第21話 このまま外で

「ラピス様、お待たせいたしました」

「ほんとーにかなり待たされたわ。反省して」


 ここは町並みを見渡せる高台だ。一緒に昼ご飯を買いに行くのと、ここでトールがお昼を買ってくるのを待つののどっちがいいかといわれた。

 わたしは待つのがいいといって、ベンチに座っていたのだった。


『それだと、ラピス様の好きなものではなく、僕の好きなものを選ぶ事になってしまいますが、いいのですか?』


 こんなトールの問いかけに「私は別にいい」と答えた。

 デートスポットなのらしく、周りには恋仲の男女らしい二人組がそこそこいた。

 まぁ確かにいい雰囲気になれそうな場所ではある。

 

 トールはその辺りの事を知っていて、ここを選んだのだろうか。

 もし知っていたとしても、特に変に意識はしていないでしょうけど。


「ラピス様、食べ物はこれで、飲み物はこれです」

「あっそ」


 わたしはトールから食べ物と飲み物を受け取った。

 食べ物の方は薄いパンのようなものに野菜と肉が包まれたもの、飲み物はレモンとミントが浮いたしゅわしゅわしている透明の液体だった。


「両方とも僕の好きな屋台のものです」

「あんたが好きでもわたしが好きかは分からないけどね」


 わたしはそういって飲み物の方を飲んだ。

 口の中を液体が弾ける感触はなれないが、不快ではない。甘い味がレモンの酸っぱさでひきしまっており、これは、美味しいと思った。


「ラピス様のお口には召しましたか?」

「まぁまぁね」

「それはよかったです」


 わたしは食べ物の方も口に運ぶ。

 こちらもふわっとしたパンとシャキシャキの野菜とジューシーな肉があわさり、美味しかった。


 前をみると、キラキラと輝く太陽が町並みを照らしている。

 トールは珍しく何もわたしに話しかけずに、ぼうっと町並みを眺めながら、ご飯を食べていた。


 太陽の光がトールを照らしている。


 ……こいつ、あんまり考えた事はなかったけど、整った顔をしてるわね。

 翡翠色のキラキラした目に、焦げ茶色のふわっと流している髪。世間一般的にみてかっこよい風に整っているけれど、どこか可愛さも感じられる顔立ち。

 笑っている事が多く、雰囲気は穏やかでとっつきやすい。それでいて男性らしい凛々しさも持ち合わせている。

 こういう男は女性の目には魅力的に写るんだろう。わたしという女を連れていたとしても、逆ナンもされるはずだ。


 こいつは小さい頃と大分変わった。

 小さい頃のこいつはあどけない少年らしい可愛さをもっており、常にニコニコと笑顔で、クソ善人で……ってこういうとあんまり今と変わってないわね。

 

 でも、小さい頃のこいつは何かに怯えているような人間だった。そこは今と違う。

 今はどんな時でも、どんな相手でも、堂々と飄々と接しているから。

 こう変わったのは、こいつが海外に顔の傷を直す手術をしにいってからだったな、なんて事を思い返していると、トールは唐突にわたしの方をみた。


「ラピス様?どうしました?僕の事をそんなに見て」


 トールはにっこりと笑ってそう問いかける。


「な、なんでもないわ!」


 わたしが今考えていた事はとてもじゃないけどこいつに知らせたくない。


「そうですか? ラピス様は普段僕の事をそんなにみられたりしないじゃないですか。どうされたんですか?」

「しつこいわね」

「あなたの考えている事が知りたいんです。駄目ですか?」


 もちろん駄目だ。

 あんまりにもしつこいので、こいつを困らせるような事を言ってやろうかという気分になってきた。

 こいつを困らせるような事……そうだな、これしかないだろう。


「あんたはわたしと結婚した癖にわたしに手を出さないなって思っていたのよ」

「ブッ!!」


 トールは盛大にむせた。ざまぁみろと思う。


「よかったわね、食べ物も飲み物も口に含んでなくて。そしたら汚い事になっていたわよ」

「そ、そ、そ、そうですね……!」


 どもりまくっている。どんだけ動揺してるのよ、こいつ。

 実に愉快だわ。


「で、いつになったら、わたしに手を出すのよ。わたしは別に望んだ訳じゃないけど、あなたの妻になったのだから、その役目はこなしたいの」

「ラ、ラピス様はそんな事を思われてたんですね…」

「そうね。そしてあんたの事を嫁に手も出せないヘタレ野郎だと思っていたわ」

「えっ!? ゲホッ、ゲホッ!!」


 トールは再び派手にむせた。


 実に動揺してるわね。わたしの考えている事を知りたがるなんていう本気でやめてほしい事をするからこうなるのよ。

 考えていた以上にいい反応をしてくれた。でも、わたしは容赦しない。追い討ちをかけてやる事にした。


「そんなにわたしに手を出す気がおこらないなら、わたし達、離婚してもいいんじゃない?そうしたら、ミツカの家にみっともなく縋ってまた婚約してもらえば?」


 自分の口からするりと出てきた言葉はまるで正解のように思えた。それがわたしにとって一番いい。……きっとトールにとっても。


 さて、トールは今度はどういう面白い動揺をみせてくれるだろう。

 わたしは愉快に思う気持ちが抑えきれず、笑みを顔にうかべてしまう。


 ……が、トールはわたしが思っていたのとは全く違う表情をみせた。

 それは今までみせていた動揺に満ちたへたれた顔とは一線を画す、ナイフのような鋭さをはらんだ冷たい無表情だった。

 わたしの背中にびくりと冷たいものがはしった。


 トールのこんな顔、わたしに向けられた事なんてなかったのに。


「ラピス様」

「……な、なに」


 なるべく強気に振る舞いたいのに、声が震える。

 そんなわたしをみて、トールは薄く微笑んだ。いつもの優しげな笑みではない、ぞっとするような凍りついた笑みだった。


 そして、トールは飲み物と食べ物をベンチの上におき、急にわたしの両肩を掴むと、ベンチに押し倒した。


「は!?ちょっと急になにするの!?」


 手にもっていた食べ物と飲み物をこぼさなかったり、服にぐっしょりとかからないように回避したのは我ながらグッジョブだと思った……なんて事を考えて、現実逃避してしまう。


「ラピス様」

「だから、何よ!」

「今さらそんな事出来ないという事を、いい加減お認めになったらいかがですか?」

「……っ!?」


 わたしはトールから目をそらす。


 そうだ、トールとミツカの婚約はもう白紙になってしまった。今さら、またそういう関係を築きましょうなんて事は出来ないのだろう。

 それなのに、こんな事をわたしが言ったら、カッとなってしまうかもしれない。


 そう、トールはきっと今、怒っていた。


「そういった事はラピス様の心の準備が整ってから、と思っていたのですが、他でもないラピス様本人が望むのであれば」


 トールはわたしの髪の毛を持ち上げ、キスをしていった。


「このまま外で、というのもありかもしれませんね」


 わたしはワンテンポおいてトールの言葉の意味を理解すると、体にぶるぶると震えが走った。

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