第7話 宣告
馬車に揺られる事、30分程度で家についた。
移動中はトールが時折話しかけてくる事もあったけど、わたしは生返事ばかりで返していた。お喋りなんてしてる気分ではなかったのだ。
トールもそれに気づいているようで、話の内容はわたしの気分を逆撫でないようなものばかりだった。
恐らく、ずっと黙ったままだと、わたしが無意味に暗い思考に陥るかもしれないからと話しかけていただけで、会話をしようとしていた訳ではなかったのだろう。
トールはそういう気の遣い方をする男だった。
全く、ここまで人の事を考えていてハゲないのかしら。
わたしとトールは玄関をくぐる。
「おかえりなさいませ、お嬢様!」
わたしのお付きのメイドであるアイリスが出迎えた。
「お父様と話がしたいの。どこにいらっしゃる?」
お父様にはわたしの処遇がどうなるのか確認しなければいけない。ソティス家から追い出されるのは確定としても、その後どうなるかは未知数だ。
わたしはお父様の事が嫌いだから、本当は会話などしたくはなかったのだが。
「旦那様はラヴィニア様は自分の部屋に戻れ、処遇が決まったら呼び出すとの仰せでした」
「……そう」
わたしの処遇は今すぐ決まる訳ではないのか。待っている時間が辛そうだ。
「ただし、トーヴァ様がもしこられたら、トーヴァ様の事は旦那様の元にご案内するようにとの話でした」
「は?なんでトールが?意味が分からないわ」
「うう。私も分かりません……」
「ちゃんと聞いておきなさいよ、使えないわね」
わたしはアイリスを睨む。
「ラピス様、そのように使用人に当たるのはやめましょう?彼女に罪はないですよ」
「はいはい、いつもの使用人にもお優しいトール様ね。馬鹿みたい」
トールはいつもわたしがにとっての「悪い事」をするとたしなめてくるのだ。
アイリスをはじめ使用人に対して冷たい態度をとった時とか、クラスメイトに辛く当たる時とか、アンネへの嫌がらせとか。
こういうクソ善人な所がうっとおしいのよね。
「トーヴァ様、大丈夫です。私は気にしてませんから」
アイリスはわたしに何を言われても気にしない呑気な人間だった。
「トーヴァ様を旦那様の元にご案内したいのですが、お一人で部屋まで戻れますか?」
「そのぐらい出来るわよ。あなたがいなくても、荷物もちがいないのが不便なだけよ」
「ふふっ、荷物もち程度でも、お嬢様のお役に立ててたみたいで光栄です」
「……ふん」
わたしがソティス家から追い出されるという話を聞いていないのだろうか。アイリスはどこまでもいつも通りの態度だった。
アイリスはわたしのお付きのメイドだったけど、ハンナ様の根回しで他の仕事を回され、わたしの側にいない事も多かった。
それでもアイリスは本館のメイドに冷たくされても、わたしに対して本人に出来る範囲で仕えようとはしていた。
馬鹿だと思う、わたしの事なんて放っておけば良かったのに。そうしても、責める人間などこの屋敷には一人もいないのだから。
……公爵家を追放されたら、アイリスとも会えなくなるのかもしれないと一瞬考えたけど、らしくない思考だと気持ちを切り替える。
わたしは二人に背を向け、自分の部屋に向かって歩きはじめた。
それから一週間、わたしは学校に行く事は止められ、家で悶々とした日々を送っていた。
誰かにはめられた悔しさと、何もかも失うかもしれない恐れに振り回される。
何をする気も起きず、ただ毎日家に来るトールを暇だなと蔑んでいた。
そんな毎日は今日、唐突に終わりを告げた。
夕飯を食べ終わったぐらいのタイミングで、お父様の部屋に呼び出されたのだ。
「ラヴィニア、お前の処遇が決まった。全て私の采配で決まった事だから、誰の事も攻めたりしないように」
部屋に入って早々、お父様は核心に迫る話をはじめた。
「ラヴィニア、お前には……その、お前には……」
お父様が言いよどんでて、中々話が進まない。
そんなに言いづらい事なんだろうか。それこそ修道院行きとか、着の身着のままで市井に放り出されるとか?
お父様なんてどうせわたしの事など嫌っているのだから、どんなに酷い処遇でも躊躇いなく言える筈なのに。
その時、コンコンと扉を叩く音がした。冷静沈着なお父様が珍しく動揺する。
一体何の用なのよ、タイミング悪いわね。
「当主様、ホークス・アーゲンストです」
「トーヴァ・アーゲンストです」
「あ、ああ、入れ」
扉を開けて現れたのはトールとトールの父親だった。アーゲンスト家は我が家の分家で、トールは次期当主で、トールの父親のホークスは現当主だ。
わたしは眉をひそめた。
何でトールとホークスが来ているの?
そもそも、ホークスは我が家・ソティス家が所有するコンチネンタル領にいる筈だった。お父様は城で勤めており、忙しいし、首都から中々離れられない関係上、コンチネンタル領の領主としての仕事を全てこなす事は難しい。なので、ホークスひいてはアーゲンスト家に領主の仕事を肩代わりさせているのだ。
お父様は常に首都にいるけど、ホークスはその反対で常にコンチネンタル領にいる。
「当主様、ラヴィニア様にお話は出来ましたか?」
「いや、まだだ」
「それはそれは、私はもう少し遅いタイミングで来るべきでしたかね」
「大丈夫だ、気にするな」
お父様はさっきまでのような挙動不審な態度から一転、いつものお父様らしい堂々とした顔をしていた。二人が来た事で、逆にわたしに言う覚悟が決まったのだろうか。
お父様は腕を組み直し、言った。
「ラヴィニア、お前とは絶縁させてもらう。もうソティス家の人間と名乗るな」
「……はい」
既に王族の方々から告知されていた事なので、わたしに驚きはなかった。
「そして、トーヴァと結婚してもらう。アーゲンスト家に嫁いでもらうという事だ」
「……は?」
わたしはあらゆる自分がどうなるかのパターンを想像していたつもりだった。が、これは予想していなかった。
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