第6話 婚約破棄よりもわたしにとっては
「でもよかったですね、ラヴィニア様。あなたの事を大切に思ってくれる人がいて。婚約者もちなのがネックですけど」
「は?下らない事、言わないで」
「もー、酷い事言うなぁ。ラヴィニア様もトーヴァ様の優しさに影響されてくれないかなぁ。そうしてラヴィニア様がお変わりになったら、その時は僕があなたを我が一族に誘ってあげますよ」
「まだいうの、そんなホラ話」
「あはっ、今はそう思ってらっしゃって構いません。その時になれば本当だと分かりますから」
「は? でも、分からないようだから何度も言ってあげるけど、本当だとしてもあなたの力を借りるなんてありえないわ」
「ふふふん、そういう事をいつまで言ってられるか、見物ですねぇ!」
「トーヴァ様が来られたなら、護衛はもう必要ないですよね。さよなら!」とサーシャは城の中に戻っていった。
サーシャめ、言いたい事だけいって去っていったわね……。
魔法、か。
サーシャはああ言っていたけど、そんなものがあったとしても、本当に今の状況を変えられるのだろうか。
今の状況はどこまでも理不尽な現実で、魔法なんかで覆せないような気しかしなかった。
「サーシャさんに絡まれていただなんて、不運でしたね。もっと早くあなたの所に駆けつけられれば良かったのに」
「べ、別に働きアリの相手ぐらい、わたし一人でも出来ていたわよ」
「強がらなくていいですよ。ラピス様はサーシャさんの事が苦手でしょう?」
トールはわたしの事を心配しているかのように眉をひそめる。
「苦手じゃないわ、あんまり関わりたくないだけよ」
「それを苦手というのでは?」
「は?トーヴァの癖に生意気な事言うわね」
「すみません。ですが、これからも僕はラピス様に生意気な事を言ってしまうかもしれません。ラピス様も慣れてくださいね?」
「は?」
「僕はこれからもラピス様のお側にいさせてもらうつもりなのですから」
さらりといわれた言葉の実現不可能さにわたしは嘲笑した。
「わたしはソティス家を追い出されて修道院に行ったり、路頭に迷うかもしれないのよ?そんな所までついていくつもり?」
「そうなったら、僕はあなたを連れ出してどこか遠くまで逃げます。ラピス様を幸せにする為に」
そういうトールの顔には覚悟を感じさせた。
わたしは少し怯んでしまったが、それを表に出さないようにして言った。
「余計なお世話よ。あんたにそこまでしてもらう義理はないわ」
いくらわたしを可哀想に思ったとしても、そこまでする必要はないだろう。
もし本当にトールがそんな事をするとしたら、トールは家も、友人も、かわいい婚約者も、今まで築いてきた何もかもを捨てるという事になってしまう。
わたしの為にそんな事をされても、わたしは困るだけだった。
「あくまで僕がやりたいからやるだけです」
「わたしはあんたと一緒に逃げるなんてしたくないわよ。わたしの幸せを願うというなら、わたしの事は放っておいて」
「僕が一番忠実にしている事は、僕の幸せの為の行動です。そして僕の幸せはあなたの側にいること。だから、あなたの事は放っておくつもりは毛頭ありませんよ」
わたしはその発言に、目をみはった。
トールが人の望みを押しのけてまで、自分の望みを話すのはあまり見た事がなかったからだ。
恐らくトールは自分の幸せの為といっているが、それは口実で、わたしにただただ同情して言っているのだろう。馬鹿な男だと吐き捨てたくなった。
「随分自己中心的ね、吐き気がするわ」
そういって、わたしは拒絶するようにトールから視線をそらす。
こいつの事を直視するのが何だか今は辛かった。
「ええそうです、僕は人の幸せよりも、自分の幸せの為に動く人間なんですよ」
それは誰でもそういうものだろうな。わたしだってそうだ。
でも、わたしにはトールが自分の幸せより、わたしへの同情を優先しているようにしか見えなかった。
「……わたしはソティス家へ向かう馬車を目指すわ。あんたはどうするの?」
これ以上この話を続けるのは嫌だったので、話題を強引に変えた。
「僕もソティス家まで同行させてください」
「来なくていいわよ」
「お願いなのでつれていってください。駄目ですか?」
トールはひたすらわたしに懇願してきた。
……断るのも面倒だった。
「……仕方ないわね。行くわよ」
わたし達はソティス家の馬車まで一緒に歩く事になった。
突然の婚約破棄に思考はそればかりになっていてもおかしくないのに、何故か今のわたしの頭の中はトールの事ばかりになってしまっていた。
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