とある日

鳴平伝八

とある日

 アルヒが私の手を握って、微笑んでいる。

 ふいに手を引っ張られて、私の体がアルヒに近づく。

 背の高いアルヒを私は下から見上げていると、アルヒは照れくさそうにはにかむ。

 アルヒが顔を近づけてくる。

 不思議と嫌な気分はしない。むしろこのまま……。


 そんな夢を見た。

 目覚めればあいまいで、どんな夢だったか忘れてしまうようなありきたりなものではない。

 今でも目を閉じれば鮮明にその色、香りを感じる。網膜に投影された彼の姿……。

「おっはよ!」

 背中に衝撃を感じ、颯爽と追い抜いてきた陰に目をやると、そこにはアルヒが居た。ドキッとした。こいつのことを考えていたから?

「お、おはよ」

 こいつとは幼馴染で小中高と同じ学校に通い同じ通学路を使う仲だ。

「今日も元気が足りないね!朝なんだし、太陽も出てるし、高まっていこうぜ!」

 そうだ。アルヒはこういうやつ。産まれたときから陽キャの申し子みたいなやつ。

 私はと言えば……。

「そ、そうだね」

 産まれたときから陰キャの申し子で、口数が少ないくせに心の中では強気で口の悪いめんどくさいやつ。

「猫背!いつも言ってんだろ!君の元気がないと俺も元気が出ないんだよ!」

 そんな場面には一度も遭遇したことがない。

 しいて言うなら、夢の中のアルヒはこんなガサツな雰囲気ではなかったな。

 やっぱり、あれは別人だな。

 理想みたいなもんだ……理想?じゃぁ、あんなアルヒなら私はこいつを?

 いやいやいや……え?

 なんだか今日、暑くない?


 11月の終わりだった。


「そういえば今日さ!」

 アルヒはいつも話題を提供してくる。

 ほとんど相槌の私に。何年も、何回も。

「今日夢を見たんだよ!」

 え?

 またドキッとして、心がギュッとなった。

「うん……どんな?」

「え?気になる?俺の話に食いついてくるなんて珍しいじゃん!」

 しまった。夢というワードに思わず反応してしまった。

「君が出てきたのさ!そしたらなんと!俺は君の手をつないでるの!」

「へ、へぇ」

 眉を不自然にぴくぴくさせて返事をする。平静を装えていないのは、自分がよくわかっていた。

「こんな風にさ!」

「ぇへ!?」

 驚いて変な声が出た。いや、そんな場合じゃない!暖かい。左手が急に暖かい!

 思わず足を止める。

 アルヒも一緒に立ち止まる。

 顔がひどく熱い。体が火照って、外気温との差で湯気が上がっているんじゃないかと錯覚してしまう。

 焦点の定まらない視線を何とか落ち着かせ、ゆっくりとアルヒの方を見る。


 急に冷たい風が吹いて、アルヒ以外がハレーションを起こしているようでアルヒだけがクローズアップされる。


 私は、その光景に、強い既視感を覚えた。

 頬を赤らめたアルヒの横顔。


 これって……。


「俺さ、ずっと思ってたんだけど、夢に出てきて、気づいたんだよね」

「な、なにを?」

 あ、アルヒが何を言おうとしてるかわかる気がする。

 あと、私が何を考えているかもわかる気がする。

 本当は気づいていた。お互いの気持ち。

 なんていうのは、この空気に流されて都合よくそう考えているだけ。

 卑怯者。

「ちっちゃい時、よくこうやって歩いてたでしょ?その時の夢見たんだ!2人とも小さくて手で、小さな体だけど、俺が一生懸命引っ張てるんだ」

「そんなこともあったね」

「あ、ちょっと寄り道しよ?」

 アルヒが急に進行方向を変えて道路を渡る。それに引っ張られるように私はアルヒに着いていった。

 暖かいその手を握ったまま。


「ここって」

 神社だった。人気が無くて、小学校ではここの怖いうわさが流行っていた。でも、私たちだけは……いや、アルヒだけはそんなことはお構いなしだった。

 小学校の帰り道、こんな風に手を引っ張られて、本堂への階段を上っていた。

「そう!よく来たよな!変なうわさもあったけど俺らなんも気にせず遊びに行ってたら、あいつらお化けなんじゃねーの?ってからかわれてたよな!」

「そ、そうだった、んだ」

 知らなかった。そんな噂されてたんだ。

「楽しかったんだよ」

 階段を上り切ると、正面に大きなお堂が聳え建っている。冷たい風が肌に触る。

 あの時と変わらず、おどろおどろしい雰囲気で、私は、無意識に握った手に力が入っていた。

「そんな時の夢を見てさ、思ったんだ。こうしたいってさ」

「アルヒ君?」

「あの日のように、トアと手を繋ぎたくなったんだ」

「うん」

 木枯らしは冷たいのに、それに反抗するように握った手は暖かい。心臓は聞いたことない音で胸を叩く。動揺しながらアルヒを見た。


 アルヒが私の手を握って、微笑んでいる。

 ふいに手を引っ張られて、私の体がアルヒに近づく。

 背の高いアルヒを私は下から見上げていると、アルヒは照れくさそうにはにかむ。

 アルヒが顔を近づけてくる。

 不思議と嫌な気分はしない。


 むしろこのまま……。

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とある日 鳴平伝八 @narihiraden8

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