VTuberのアバターに妹の生霊が取り憑きました。

双瀬桔梗

#01【VTuber】アバターに妹の生霊が取り憑きました【狐蛇那マナ/バ美肉】

「もうにぃとはお話ししないっす!」


 高校に入学した年の春。

 オレ、はある日、中学一年生の妹・に、そう宣言されてしまう。


 オレはあまりのショックに何も言えず、早歩きでリビングを去る、菜々花の背中を見送る事しか出来なかった――。




 ――それから一年以上の月日が流れ、現在。菜々花に避けられ続ているオレは、寂しさを紛らわすように始めたVTuber活動を楽しんでいた。


 狐耳と九匹の蛇のような尻尾が生え、日本刀を差し、緑を基調とした袴を着た黒髪ポニーテールの少女。それがオレのアバター、“マナ”である。アバターは女性、中身は男性の、所謂いわゆるバ美肉ってやつだ。


 主な活動内容は、ゲーム実況の動画を週に二本投稿し、金曜の夜には雑談やお絵描き配信をしている。


 正直、チャンネル登録者数や再生数は大して伸びていない。けれども、常連の視聴者さんのおかげで楽しく活動できている、のだが……オレは来年、受験生だ。勉強とネット活動を両立できる気がしない。だから、そろそろ潮時かと思い、年内で活動をやめる事を決め、配信で視聴者さんにその旨を伝えた。


「——て事で、今日も最後まで見てくれてありがと~。ここまでは、狐蛇那マナがお送りしました。また来週~」

 締めの挨拶の後、配信を終了すると、その流れでパソコンの電源をOFFにして、オレはスマホを手にする。


「えっと……『配信、最後まで見てくれてありがとうございました。最後に話した通り、諸事情により年内で活動停止します。突然の報告になってしまい、申し訳ないです。残りの五カ月も応援、よろしくお願いします』と……こんな感じでいいかな」


 誤字脱字がないか、チェックしてからツイートすると数分後、一件のリプがつく。送り主は、必ず配信や動画を見て、コメントをくれる“スイカ”さんだ。


『お疲れ様でした。今日の配信も楽しかったです。活動停止は寂しいですが、最後まで応援しています!』


 スイカさんは毎回、配信終わりに丁寧なリプもくれる。何気に一番、熱心に狐蛇那マナを応援してくれている視聴者さんだ。


 オレがお礼のリプを返すと、スイカさんが“イイね”ボタンを押してくれて、そのやり取りは終了。近づき過ぎずなこの距離感も、心地が良い。


 マナの配信や動画を毎回、本気で楽しんでくれているらしいスイカさんには特に申し訳ないとは思うし、少しばかり未練もある。だが、一度、口にした事を曲げるつもりもない。


 せめて残りの活動期間中も、スイカさんをはじめとした視聴者さん達に、楽しんでもらえる企画を考えよう。夏休みに入ったばかりで、時間はたくさんあるしな!


 そう思い、オレはノートを広げ、シャーペンを走らせた。




「——で……やめないで……」

「へ……な、なんだ!?」

 机に突っ伏し、いつの間にか眠っていたオレは誰かの声で目を覚ます。


 辺りを見渡しても、部屋の中には自分以外、誰もいない。けれども、“やめないで”と言う、ノイズ混じりの声が、ずっと室内に響いている。その上、部屋の物が微かにカタカタと揺れており、オレは「ヒエッ!」と情けない声を上げながら、慌てて布団の中に潜り込んだ。


 人生初の心霊体験に体を震わせ、耳を塞ぐが、声はどんどん大きくなっていく。

「——っす……那津樹にぃ! やめないでほしいっす~!」

「へ……? この声……菜々花……?」


 ノイズが一切なくなったその大声に驚きつつも、オレは布団から顔を出す。

 そして、聞き覚えのある可愛らしい声と、“那津樹にぃ”呼びに『まさか……』と思い、恐る恐る妹の名前を口にした。


「那津樹にぃ! やっと那津樹にぃにジブンの声が届いたっす~」

「ホントに、菜々花なのか……?」

「そうっすよ~」

「この声……スマホから聞こえてるのか……?」


 そう言いながらオレは、恐る恐るスマホの画面を覗き込んだ。すると、そこには狐蛇那マナの“妹”として作ったアバターが、画面に映っていた。


「那津樹にぃ!」


 狐耳と十匹の蛇のような尻尾が生え、大剣を背負い、赤を基調とした袴を着た白髪ツインテールの、まだ名もなき少女のアバター。その可愛らしい顔が、画面から出てきそうな勢いでドアップになり、オレの名前を呼んでいる。


 勝手にアプリが起動しているのは勿論、アバターが動き、菜々花の声で話している事にも驚きだ。


「那津樹にぃ? 聞こえてるっすよね? お~い」


 全く仕組みが分からず、画面を見つめている間もアバター……菜々花(仮)かっこかりは話し続けている。


「えっと……まずはどういう事か、説明してくれないか?」

「あぁ! それはっすね、恐らくジブンは今、生霊的なモノを飛ばしてしまっている状態なんすよ!」


「ん? いき、りょう……?」

「はいっす! 那津樹にぃのスマホの中に、うっかり生霊を飛ばしてしまったんすよ……。なんとかスマホから抜け出すなり、生霊を消すなりしようとはしたんすけど、無理だったんでこのアバターさんをお借りしたっす! けど、最初は動いたりジブンの声で話したりが上手くできなくて、ポルターガイストまで起こしてしまって……驚かせてごめんなさい! でも今は完全に動きも声も自由自在なんで安心してくださいっす!」


 うん。意味が分からない……。


 いや、意味は分かるが、そんな事、信じられる訳がない。なんか、知らない高度な技術で、誰かが悪戯してるとかの方がまだ納得できる。まぁ、誰がなんの得があって、オレにそんな事をしているのかは意味不明だが……。それに、さっきのポルターガイスト的なものの説明はできないし……。


「……洋菓子より和菓子派。特にきんつばと黒糖饅頭が好き。趣味は漫画を読む。絵を描く。お菓子作り。小学六年生の時にハマった漫画『ストーリー×ヒーローズ』に登場するキャラクター、みちろうに憧れている」

「え……急に何……」


「なんとなく、『誰かに高度なイタズラを仕掛けられているのでは?』とか考えてそうだなぁと思って。那津樹にぃの情報を言ってみたっす」

「あぁ……なるほど……」


 オレの考えてる事がよく分かったな……。情報も全部、正しいし、誕生日や血液型を言わないあたり、本当に菜々花なのだと確信が持てる。


「それで、信じる気になったっすか? まだ信じられないなら――」

「いや、信じたよ。信じたけど……急に生霊なんて飛ばして、どうしたんだよ?」


「それは……那津樹にぃに、どうしても伝えたいコトがあるからっす……」

「オレに伝えたい事……?」


 深刻そうな声に、オレは思わず身構え、菜々花の次の言葉を待った。


「実はジブン……那津樹にぃが、狐蛇那マナさんの中の人だって知ってて……。と言うか、ぶっちゃけ狐蛇那マナさんの大ファンなんす! だから年内で活動を停止してしまうのが悲しくて寂しくて……。ホントはやめてほしくなくて、その想いが爆発してうっかり生霊を飛ばしてしまったんすよ~!」


 ……はい、身バレしてました。しかも身内に。いや、兄だと分かった上で、ファンを名乗ってくれるのは嬉しいんだけど、気恥ずかしさもある。それに――


「……どうして、狐蛇那マナがオレだって分かったんだ?」


 ボイチェンを使ってるから声でバレる事はない筈……。てか、登録者数三桁代のマイナー個人VTuberのチャンネルを見てる事自体、驚きなのだが……。


「その……実は、那津樹にぃの部屋の前を通った時、ゲーム実況中の声と“狐蛇那マナ”って名前が聞こえてきたんすよ……。それで、元々、VTuberに興味はあったんで調べて動画を見ている内に、大ファンになったって感じっす」


 あー……先にバレてたパターンか……。ゲーム実況は家に誰もいない時にしてたけど、熱中し過ぎて菜々花が帰ってきた事に気づかなかったんだろうな……。


「まぁ大体の事情は分かった。あと、マナの事を応援してくれているのは有難いし、素直に嬉しい。だけど、知っての通りオレは来年、受験生だからさ。勉強との両立は厳しいし、やめるしかなんだよなぁ」

「う~……だったらやめるんじゃなくて、活動休止でよくないっすか?」


「最初は休止も考えたよ? でも、チャンネル規模的に、わざわざ一年以上も待っててくれる視聴者さんはいないだろうしさ……。潔くやめた方が良いと思ってさ」

「そんな事ないっす! 少なくともジブンは何年でも待てるっすよ! その……よくコメント欄とかで見かけるスイカさんだって、ホントはマナさんにやめてほしくないって思ってるっす!」


「……なぁ、スイカさんってさ、菜々花だろ?」

「ギクッ! そ、そんな訳ないじゃないっすか~」


 今、口で『ギクッ』とか言ったよな……。誤魔化し方ヘタだし、アバターの目がめっちゃ泳いでるし……スイカさん=菜々花で確定だな。


「まぁ、なんにしても今更、『やめるのをやめます』って言う気にもなれないしなぁ……」

「うぅ……やっぱりダメっすか……」


「うん。潮時かなとも思ってたし……ごめんな。て事でさ、できればもう諦めて、生霊を引っ込めてくれないか?」

「それはムリっす! さっきも言ったっすけど、ジブンの意思では生霊を消せないんすよ~」


「えぇ……マジで消せないのか……?」

「まじっすよ~! 那津樹にぃが、『受験が終わったら活動を再開する』って言ってくれないと多分、ずっとこのアバターさんに取り憑いたままになるっす!」


「マジかぁ……うーん……でもなぁ……」

「あ! ジブンに良い考えがあるっす! 姉妹VTuberになれば良いんすよ!」


 そう言った画面の中の菜々花アバターは、満面の笑みを浮かべていた。

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