ぼくらのクリーチャー観察日記
綿雲
透明なみずいろを泳ぐ
遭遇クリーチャー–オープニング
7月20日。快晴。気温28度。午前10時、フウリンギョを飼育中の水槽等の洗浄。1匹が水槽内のビー玉を食っているのを発見したので報告。ビー玉は水槽から没収し、以降も観察を続ける。その後ミドリちゃんの餌やり。今日はマアジとサンマ。5尾ずつ。今日もよく食べる。
午前11時、機材修理。資料室のラックの底が抜けたため修繕。キャスターに油を差すなどして調整。ついでに日に日に遅れていた事務室の時計を合わせる。
特に書くことも無くなって手を止め、ボールペンを挟んでノートを閉じた。軽く伸びをしてから席を立つと、背後の棚で自らの羽を毟っていた小鳥が金切り声を上げる。びくりとして振り返ると、そいつは何が不満なのかこちらに向かって威嚇するように両羽を広げていた。何がしたいんだお前は。いつも脅かしてきやがって。抜けた羽片付けるの俺なんだぞ。
沈黙を続ける相手と睨み合いながら部屋を後にする。裏庭に出る扉を開き、さんさんと照りつける太陽光線に目を細めつつ水やり当番の準備を始めた。
家庭菜園にしてはそこそこ広い畑は水撒きにもそれなりの時間がかかる。今日みたいに陽射しの強い日には嬉しくない作業だ。
せめてもう少し遠くまで放水できれば時短にもなろうに、などと考えて、水道水のシャワーを振り撒くノズルのヘッドを交換し、ライフルのように顔の横に構えてみる。線状に噴射された水が光に透けて淡い虹を描いたところでアホらしくなった。
こんなもん何の役に立つんだよ、と腕を引っ込めかけたところで、不意に物陰からツナギ姿の女子が飛び出してきた。
「うわっ」「ユウ!今ひまうわーっっ!!」
「マコ、わっわりい、急に出てくるから」
同僚、マコは放水をもろに被った頭をぶるぶると振って、ううんだいじょうぶ!とけらけら笑った。蛇口を締めながらよく見ると、両手には何らかの機材が入ったバケツと、釣竿、そして羽の生えたテニスボールのようなものを抱えている。
「で、どうした?なんか作業か?」
「そう!ユウ、釣り好き?」「釣り?」
湖のほとり。結局マコの釣りという名の水棲生物撮影調査に付き合うことになった。自前のウェーダーを着込んでやる気十分のマコに、そんなものを買って休みの日にまで生き物と戯れるつもりだったんだろうかと半ば呆れつつも、有事の際には手伝ってやることを約束して釣りの様子を見守っていた。桟橋があるんだからわざわざウェーダーを着なくても、少しくらいなら沖まで出れるだろうに。
マコはさっそくと言わんばかりにばちゃばちゃ湖に乗り込んでいくと、慣れた手つきで調査用の小型カメラ−−さっき見た羽ボールのようなやつだ、をつけた竿をびゅんと振り、数m先の地点に投げ込んだ。
「慣れてるな」
「うち海の近くだったから、よく釣りしてたんだ!晩のおかず!」
「サバイバル…うちの方も沢でザリガニとか釣ってるやついたなあ」
「ザリガニ!いいね、楽しそう」
「俺はやったことないんだけど」
「今度やろうよ!釣れなくてもなんだかんだ楽しいんだよ」
それにしても水中探索用のカメラと言えば自立して潜水するタイプのものがあるのでは無いだろうかと思ったが、ハカセ曰く「単騎で乗り込むと八割が帰ってこなくなる」らしく、ことこの湖に関してはこういうふうにワイヤーで繋げた上に見張り番を立てるという方法に落ち着いたらしい。
撮影された映像はリアルタイムで手元と研究所内のモニターに映し出される仕様である。異常があればすぐに巻き戻せるしワイヤーを伸ばせば水底までたどり着ける設計で、更には釣り気分を味わえて一石三鳥、だそうである。
「こういうの久々だなあ、ツナは元気にしてるかなあ」
「ツナ?」「おばあちゃんちの猫!よく釣った魚のアラあげてたんだよね」
マコはしみじみと語り、懐かしむように微笑んだ。故郷の海や家族のことを思い出しているのかもしれない。あんなでっかい水たまりのすぐ近くに住むって、どんな感じだろう。うちの田舎には川しかなかったから想像がつかなかった。
閑話休題。
俺たちは、同じ学校に通っている高校生である。同級生の2人はひょんなことから同じバイト先ー深い森の中、湖のほとりにある「生物研究所」に住み込みで働いていた。
「ねえ、さっき搬入口にいたトラックさ、見た?」
「見てないけど」
「ぜったい新しいクリーチャーだよ!荷台にさ、鳥籠みたいなのがいくつか乗っかってたもん」
「今度は鳥か…」
どんな子かな、クロベエ達と仲良くなってくれるかな、と小麦色の頬っぺたを興奮に赤らませ、気色ばんでリールを手繰るマコに、俺は多少げんなりしてふう、とため息をつく。両羽を広げてこちらを威嚇するクロベエの姿が脳裏に浮かんだ。
俺たちの働く研究所は普通の動植物研究所ではない。「クリーチャー」と呼ばれる新たな動植物の種族ー新生物を取り扱う研究所なのである。
「クリーチャー」は数十年前、地球には存在しない原子をふんだんに含んだ隕石が地球の各地に衝突した影響を受け、世界中で新たに発生した生物の総称である。姿形は様々で、元々存在している生物とさほど変わらなかったり、全く理解の範疇にない形をしていたり、はたまた伝承に出てくる妖怪や言い伝えられている未確認生物のような姿をしていたりと色々だ。生態も人間に与える影響も未知のものばかりで、研究員たちは日々調査研究に明け暮れている。
そんな「生物」に深く関わらなければならない研究所で、使いっ走りのようなことをしているわけだが−−。
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