異文化交流

やざき わかば

異文化交流

 今、我々がいる世界とは、別の世界のお話。


 その世界では、長らく人類と魔族の戦争が繰り広げられていた。


 人類側は、長引く戦乱を終わらせようと、少数人数による特殊部隊を編成。リーダーは攻守優れる「勇者」。メンバーに、物理攻撃に特化した「戦士」、回復や補助魔法を得意とする「僧侶」、攻撃魔法で多大な火力を誇る「魔法使い」。


 人類軍が戦線を維持している間に、勇者部隊が隠密理に魔族側のリーダーである「魔王」に接触する。そういう作戦であった。


 結果、勇者部隊は魔王城の潜入に成功。魔王に肉薄する。


 勇者部隊は国王から、特命全権大使の任命を受けていたため、その場で魔王と交渉。魔王も、前代からの長引く戦乱に頭を悩ませていたようで、あっさりと講和が成立した。


 それから十数年…。人類と魔族の溝も徐々に埋まっていき、技術、学問や人材、物資や資源、それに観光旅行など、相互交流も深まっていった。


 ある日の魔王城にて。


「魔王様、勇者様がお越しになっております」

「さようか。執務室で会おう。通してくれ」


「こんにちは。魔王様」

「おお勇者。今日も爽やかイケメンだの。さ、かけなされ」


 勇者はその任を解かれても、魔王との謁見を許されていたため、度々魔王の元へと赴き、親睦を深めていた。


「魔王様。先の戦争のとき、僕たちが使っていた『聖水』ってわかるかい?」

「ああ、あったな。我々魔族や魔物の動きをしばらく止めるものであろ? あれには辟易したわ」

「魔族の国には、同じようなものはないの?」

「そういえば、開発局に依頼して、作ったものがあったの…。同じように、人間の動きを一定時間止めるものであった」


 しかし、それが戦線に投入される前に、講和が成ったので、在庫として放置されているという。


「やっぱりあったんだ。いや、ちょっと興味があって。一度見てみたいな」

「お安い御用だ。さぁ、こちらへ」


 魔王と勇者は開発局へと向かった。本来、国家機密に含まれるので限られた者しか入れないのだが、勇者は特別らしい。


「おや。魔王様、勇者様。お久しゅう。」

「ああ、久しいな。早速ですまぬが、例の液体をこちらへ」

「は。少々お待ちくだされ」


 出されたものは、瓶に入った、淡く虹色に光る液体。人類側の『聖水』は無色透明なので、こちらのほうが華やかである。


「これはどういう仕組みで、人間の動きを止めるの?」

 魔族の科学者は、人類の脳を含む神経細胞の活動を抑制し、情報伝達を遮断することによって動きを止めると説明。睡眠魔法よりも深い眠りに誘うのだと言った。


「それは、人間側の聖水と同じ効能だね」

「その通りです。まさにその聖水を参考にいたしました。ただ、その薬効に至るまでの経過といいますか、聖水は『聖なる力による強制的な加護の執行』、我々の作成した液体は『薬物の効果による強力な睡眠薬』、と位置付けられましょう」


 やはり、魔族の力など、魔力に属するものを使うと、結局従来の睡眠魔法と同じになってしまうそうだ。かといって魔族に『聖なる力』は使えない。なので薬学を駆使せざるを得なかったのだ。


「すごいな。魔族は魔法力だけでなく、科学力ですら人類に先んじているんだね」

「はっはっは。よせやい」

「ところで魔王様。この液体には、名前はついているの?」


 魔王は少し考え、こう答えた。


「では、聖水に対抗して『魔水』ではどうかな。語呂も良い」

「なるほど。じゃあ、この魔水。二~三本、買いたいのだけど」

「ああ、よいよい。貰っていっておくれ。正直、在庫が余って困っておるのだ」

「ありがとう! じゃあ僕は一旦、帰るね。また連絡する!」


 それから数カ月後。


「こんにちは、魔王様。早速だけど、医務室を貸してくれないかな?」

 勇者が大勢の人間を連れてやってきた。中には明らかな病人もいる。


「別に構わないが、どうしたのだ?」

「魔王様に頂いた魔水が、人間にとって素晴らしいものだったと、証明しに来たんだ」

「ほう? 人間にとって有用になるものとは思えないが…」

「まぁ、ちょっと見ててよ。ではすみませんが皆さん、始めてください」


 勇者が連れてきた人間たちは『医者』という、魔族には聞き慣れない職業の者たちで、これから重篤な患者を治す施術をするという。


「魔族は元々魔力が高いから、回復魔法で病気が治っちゃうと思うんだけど、人間はそこまでじゃなく、裂傷や打撲など、表面的なものしか治せないんだ」

「そうなのか。中々に不便だのう」

「そう。だから内蔵などの、身体の内部にある疾患は、『手術』と言って、人の手で悪いところを除去してあげないといけない。ただ、今までは浅い睡眠魔法などに頼っていて、手術中に目が覚めたりとかの事故も頻発していたんだけど…」


 『医者』たちは、魔水によって眠らされた人間の手術を、手際よくこなしていく。


「この魔水は素晴らしいよ。用量を調整することによって、いつ患者が起きるかをコントロール出来るし、何よりも患者が痛みを感じていないんだ」

「なるほど。眠らせることによって痛みを緩和しているということか…。まさか我々の魔水に、こんな利用方法があるとは」


 無事に手術も終了し、術後の経過も申し分ないようだ。


「勇者よ。あっぱれだ。我々が持て余していた魔水の利用方法を、こんな意外な手で見つけるとは。さすが妾が見込んだ男よ」

「よしてよ。凄いのは、こんな薬を作った魔王様たちだよ。この科学力、技術力、魔法力に追いつけ追い越せだね!」


 魔王の厚意で、今ある分の魔水は全て人間側へ無料提供とし、追加分は正当な報酬が発生。また、魔族側から人類側に技術者や科学者を派遣し、人類側でも魔水が作れるように技術供与をする、ということで、意見は一致した。


「ごめんね、魔王様。僕たち人類は、魔族の技術に頼りっぱなしだ」

「なぁに。気に病むな勇者。それ以外のところで、魔族は十分、人類に助けられている」


 さて、時代をさらに経るにつれて、魔族と人類の混血も進み、魔族や人類という垣根も薄まっていった。聖なるもの、魔なるものという垣根が薄らいできたのだ。


 聖水はもはや宗教的な概念になってしまったが、魔水はそれでも実用的なものとして、使用されていた。だが、名前が時代にそぐわない。


 患者を眠らせ、命を守る薬となった今、魔水はその名を大きく変えていた。

 呼び名は一緒だけれど、もっとその性能に沿った名前…。


 そう、『麻酔』へと。

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