変化球は向いてない
くいな/しがてら
変化球は向いてない
「よし、ついに完成だ」
「おめでとうございます、博士! これでさらに明るい未来が訪れることは間違いないでしょう」
「どうじゃろうな。わしはわしにできることをやったまでじゃ。再三言っておるが、発明品は人に使われて初めて道具になる。あとは皆の者に託すとするわい」
言葉にこそ誇らしさは含まれていないが、博士の顔にはところせましと乗っかっている。助手は博士と同じ喜びを分かち合いながら続けた。
「しかし、これは人類にとって大きな進歩ですよ。三千年近く探してやっと見つかった、生命体の存在する地球外惑星。その生命体の言語を翻訳する機械を、ものの三十年で完成させてしまうだなんて。しかも、こちらからのメッセージを例の星の言語に変換して伝えられるだなんて。これは革命です」
博士は前が見えるのか心配になるくらいに目を細めた。肩越しに、歓喜のオーラがびりびりはじけているのが見えるようだ。
「くくく、助手クンの誉め言葉ではいくらもらっても足りんのう」
「それは、つまり」
「ああ。すぐにでも発表するぞ。君はここまでよくついてきてくれた。君があの星から届いた膨大な音声データを、同じ音が現れるもの同士で見事にまとめてくれなかったら、完成もあと三十年先のことじゃったろう。二人で世界に発信するんじゃ。さあ、最後の一仕事といこうじゃないか」
助手は感涙をしばらく剃っていない髭中に引っ付けて、大きくうなずいた。はじめは、政府から研究費もさほどもらえないこの男の助手だなんて、我ながら冴えない人生だと思っていた。だが今ならはっきりわかる。この男は天才だ。それを理解しているのは自分だけだ。ああ、なんて実りある人生だろうか。
「ところで博士、この発明に関わったのは我々二人ぽっちです。なぜ何百人と精鋭をそろえた政府の研究所に先んじて、翻訳機を完成させられたのでしょう」
博士はいたずらっ子のような笑みを見せた。
「いーい質問じゃ。双子の片割れの惑星の存在は世界中で知られている。じゃがその音声データをキャッチできる装置を発明したのはわしだけじゃ。まだ世界のだれにも発表してはいないがね」
博士はいたずらがばれた少年のような笑みを見せた。大発明をしたというのにあえて発表せず、さらなる大発明をわがものにするなんて、なんと計算高い人だろう。助手は博士のことを、恐れの混じった尊敬の目で見つめることしかできなかった。
「では音声キャッチマシンと翻訳機の同時発表ということで手配しておきます」
「うむ、頼むぞ。そうそう、なにか翻訳機に改良するべき点は見当たるかね。大した能力もないのに偉ぶる学者どもが、この発明品の欠点を血眼になった挙句に見つけ出し、得意げに語る未来は不愉快じゃ。今のうちにこの発明品を真に完成させておきたいのじゃが」
助手はしばらく自分の右足に目を落として考え込んだのち、博士に提案をした。
「片割れ星からのメッセージは、おそらく政府のもとにさらされるでしょう。しかし片割れ星がどれほど文明的に発展しているのか、我々は知らない。ひょっとすると、地球の文明のはるか先を行っているのかもしれない。そうですよね」
「ああ、そうじゃな」
「この素晴らしい発明品も、片割れ星の住人からしたらおもちゃみたいなものかもしれません。万一翻訳機の悪口を彼らが送ってきたとしたら、政府は我々の偉業を結局認めないかもしれません。そこで」
「ならん。わしは確かに、星を問わず賞賛を集めたいような承認欲求の塊じゃ。しかしもし助手クンの考えていることをやってしまえば、仮に片割れ星のものが純粋にこの機械を誉めてくれようとも、わしらにその真偽はわからん。だからこの機械への悪口を誉め言葉に変換するなんて駄目じゃ」
助手はがっくりと肩を落とした。
「しかし翻訳の際にちと手を加えるというのは、面白い発想じゃの。常人では思いつくまい。なあ助手クン。わしらの一番大きな目標はなんじゃったかの? 賞賛ではない。平和じゃ。わしは政府に反発しようと思うが、ついてきてくれるかね」
「というと?」
「片割れ星の文明がもし地球よりも進んでいなかったと判明してしまったらどうじゃ? 人口爆発・放射能による汚染・砂漠化……それらを一挙に解決する手段として、政府は片割れ星を侵略するのではなかろうか」
助手にも博士の思惑が伝わった。
「つまり、政府からの宣戦布告を『逃げろ』に変換してしまうのですね!」
「そういうことじゃ。故郷から追い出すなんて傲慢なことじゃが、無事は確保されるじゃろう」
「しかし、もし片割れ星の文明がかなり遅れていたらどうするんです。逃げるだけの技術はあるんでしょうか」
「その点については、絶対とまでは言えんが恐らく大丈夫じゃ。彼らは遠く離れたこの地球に音声データを届けるだけの技術があることは確定しておる。いくら遅れていても、こちらでいう二十六世紀レベルの技術はあるはずじゃ」
博士の言葉に納得し、助手は翻訳機に特殊パッチを取り付ける用意をさっそく始めた。
博士と助手の二人は、二か月後に発明品の発表を行った。全世界がどよめき、博士だけでなく助手までもが、来年に改定される教科書に載ることが決定した。政府の下で研究をしている学者たちは悔しがって歯ぎしりすることも忘れ、二人を賞賛したのだった。
その後、実際に片割れ星との意思疎通に翻訳機が試用された。空間をショートカットするタニオリ技術により、即日片割れ星にも翻訳機が届いた。たった二人が作った機械だ、その性能自体には改良の余地があるはずだ、と予想していた人は多かったが、翻訳機によってなされたコミュニケーションに不自然な箇所は全くなかった。
二年後の、ある日の更新のことである。片割れ星からのメッセージは、小包とともに届いた。
「『トキ ヲ オナジク シ テ、ワレワレ モ ホンヤクキ ヲ ツクッ テ イ マシ タ。ドウフウ シ マス ノデ ヒョウカシ テ クダサイ。』か。受け取り手には読みづらいのが難点だが、やはり実に自然な会話が博士の翻訳機ならできるな。言う通り向こうの翻訳機も試しに一か月使ってみるか。『はい、一か月お待ちください』っと」
通信担当大臣は何の気なしにそう送った。
一か月間片割れ星製の翻訳機を使ってみて、発覚したことがある。それは、受信はできても送信の際に文字を打ち込むことが難しいことだ。キーがすっかり埋まってしまっていて、ドライバーなどの細く硬いものでかなりの力を加えて押し込まないと、上手く押すことができないのである。また会話がうまくつながらない時がある。どうやら「空気」は「液」に変換されているようだし、「研究」は「石」になっているようだ。
「しかし、相手の惑星に粗悪品を送ってしまうなんてことがあるのだろうか。翻訳もミスが散見されるし。待てよ、片割れ星の技術が遅れているとしたらどうだ。製造過程に問題があるから完ぺきな品を渡すことができないんじゃないか。言語学も進んでいないらしい。そもそも翻訳機を送り付けてくるのに二年の空白期間があったということが、あちらはタニオリ技術すらお粗末だと言っているようなものじゃないか。これは大統領に報告しなくては」
通信担当大臣の熱心なプレゼンと、翻訳機から得られた情報により、大統領は侵略を決めた。大きな問題がいくつも霧散するという甘美な夢に、平和を願う穏やかな思いは敗北したのであった。
「ついに恐れていたことがおこりますね、博士」
「うむ。じゃが例の特殊パッチが働いてくれるじゃろう。先方もそれなりに宇宙分野における研究は進んでおるようじゃし、彼らの無事を祈ることしかできんの」
博士は目を細め、物憂げな表情で俯いた。
「めっせーじデス! 『ニゲロ、侵略』? マタ会話ガツナガッテイマセンネ」
「アア、ソレナラ問題ナイ。ソレハオレノ施シタ、特殊ぱっちダ。実際ノ文ハ『コノ翻訳機、精度低イ』ダヨ。デモ一応送ラレテキタめっせーじは王ニ見ラレルカラ、コンナ明ラカナ翻訳みすッポク表現サレルヨウニ手ヲ加エテイタノサ。敵ニ逃ゲルヨウ忠告スル侵略国ナンテアルマイ、ドウミテモ翻訳みすダ。
ワレラガ王ハ直接的ナ批判ニ弱イ。劣ッテイルト思ワレルコトニモ、ダ。王ノ素敵ナトコロデモアルガ。デモモシ柔ラカクナイ言葉ヲ聞イタラ、アノ立派ナ耳も溶ケテシマウダロウ」
「デハ『残念デス』ト送ッテオキマス。ろぐハ保存済ミデス。君、王ノ元へ」
研究員は四つある触手の一本で同僚に会話記録を預け、残る三本のすべてを集約し送信ボタンを容易く押した。さっき現れたあの光は恒星だろうか。私の目にはひどくまぶしいが、あたたかい。今日も良い日になりそうだ。
変化球は向いてない くいな/しがてら @kuina_kan
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