ディノ・グランデが征く!

ミストーン

第一章 ディノ・グランデと氷の宮殿

第一話 資金稼ぎとフェンリルとバーベキューの串

 クシュン!

 女の子アピールのような可愛らしいくしゃみをして、リリアン・スウィーパーが恨めしげに俺を睨む。

 いつもの天空神神殿の聖衣姿で、これみよがしに腕など擦って震えてる。

 深山颪みやまおろしの冷たい風が吹き抜けてはいるが、まだ雪もちらついてはいないじゃないか……。

 毛長象の毛皮のマントに身を包んだ俺は、勝ち誇った顔で嘲った。


「従者の分際で、俺に賭け事なんて挑むからそうなる」

「私だって、神殿では【七並べのリリアン】って言われてたのに……」


 可愛らしく唇を尖らせるが、しょせん神殿の聖女候補生たちのお遊びと、やさぐれた冒険者のギャンブルじゃ手管が違う。あっという間に身ぐるみを剥がれ、替えのパンツまで巻き上げられる始末だ。

 お情けで巻き上げた聖衣と下着を貸してやってるだけ、ありがたく思え。


「勇者様……。ノルドランに何かが起きているのですか?」

「……到着すればわかる」


 もっともらしい顔で言えば、不承不承リリアンは頷く。

 単に寒くなってきたので、北海ガニの鍋をホットウォッカで食いたくなっただけなのだが、俺を『勇者』などと盲信し、付き従う娘の夢を壊すこともないだろう。

 天空神とやらも、可哀想なことをする。

 聖女候補として育てられてきたリリアンに、妙な天啓を与えるものだから……。世間知らずの美貌の聖女は、俗にまみれて、生活費の心配に目覚めてしまった。

 もののついでに清い躰も美味しく戴かれて、勇者様への夜のご奉仕を修行する日々だ。可哀想に……。


「あの……勇者様。申し上げにくいのですが、ノルドランに入るまでに魔物から高額の素材を得ないことには、私達……冬を越せません」

「その時は、リリアンが稼げば良い」

「ノルドランが信仰に厚い町でしたら、寄進も集まるのですが……」

「寄進なんてものがアテになるか? せっかくの聖女という肩書だ。一晩いくらで稼ぐ方が確実だろう?」

「わ、私に春を売れと!」

「もう乙女でもないから、何人経験しても一緒じゃないか。……もっとも、リリアンは陥没してたり、ツルツルだったりと属性盛り過ぎな躰をしてるから、マニアを探せばより高く買ってもらえるぞ?」」

「そんな事を、大きな声で言わないで下さい!」


 耳まで真っ赤になったな。

 これで、しばらくは寒さもしのげるだろう。

 一度雪が降り出せば、すぐに雪で閉ざされてしまう晩秋の山道。

 こんな時期になって、山を越えようとする酔狂な奴は、俺たちくらいしかいないと言うのに……。


「リリアン……おまえ、聖歌は歌えるのか?」

「勇者様は、私を何だと思ってるのでしょう?」

「喘ぎ声なら毎晩聞いてるが、まだ聖歌は聞いたことがないぞ?」


 身に纏った聖衣をこれみよがしに見せて、リリアンは悲しげに目を伏せる。

 最近は、俺に傷を負わすような強敵に、遭っていないからな。リリアンの役目は聖女らしい回復ではなく、夜伽ばかりだ。

 空間収納から、リリアンの羽毛マントを取り出して投げ渡す。

 驚き、首を傾げながらも身に着けて、暖かそうに頬を埋めた。

 そして、その温もりの中で歌い始める。

 吹き抜ける風の音に、清らかな響きが乗せられて響く。

 祈るような横顔は、すっかり世俗にまみれた少女のものから、敬虔な聖女の面影を宿して清らかな微笑すら浮かべている。

 今夜のご奉仕の前に歌わせると、より楽しめるか……などと考えていると、風が変わった。


「リリアン、ご苦労。客が来たから、下がれ!」

「え……お客様ですか? こんな山道で……」

「何を呆けている。お前が望んだ客だろう!」

「私が? ですか……?」


 まだわかっていない顔だが、俺が背負った大剣『神罰いらず』を抜くと、慌てて聖杖を握って後ろに下がる。

 まずは追われて来たのだろう、灰色狼の群れをひと薙ぎで斬り払う。続いて、フロストパンサーが四つ。その純白の毛皮は高く売れる。傷をつけぬように、剣の腹で殴って、頭蓋骨を叩き割って仕留めた。

 イエティ二つ! こいつは強くてしぶといが、大して金にならない。

 振り回す棍棒に気をつけながら、さっさと首を斬り飛ばすに限る。

 えぇっと……真っ白な髪をした裸の女の子が四人駆けて来る。半透明な体を見るまでもなくフラウ。雪の妖精たちだ。

 戦う気なら、戦ってやるが……妖精は消えちまうだけで、何の戦利品もないから無駄。

 ましてや、美人の女の子を斬る趣味はない!


「凄いな……フラウより、リリアンの方が良い躰をしてる」

「だから、そういうことを大声で言わないで下さい!」

「……褒めたやったのに」

「それより、前から何かが来ます!」


 叩きつけるような風に、雪が混じり始めた。

 巨大な白い狼にも似た姿が、なにかに憑かれたように駆けてくる。まるで、この山に冬を呼び込むような疾走。


「フェンリルかよ……。魔に堕ちた耳に、聖女の歌は痛いか?」


 意外な大物の登場に、唇を舐めて湿らせる。

 フェンリルが一気に、ジャンプして距離を詰めてくる。狙いは俺ではなく、リリアンだ。

 その牙を大剣で弾いてやると、初めてその青い目が俺を見た。


「俺の威圧も感じないほど、聖女の存在が気になるか?」


 煩わしそうに、左右の爪を閃かせる。

 軽々と躱して、その肉球を削ぐ。青い血が飛び散り、フェンリルが咆哮を上げた。


「お前を屠るだけなら容易いが、しっかり戦利品を稼がないと、冬の食い扶持が足りないんだとよ。リリアンが春を売るのを嫌がるから、代わりに死んでくれ!」

「それじゃあ、私のせいみたいじゃないですか!」

「お前が金の心配をしてるから、こんな事をやってんだろ!」


 フェンリルなら、二人分の冬越えにお釣りが来るだろう。

 その肉は美味と評判で、その牙も爪もいい値段で売れる。……もちろん、毛皮は言うまでもない。

 どれだけ傷つけずに仕留めるかで、買い取り値が違ってくる。

 あぁ……面倒臭え!

 一気に消し炭にしちまえれば、一瞬だってえのによ……。

 ……だめだ。大剣持ってると、一気に切り刻みたくなってくる。


「リリアン。武器を変えるから、ちょっとこれ持ってろ!」


 握っていた大剣を、呆けて見てるリリアンに放り投げる。

 バカ! 何を悲鳴あげて避けてるんだよ!

 ちょっと抜き身のまま回転して、飛んでくるだけじゃないか。そこはバシッと、掴んで受け止めろよ。締まらない奴だ。……局部的には、よく締まるのに。


「そんな事出来るわけ、無いじゃないですか! 重くて、両手でも持てませんよ、私」


 そんなふざけたことを喚いてる奴は無視して、空間収納からバーベキューの串を一本取り出す。金属製のリリアン用のやつだ。ちゃんと名前が書いてある。

 このくらいでないと、毛皮やら、必要な部分に傷をつけちまう。


 舐められたと理解したのか、フェンリルが再び咆哮を上げる。

 右爪! 左爪! 右爪! 牙!連続攻撃を、からかうように躱す。ますます頭に血を昇らせて、力任せに。

 やっぱり魔に堕ちたやつはダメだ。知力も下がってるんじゃねえのか?

 いくら幻獣でも、スタミナが無限にあるわけでもないし、無酸素運動は長く続かない。

 酸素を求めて口を開いた瞬間に、俺は一気に間を詰める。

 全身の筋肉に、もう一度酸素を行き渡らせようと弛緩したフェンリルの左目に、無造作にバーベキューの串を突っ込んだ。

 大脳まで貫いた串に、とどめとばかりに無属性魔法をかける。


爆発エクスプロージョン


 そんな初級魔法で充分だ。籠もった爆発音がして、フェンリルの右目が飛び出す。妙に食欲をそそる匂いを漂わせて、フェンリルはその場に崩れた。

 恐る恐る、リリアンが近づいてきた。


「もう死んじゃってますか?」

「脳みそ爆破したからな……ほら、借りたぞ」

「ああっ! これは私の串じゃないですか! 信じられない! 次にバーベキュー食べる時に、どうすれば良いんですか!」

「お前は聖女だろ? 浄化魔法のプロじゃないのか?」

「浄化は得意ですけど……気分的な問題ですよ。食べる時に思い出しちゃう……」


 ブツブツ文句を言ってるのは放っておいて、道に放り出されたままの可哀想な大剣を鞘にしまう。フェンリル、スノーパンサーと空間収納に放り込んで……迷ったが、他の獲物も投げ込む。焼いてる時間はもったいないし、ゾンビ化したら迷惑だ。


「よし、これだけ稼げば文句はないだろう。行くぞ、リリアン」

「文句はあります……。私の新しいバーベキューの串を、買って下さい」

「無駄遣いはしない主義だ」

「無駄じゃないです。必要経費です!」

「いちいち、その程度のことを気にするな」

「……今度バーベキューする時に、名前書き換えて串を交換してやる」

「てめえ! エンガチョを人に押し付けるな!」

「自分だって嫌なんじゃないですか! 串買って下さい」


 そんな馬鹿な喧嘩をしている内に、眼下に高い外壁に囲まれた城塞都市が見えてきた。

 人族の生活圏の最北端の街『ノルドラン』

 ディノ・グランデの冒険が始まる。


※2023,8,20 序盤部分を改稿し、全体の性表現をマイルドにしました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る