』

あさひ:『さっきの写真おれなんだけど』

慎也:『ごめんわからん』

あさひ:『だから、さっきの写真に写ってた女がいまのおれだってこと!』


「は?」


 リアルで声出た。マジで意味分からん。

 送信取消しされる前に速やかにDLしていた先ほどの画像を矯めつ眇めつする。

 女だ。

 どう見ても。

 顔も身体も女にしか見えん。


 だが――。


 前は目元に、後ろは肩に掛かるくらいの癖毛がちの黒髪――

……あさひも癖っ毛で、このくらいの長さだったな。


 二重でぱっちりとした大きな瞳――

……よく見れば、目元があさひに似ているような。


 襟元から覗くデコルテに見えるほくろ――

……そういえばあさひも同じような位置にあった気がする。


 というか、男子高校生のしょうもないがどうしようもない性として女の身体にばかり目がいってしまっていたが、よくよく見れば背景に見覚えがある。


 あさひの部屋だ。


……ああ、これ、もしかして性転換アプリってやつか。

 俺は使ったことないが、最近はそういうアプリがあることは知っている。

 AIが画像を弄って男を女に、女を男に見せることが出来る加工アプリ。


あさひ:『加工じゃないぞ』


 心を読んだように注釈がきた。

 確かに、加工された画像特有の歪さは感じられない。スマホのデフォルトのカメラで普通に撮りましたって感じだ。生々しくて逆になんかエロい。


「いやいや。いやいやいや」


 加工じゃないなら、じゃあ、なんだって言うんだよ。

 画像を弄っていないのだとしたら、被写体を弄った?

 たとえば女装した、とか?


 それとも――あさひが女になった、とでも言うのだろうか。


 そんなことを考えた瞬間だった。

 またもや、俺の心を読んだかのように。


あさひ:『朝起きたら女になってた』

〉image.ping


 今度は、全身を鏡に映した写真が送られてきた。

 さっきのドスケベ全開な自撮り写真よりは抑え気味だが、これはこれで、スウェットを押し上げる双丘の存在感がえぐい。ぱっつぱつやん……。

 いや、そうではなく。


 俺の男友達が、女になってしまった。


「うそだろ……」


 朝起きたら女になっていた元男友達からドスケベ自撮り写真が送られてくる休日の朝。


 悪くない目覚めだな!(ヤケクソ)



 ♂⇒♀



 とりあえず、電話を繋いだ。

 鈴の音みたいな女の声がした。


『あー、おはよう慎也』

「……おはようあさひ。マジか、おまえ」

『うん。マジ』


 マジだ。マジだった。マジで女になってる。


「ボイチェンとか使ってないよな? 俺のこと騙そうとしてないよな?」

『使ってないししてない。なんなら動画にしようか?』

「いや、いい。頭バグりそう」


 声質は違うのに、声色というか、喋り方が確かにあさひのそれで、凄まじい違和感がある。


 あさひが女を家に連れ込んで、俺を騙すために演技をさせているという可能性は、電話越しの声を聞いて、ないだろうと確信した。

 そもそもそんな嘘を吐くメリットがマウントを取ることくらいしか俺には思いつかない。悪戯にしては手が込みすぎている。


「あー……」


 思わず天を仰いだ。見慣れた天井が見える。


 俺の友達が性転換して女になってしまった。

 突然のことすぎて頭が追いつかない。


 俺は昨日、学校で男子なあさひと会っている。

 その時は特に変わった様子はなかったし、夕方まではずっと一緒の教室に居た。

 それが一日も経たずして、一夜にして性別が変わる?

 タチの悪い冗談だ。そんなことがあり得るのか?


――もちろん、あり得る。


 そんな現象が誰にでも起こり得ると言うことは、知識としては知っていたけれど。

 そんなウン万人に一人とかいうSSレアケースな現象が、まさか俺の生きる狭い範囲で、しかも仲の良い友達の身に起こるなんて、全くもって想像の埒外だった。

 青天の霹靂どころか、隕石が降ってきたくらいの突拍子のなさだ。


「……手術とか、してないよな?」

『してない』


「どうしてそうなったのか心当たりは?」

『全くない。朝起きたらこうなってた』


「完全に女になってんの? ちんこは?」

『ない。すごいスースーする』


 俺の質問にノータイムで淡々と答えるあさひ。


「……なんかお前、割と余裕あるな?」


 俺だったら、絶対慌てふためいてまともな会話すら出来ない。

 というか朝起きて性転換してたら『なう』とか言って友達に自撮り写真送りつけるか、普通?


『いや……なんというか、現実味がなくて。朝起きたら急にこんな身体になってたから、いまも夢でも見てるんじゃないかと疑ってる』

「俺もまだ自分が夢の中なんじゃないかと疑ってるよ……二度寝していい?」

「ダメ」


 男友達が女になる夢とか、業が深いにもほどがあるけどな。

 もしこれが夢だとしたら、起きる頃には全て忘れていることを祈る。

 そうじゃなかったら俺は一度あさひに殴られねばなるまい。

 正気に戻るために。


『夢じゃないんだとしたら、オレが幻覚を見ている――とか。そういうこともあるかと思って、確認も兼ねてさっきの写真を送ったんだけども』


 さっきのメッセージのやり取りを思い出す。

 そういえば俺、だいぶ酷い、本当に酷いとしか言いようのない返信をした気がする。


『まさか“自撮りエロ画像”、なんて言われるとは思わなかった』

「……はは」


 友達の自撮り写真を見て“エロ画像”とか宣うヘンタイ、控えめにいって超気持ち悪いな。普通に通報ものだろこれ。

 やっぱ一度殴られといた方がいい気がする。

 今後の友情の継続のためにも。


「ま、まあでも、あの写真は俺の目から見ても確かに女に見えたよ。幻覚ってことはないと思う」

『……十分すぎるほど分かったよ、それは』


 ちょっと声が小さい。

 俺の失言で機嫌を損ねさせてしまったと言うよりは、現実に打ちひしがれているような声だった。


 そりゃそうだ。

 朝起きて急に性別が変わってるなんて、俺ならまず現実かどうかを疑うし、次に自分の頭がどうかしちまったのかと不安になる――だって、そっちの方がずっとマシだからだ。

 自分の性別が変わっていることを現実として受け入れるよりも、ずっと。


 だがそれも、他人から見て自分が女になっているという事実が確からしいと理解させられてしまえば、途端に揺らぎは無くなって、確固たる現実が突きつけられる。

 逃げ場がなくなって、現実を受け入れざるを得なくなる。

 あさひが沈痛するのも当然だと思えた。


 というか。


「ん? ちょっと待て。確認のためってことは、もしかしてあの写真、他にも誰かに送ったのか?」

『慎也にしか送ってないよ。一人に確認できれば十分だし。オレがこうなってることも、まだ誰にも言ってない』

「あ、そう……」


 俺はトーンダウンした。

 面映いというか、むずがゆいというか。

 俺がその“一人”に選ばれたのは、なんというか、友人冥利に尽きるとでも言っていいのだろうか。

 嬉しくないと言えば嘘になる、その裏腹で。


 いや、でも、俺はただの友達だぞ。

 そりゃまあそこそこ――というか、学校の中じゃ俺が一番あさひと仲が良い自覚はあるけど、それでも、もっと先に身の異常を相談すべき相手が居るんじゃないか、と思う。


 たとえば家族とか。


……まあ、それが出来ないから俺に連絡してきたんだよな。


「とはいえファーストチョイスが俺って、相当なミスチョイスだと思うけどな……」

『オレもちょっと後悔してる。エロ画像とか言われるし』

「はい……ごめんなさい……」


 独り言のつもりだったがしっかり聞こえていたらしい。

 ごもっともな返答が返ってくる。結構根に持ってるぞこれ。


「まあでも、あさひの状況は分かったわ」

『……うん。オレもこれが現実だってわからされた』


 これからどうするかなあ、と。

 一人呟くような声。


「…………」


 少し考えてから、俺はベッドの甘い誘惑を振り払うように、勢いよく立ち上がった。


「とりあえずそっち行くかな」

『え?』

「電話越しで話したところで何も出来ないし、実際に会ってみないことには実感も湧かない。準備したらお前の家行くから。で、一緒に病院行くか」


 寝て起きたら性別が変わっていました――という現象は、ネットで調べれば簡単に事例が出てくる。

 確かに珍しい症例ではあるだろうが、広い世間様からしたら、決して“ない話”ではないのだ。

 もしもその症状が発生した場合は、まず真っ先に病院に行くようにと、昔見た医学を扱うテレビ番組でも言っていた。


『……付き合ってくれるの?』

「その状態で一人で行かせるわけいかんだろ。それに今日、暇なんだよ俺」

『暇なのはいつもだろ』

「…………」


 極めて殺傷能力の高いツッコミに、思わず不貞寝しかけた。

 実際、土日はあさひの家にお邪魔するかバイトに行くか家でごろごろしているかしかない俺なのだった。三分の二は家にいるなこれ。


『でも……悪い、助かる。正直この身体で一人で外出るのすごい抵抗ある』

「写真で見た限りめっちゃ可愛いけどな」

『……そういうことじゃないって』


 なんとなく電話の向こうで口をとがらせているような雰囲気を感じて、俺は笑いそうになった。


「理解ってる理解ってる。じゃあいったん切るわ。あさひも準備しといてくれよ。また連絡する」

『うん。……さんきゅ。またあとで』

「おう」


 通話を切る。


「…………」


 人の声が聞こえなくなって一人になると、途端に頭が冷えていく。


 友達の身に起きた現象に対して、とんでもないことになってしまった、と改めて思った。

 俺が今まで罹ってきた放っておけば治る風邪や、薬を飲んで安静にしていればなんとかなる病気とは、根本的に違う。


 病院に行けば万事解決、とはならないだろう。

 治る病気があれば、現代の医学では治らない病気というのも、ある。

 俺の記憶が確かなら、あさひの症状は後者のそれで。

 一生付き合っていかなければならない、不治の病――


……友達として、俺に出来ることはなんだろうか。


 そんなことを考えながら、支度を進めた。

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