第27話
「じゃあ、あれ……コマンド? とかいうやつで、体を強くして、自分なりに動きやすい体に調整すればいいんじゃないの?」
少しばかりやさぐれた感じで吐き捨ててみるも、リードさんは機嫌を取るでもなく率直に応える。
『いいえ。それもまた、負荷に耐え切れないのなら無意味。コマンド能力を使用すれば、その分負荷も大きくなります。なので、結局何をするにも共有相手である人のフィジカル面に依存します。ですから、介様には体を強くしてもらいたいのです』
「……はい」
そうリードさんに押されるも、その圧が今の僕には少し……いや、結構しんどい。
確かに体を強くしたいとは思ってるけど、いつまで経っても休憩なしみたいなトレーニングは止めて欲しい。
『それより介様。気付いてらっしゃったんですね』
「え、なにが?」
『私が使うコマンドです。どういう効果のものなのかを』
「あ、うん」
まあ、さっきの戦闘中になんとなく理解できた感じだけど。
「足の速さとか、腕の動きとか。最初はリードさんが本気を出してるからそういう人間離れした動きをしてるのかなーって思ったんだけど……なんかそのコマンドをリードさんが言った後、やけに体が軽くなるんだ。まるで重力に逆らうみたいに」
昨夜の時も体が異様に軽かったことに少なからず違和感を覚えていた。軽くなったというよりは、少しふわふわして酔いそうな感じだったけど。
「それに、相手も言ってたしね。身体強化って」
特にこれといった根拠のないことばかり言い並べたけれど、リードさんはその通りと言わんばかりに深く頷いてみせる。
『あれは「コマンド:フィジカルブースト」といって、確かに身体能力を強化する能力です。これにはレベルが設定されていて、例えば昨夜でも今朝でも使った、レベル ワン・ゼロ。これは普段の状態を一倍と定義して、そこに介様の身体能力一倍分を上乗せ。つまり介様はあの時、身体能力が二倍になった状態で、平均五分間ほど動き続けていました』
へー……僕の体、そんなに動けてたのか。いや、そのコマンドが発動してようやくそれだけ動けるようになったって考えられるか……。
「てか……あれ? もしかして能力って、透視の力っていうやつだけじゃない?」
『いえ。力というのは一体のAIにつき一つのみです。コマンドというのは……まあ端的に言えば、対反人間生存派のために創られた能力であって、全く別物です。今この説明を始めると介様の頭がパンクするかもしれないので、とりあえず透視の力をパソコン、コマンドをUSBメモリとでも思っててください』
「あ……はい」
なんだかんだ言って、むやみに全て説明しない配慮は助かる。リードさんから説明されたそのほとんどは、正直ちゃんと受け止めきれてないのが事実だ。
『それと、複製の力や透視の力といったものは能力ではなく力ですね。人で言う体力や筋力と同じです。アビリティではなくパワーです。力、イズ、パワー』
「あぁ……そこ
配慮してくれてると分かってちょっと感動してたのに……一気に冷めちゃったよ。
『と、話はここまでにしましょう。介様、今度は遊具を使ったトレーニングをしましょう』
「え!? いや、あの……ここの遊具、年齢制限あるけど……」
トレーニングをしたくない一心で出た嘘とかではなく、向かいに見える赤い看板には本当に六歳以下のお子様専用と記されている。
『あれは看板が設置してあるエリアの遊具だけです。他の遊具を使う分にはなんら問題ないはずですよ』
「そ、そっか……」
まあ、今は遊具を使ってる子供の姿がほとんどない。平日の昼だからか、ピクニックをしに来た親子連れが一組使ってる程度だ。
今なら僕みたいな高校生が一つ二つ使っていても迷惑にはならないだろう。
「もう走るのは終わりってこと?」
『一旦、終了です』
「一旦……」
『はい、一旦です』
「……」
『水分補給はしなくても大丈夫ですね?』
「します! しときます!」
######
『以上。これで即席トレーニングメニューは終了です。お疲れ様でした』
草が生い茂った斜面に寝転がると、心の荷と一緒に全身の力も抜け落ちていく。
あれから遊具の鉄棒を使って懸垂を三回三セット、そして公園の駐車場まで走って移動すると、そこにあった六段くらいの階段を使って一段飛ばしせず往復十回ダッシュ。
最後は大芝生広場まで戻って、傾斜になっているところをひたすらシャトルランのようにダッシュを繰り返すこと十回三セット。
その全てを終わらせた僕は今、空の青さと緑の豊かさをこの身で感じている。
まさに生き地獄だった。極限状態を
『介様、よく頑張りました。コングラチュレーションです』
それはリードさんなりの励ましらしく、視界の中は満開に咲き散る花火で埋め尽くされている。
「な……なに、これ……」
『エフェクトです。実際に打ち上げてるものではなく、介様にしか見えない花火です。あの選択ウインドウを出した時と同じ原理です』
「あ、うん。そういうこと……」
トレーニングが鬼畜すぎたせいで今は言葉一つ口にするのも精いっぱいだ。
懸垂とか一セット目の二回目でもう腕が曲がらなかったし、最後の坂道シャトルランは精神的に危うかった。
上りも下りも同じ速度で往復するあの地獄は酸素を吸う暇も与えず、本当に意識を失いかけた。季節が一つ遅れてたら間違いなく倒れてたと思う。
『介様の体に合わせたトレーニング、いかがだったでしょうか』
「鬼すぎるっ……!」
これだけは言える。ぜええええええええっっったいに合ってない!
『そういう割には、なかなかに気合を入れてらっしゃいましたよ』
「……それは……」
遊具で懸垂してる時も、今さっきやってたシャトルランの時も、何度も楓のこととお父さんとお母さん、孝子さんのことが脳裏を過っていた。
「楓の、こと……考えたら……頑張ら、ない……とっ、て……」
その度にあともう少し、もう少しと、家族の存在が僕の弱々しい背中をぐっと押してくれた。
しかし、それだけが要因ではない。
あのアイ・コピーという相手のことを思う度、このままじゃいけないと義務感に駆られていた。
戦ってる時に感じた自分の体の弱さを思い返して、何度も折れた膝をまた立て直した。
いつもの日常に戻せるのなら、これくらい……と、何度も踏ん張った。
『不安ですか?』
「そりゃあ……だって……今この時も楓がどうなってて、どうしてるのか分からない。あと……今朝の戦闘で、楓の体に怪我を負わせたこと、根に持ってるし……」
『すみません。あれは私も調整を誤ったと思います』
「……やっぱり、リードさんでも……ミス、するよね……」
万能ではない、助けられる命には限りがある。その時そう言ったリードさんの言葉を僕はあまり信じてなかった。
ここまで僕の命を何度も救ってくれているから。彼女がいなかったら僕はいない。それだけは断言できる。
リードさんがいなければ、まず銃弾を避けることなんて無理だったわけだし。
『そういえば、調整で思い出したことがあります』
ふと、リードさんが手をポンッと打つようにそう言い出した。
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