14ページ目

 クリスマスが終わればお正月というのはもちろん毎年恒例で、年が変わり冬休みも終わりに近づいていた。


 そんな一月二日。俺は初詣でお賽銭の列に栞と並んでいた。


「あともうちょっとだねー。どんなお願いするの?」


「神に願うことを人に話したら叶わなくなるって言わないか?」


「確かにそんなのあったねー」


 肌色のコートに身を包みながら栞は首を縦に振る。口から出る息は白く、霧散し天に昇っていく。


 神社のお願いなんてそうそう変わるものじゃない気がする。毎年一緒だろう。


「まあ、お願いするなら俺は無難に平穏な毎日かな」


「あっ、今の話の流れで言うんだ。面白い頭してるね」


「馬鹿にしてるだろ」


「してる」


 俺の「だろうな」という呟きにいつものように二人して笑う。繋がれた手にはクリスマスにもらったブレスレットが付けられている。


 俺はお賽銭する五円玉を財布から探る。この正月のほのぼのした雰囲気は冬なのにどこか暖かい。にしても、ご縁だから五円って……やっぱり寒い。


「ご縁がありますようにで五円って、蓮くんにご縁なんてあるわけないのに無駄な足掻きするの?」


「無駄な足掻き言うな。栞は五百円って結構突っ込むな。縁が多すぎるだろ。何? 知恵の輪でもすんの?」


「私の願いは神様にしか叶えられないからね」


 もう何度目か俯きがちに呟く栞。慣れることが良いとは思はないが、嫌でももう慣れた。


「最後の神頼みっていうしな」


 無難なことを言いつつ、順番が来たので五円玉を投げ入れ二礼二拍手一礼。健康と家内安全を願い、頭の片隅に栞のことも少し。


 左を見ると瞼を閉じ、長いまつ毛を光らせる栞の姿がいた。強く願っているようなその顔は意味ありげで、俺の不安と虚しさを煽った。


 でも顔を上げるといつも通り明るく笑う。作り笑いだとわかるのに、何も言えない自分が悔しい。


「じゃあ、おみくじでも引こっか」


「ベタだな」


 確か昨年は末吉。これまた俺を的確に表現してると言えるだろう。なんて誰得な回想を巡らせながら列に並ぶ。


「そういえばクリスマスの後、久遠にキスしたかどうか聞かれたんだけど栞と久遠って組んでたのか?」


「組んでない、組んでない。私の方こそ久遠ちゃんの次に買うリップのオススメを、蓮から渡されたから組んでるのかなって思ってたのに」


 つまるところ、あのキスは久遠の手のひらで踊らされてしたもということなのだろうか。


 それに、裏で久遠と栞も結構仲良くなっているようだ。呼び方もいつのまにか「東雲さん」から「久遠ちゃん」になっている。


 俺は「しおりん」と「しののん」になる予想だったのに外れてしまった。地下アイドルにいそうだな。


 その後は、久遠が栞にリップ後のキスが1番いいと嘘を吐かれたこと。それに騙されながらキスをしたことなどが発覚した。


「本当に一から十まで久遠ちゃんの手のひらだったなんて」


「次は踊らされる前にフォークダンスでも踊ってやろうぜ」


「踊ることには変わらないんだね」


 喋っていると参拝のように順番が来たのでおみくじを引く。少し離れたところでせーのっと、同時に紙を開いた。


「私、末吉だ。あんまりよくないよね」


「俺、凶なんだけど……」


 初めておみくじで凶を引いたが想像以上にダメージがでかい。項目の欄なんか、プラスのこと書かれてるのだろうか。


【待ち人】……諦めよ叶わず

【旅立ち】……争い有り、気をつけよ

【縁談】……近くにあり

【恋愛】……凶あり、気をつけよ

【勉学】……努力すれば得る

【病気】……なおる、心を強く


 恋愛に凶があんのに、縁談は近くにあるとか喧嘩売ってるだろ。とツッコミたくなるが思ったより悪くないので食い下がらないでおく。


「私、やばいかも」


 栞のおみくじを覗くと、俺といい勝負する内容が書かれていた。


【待ち人】……近くにあり

【旅立ち】……争い有り、気をつけよ

【縁談】……予期せぬ形で

【恋愛】……隠し事は災い

【勉学】……努力あるのみ

【病気】……治らず、共に歩め


 【旅立ち】の内容がおんなじ時点でネタ切れ感半端ない。神社なので声には出さないけど、ちと手抜きが過ぎませんかね。


「悪いおみくじって神社に結ぶんだよね?」


「だな。高いところに結んだ方がご利益あるらしいから結んでやるよ」


「わーい」


 適当に喜ぶ栞を横目に二つのおみくじを隣り合わせで結ぶ。


「この後どうする?」


「んんっ、今日はバイトあるから無理だ。ごめん!」


「正月にバイトあるんだな。頑張れ」


「うん……ごめんね」


 へへっと弱く笑いながら駅に歩いて行く。女子って占いとか好きだからおみくじに多少のダメージでもあったのだろう。


 そこからは特に会話もなくお別れとなった。家に帰ると珍しく母さんが居た。正月ぐらい父さんと一緒に過ごすってのは息子としても微笑ましい。


「あら、おかえり。どこ行ってたの?」


「初詣」


 おせちをつまみながら日本酒を飲んでいる。これこそ正月って感じだな。


「一人で? ヒトカラ、一人焼肉に次ぐぼっちプレイかしら?」


「一人好きに怒られてくれ。あと一人じゃないし」


「誰と言ったの?」


 ほろ酔い状態で少し頬が赤い母さんは、ズケズケと質問してくる。因みに母さんは相当根にもつタイプなので嘘をつくとバレた時やばい。


「栞と」


「あー、この前言ってた友達ね」


「うん……まあ、そう」


 早く切り上げようと背を向けると、予想とは別の嫌な言葉が飛んできた。


「蓮は大学どうするの? 来年には受験なんだから早めに決めなさいよ」


「分かってるよ。大丈夫だから」


 少し棘のある声で返し、リビングのドアを閉める。将来。考えるだけで嫌になる。やりたいこともやりたくないことも、今の俺には分からない。


 スマホのバイブレーションにむしゃくしゃしながら目を向ける。そこには一軒のメールが映し出されていた。


『三学期初日、話があります。図書室で待ってます』


 栞からの冷たいメール。別れ話が頭をよぎり、ゾッと体を震わせる。


 当たらずとも遠からず。くしくも同じ場所で栞は俺に秘密を告白するのだった––––。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る