いきなり戦えって言われても困るんですが、部の存続のためにひと肌脱ぐとしましょうか~落日、そして夜明けまで~

秋葉シュンイチ

第一章・学園篇

第1話

 四月二日 池袋 四神学園大学学生会館プロレス研究会部室 十四時三十二分


 桜の花も咲き誇り、おだやかな日が続く。ぽかぽかした陽気に誘われて外へと足を踏み出せば、思わず鼻歌の一つでも歌ってしまいそうだ。

 ここ、池袋に所在する中堅大学、私立四神学園大学も、あたたかな季節に包まれている。

 ――そんな中、大学の学生会館をゆく志貴龍斗は最悪だった。

「あれ、龍斗。どうしたよ? この世の終わりみたいな暗い顔しちゃって」

 龍斗が、自身が会長を務めるプロレス研究会のドアを開けると、会議卓でプロレス誌を読んでいたスーツ姿の乾賢治にさっそく声をかけられた。傍から一目見ただけでわかるほどに、酷い顔をしていたらしい。

「いや、さっき自治会長に呼び出されてさ――」


「部室の接収……ですか!?」

「そうです」

 四神学園大学の学生会館。有象無象のサークルが身を寄せ合うその魔境の本丸に、自治会本部室はあった。龍斗は数分前に自治会長の望月香苗に電話で呼びだされ、足を運んでいた。

「今、四学大にサークルがいくつあるか知っていますか?」

「いや、詳しくは知りませんが……」

「承認されているサークルだけでも、百と八。未承認の同好会を考えると、数えきれません」

「はぁ」

「そして、学生会館の部室は有限です。少しでも実績のある部に回したほうが、不平不満は出ない。それはわかりますね?」

 そう言って、香苗は龍斗の目を見据える。

「あなたが会長を務めているプロレス研究会。現在の部員はあなたを含めて三名。これは、本学の定める、部活動の最低人数を割っています。そして、活動内容はプロレスの研究。まぁ、何を研究しようともそれは構いません。けれども、貴方のプロレス研究会はここ数年、会報の一部も出さず、聞くところに及べば、ただ部室で怠惰に過ごしているだけ――そんな部に、部室を与えておいていいはずがありません」

「ちょっと待ってくださいよ。確かに今はろくに活動をしてはいないですけども、これでも三十年の歴史がある部ですよ!?」

「その歴史に免じて、強制廃部は避けてあげているのですよ。本来ならば、有無をいわさずに部を取り潰したいところです」

 龍斗を前に、香苗は苛立ちを隠そうとはしなかった。コンコンと手にしたペンのおしりで机を叩く。

「半年間だけ、猶予を与えます。半年間のうちに部員を確保し、きちんとした活動成果を残したのならば、この件は水に流しましょう。もしも、それがなされない場合は、プロレス研究会は同好会に格下げ、部室は接収させていただきます」

「半年……」

「話は以上です。この件を部に持ち帰って相談するなり、あなたが個人で処理するなり、どうするかはお任せします――それでは」


「――ということなんだ。ところで、陽子ちゃんは?」

「そこで丸くなってるぜ」

 視線を床に落とせば、マットを敷いた上に丸くなって、くーくーと寝息を立てている女子の姿があった。

「またバイト?」

「いや、徹夜でゲームやってたって話をさっきしたけど」

「陽子ちゃん、起きて起きて」

 セルリアンブルーに染め上げられた頭が、むくっと起き上がった。

 陽子――武藤陽子はプロレス研究会の紅一点の二年生だ。幼い頃から男の子のように育てられ、小学校から高校までプロレス狂の父親の影響もあってプロレスにどっぷりとハマった生活を送っていたらしい。

 龍斗と賢治は三年生。龍斗はルチャ・リブレの華麗な空中技に魅せられてプロレスにハマり、賢治はインディペンデントプロレスの胡散臭さに惹かれている。

 この三名が、現在のプロレス研究会の構成員である。

「んー、かいちょー。もう朝っスか?」

「朝じゃないよ。大事な話をするから、席に座って」

 もぞもぞ起きだした陽子が席に着くのを待って、龍斗はさきほどの話を改めて説明した。話しながら龍斗自身も、どうしたら状況が好転するのか整理していく。急務としては、人員の確保に、目に見える形での活動。どちらも一朝一夕でカタがつくとは思えない。

「人員の確保はアレだな。そろそろ入学式だし、新入生を誘うってのが現実的じゃないかね」

「賢治先輩、入学式は明日っスよ。準備が間に合わないっスよ」

 四学大の入学式は毎年四月三日と決まっている。その日から一週間は新歓期間として、サークルの勧誘が特に盛んになる。だが、今まで自発的に会員の募集を行ってこなかったプロレス研究会は、ノウハウに欠けていると言わざるを得なかった。

「とりあえず――そうだね、ビラ配りでもしてみようか。ビラくらいなら、いくらかは作れるでしょ」

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