お客様の中に
そうざ
Is there Anyone here that can Help?
「お客様の中にバローチー語が解る方はいらっしゃいますか?」
「はい!」
後ろの方で声がしたので振り返ると、若い男性が瞳を爛々と輝かせながら手を挙げていた。
周囲に軽い
最初は『お客様の中にお医者様はいらっしゃいますか?』だった。幸い体調を崩した乗客は大事に至らず、機内の空気は安堵し、医師に惜しみのない賛辞が寄せられた。
「ドラマみたいだねぇ」
この時はまだ隣席の
その次は『手品師の方はいらっしゃいますか?』で、その次は『養蜂家の方はいらっしゃいますか?』だった。何れも急を要する案件だったらしく、忽ちの内に該当者が現れた。『過去にハイジャック犯だった方はいらっしゃいますか?』と問われても誰が返事をし、『バスジャックだったら経験があるのにっ』と悔しがる人まで居た。
どんな問い掛けにも、旅は道連れ世は情け、袖振り合うも多生の縁、困った時はお互い様とばかりに相応しい人物が名乗りを上げ、皆に三顧之礼で承認されるのだ。
「色んな人が乗ってるんだねぇ」
該当者に素直な羨望の眼差しを向ける倫子を余所に、僕は焦燥と言うか、嫉妬と言うか、居た堪れない気分に打ち
「トラックで轢いた相手が転生した方はいらっしゃいますか?」
「はい!」
「曲がり角で正面衝突した相手が自分のクラスの転校生だった方はいらっしゃいますか?」
「はい!」
「毎朝チェーンソーで髭を剃っている方はいらっしゃいますか?」
「はい!」
稀少度、個性度、能力度が高くなればなる程、該当者の鼻高々な立ち居振る舞いが鼻に付いて仕方がない。
どうして『財閥の末っ子の方』と尋ねてくれないのか。どうして『年上女房の尻に敷かれ、子宝に恵まれないのは無精子症だからな方』と問うてくれないのか。『経営手腕も生殖能力もなく、一族郎党から蔑みの目で見られている方』と言われたら僕は間髪を入れず手を挙げられるだろう。
「不倫関係を継続中の方はいらっしゃいますか?」
倫子が僕の手をぐっと掴んだ。そして、妻の三白眼を彷彿とさせる眼で無言の圧を掛けて来る。その隙に、成金趣味の年の差カップルが名乗りを上げてしまった。
倫子の本心は解っている。家政婦の分際で僕を誘惑して来たのは、給金以上の小遣い銭が欲しいからだが、僕にしたって憂さ晴らの火遊びと割り切っているのだから一向に構わない。
しかし、もしこの不倫旅行が明るみになったら、僕は間違いなくお払い箱だ。そうなったら、倫子は折角の金蔓を失う事になる。それだけは絶対に避けたい腹なのだ。
「お客様の中にお子様の扱いに
「私は五人の子持ちですっ、しかも障害児も抱えてますっ!」
「儂はおむつには慣れとるぞっ、何せ自分でも着けとるっ!」
「こう見えても俺はロリコンですっ!」
愚図る子供の許へいそいそと駆け付けようとする倫子が、ちらっと僕を振り返った。その笑顔に冷たい優越感が貼り付いていた。
《お客様の中に無駄飯食い、または
はっ――汗だくで目が覚めた。
周りの乗客はもう思い思いに休んでいる。毛布に包まった倫子も満悦の寝顔だった。
その時、CAが通り掛かったので、僕は小声で呼び止めた。
「僕に何か出来る事はありませんかっ?」
「今は何も……」
「こんな僕だって何か出来る事がある筈です。例えば……例えば、あぁ、折り紙で鶴を作れますっ」
CAの表情筋が呆れたように歪む。
「どうぞごゆっくりお休み下さい。貴方に出来るのは寝る事くらいです」
それだけ言って立ち去ろうとするCAの腕を、僕は必死に掴んだ。
「不公平だっ、不平等だっ、不公正だっ!」
「お
乗客が目を覚まし、ざわつき出す。
「僕は不能であっても無能じゃないっ!」
「きゃーっ、お客様の中に正義感の強い方はいらっしゃいますかーっ!」
CAの悲痛な呼び掛けに、誰もが我先にと僕を取り押さえに掛かった。さっき愚図っていた子供まで加担している。
中でも素早く僕を捻じ伏せたのは、三白眼を爛々とさせた倫子だった。
忽ち賞賛の拍手が起き、鮮やかっ、流石っ、お見事っ――称賛が嵐になって行く。
思い出した。倫子は保育士の資格だけでなく柔道の黒帯も取得しているのだ。
お客様の中に そうざ @so-za
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