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「あなたは、肩身の狭い思いをしていましたか?」
「不思議なくらい、普通に過ごせたわ。やたら、寝所に入ってこようとするバカのせいで中々落ち着かなかったけど、奥様は私のことを普通のメイドとして扱っていたわ。それは、子が生まれてからもよ」
「奥様はあなたのことを気付いていなかった?」
「気づいていたわよ。その上で、私のことを見逃してたのよ。格の違いってものを見せつけられたわ!」
「そうですか」
「私は、子がある程度育ったら、ここを出るつもりでいたわ。だって、未来が見えないもの。いつまでも寄生していても仕方がないもの。給金はちゃんと出ていたから、子のために貯めておいてね」
「それは叶わなかったのですか」
「ええ。質の悪い風邪を引いてしまって。薬は買えたし飲んだけど、なかなか快方に向かわなかったのよね」
「……そのままお亡くなりになったのですか」
「人間なんて呆気ないものよねー」
自分の死を語るクラリッサに、悲壮感はなかった。あっけらかんとしている。
それを聞いて、ハワード家の面々はますます困惑した。これでは、クラリッサに呪いをかける余裕はなかったのではないか。
「お子さんを残して逝かれて、悔やんでらっしゃる?」
「そりゃあ、思いを残してはいるけど、どうしようもないじゃない?」
アデラとダリアは顔を見合わせた。女の直感が、これは違うと言っている。クラリッサは呪いの犯人ではない。
「私の坊や。今はどうしてるかしら。長生きしていてくれるといいわ」
クラリッサが落ち着いた口調でそう言った。それっきり、がくりと首を落として黙ってしまった。
「クラリッサさん?」
「クラリッサさーん!」
彼らはしきりに彼女に呼び掛ける。反応がなく、どうしようと思っていると、急に首が起き上がった。
「クラリッサさん⁉」
「ウィザーズです」
「えっ」
クラリッサはいなくなってしまった。
「降霊自体には成功したのですが、呪いの犯人を見つけることは叶いませんでした」
ウィザーズが現実を突きつける。
「ですので、ここはおまじないをして呪い返しをしましょう」
「呪い返し?」
「私も、霊関係の仕事をしている関係上、その手の知識はあります。効くかどうかは定かではありませんが、試してみませんか」
「はあ……」
効くかどうかはわからないと言われて、すんなりとはうなずけない。
「このおまじないに関しては、効果のほどがわかりませんからお代はいただきません。試すだけ試してみませんか?」
「……やってみようか」
エヴァンは乗り気になり、アデラとダリアに顔を向ける。彼女達も、それにうなずいた。
「ここに、人形があります。これを、エヴァン様の形代としましょう。エヴァン様、髪の毛を一本頂戴できますか」
エヴァンはうなずいて、自身の髪を一本抜いて渡した。
「この人形にエヴァン様の呪いを肩代わりしてもらいます」
「そんなことができるのか」
「やってみますね」
ウィザーズは人形を額に当てて、目を閉じ、何か小声で呪文を唱えた。
人形がびくりと動いた。一同はうわっと慄く。
ウィザーズは人形をテーブルに置く。それでもまだ、人形はびくびくと動いている。
「活きがいいですね」
「? 活きが……?」
ウィザーズの発言にエヴァンは首をかしげる。
「おまじないが成功していれば、身代わりになってくれるはずです」
ウィザーズの言葉を信じていいものか。信じたとして、まず最初に何を試そうか。ハガード家は互いに顔を見合わせる。
「アデラ、手を」
エヴァンに手を差し出すように促されて、アデラはおずおずと差し出す。
エヴァンはその手に口づけを落とした。
ビクン! と人形が跳ねる。
「これは、効いてる……⁉」
「エヴァン様、お体には異変は?」
アデラはエヴァンの体をさする。
「どこもなんともない」
エヴァンはアデラを抱き寄せて、髪をすく。
人形の体が一部凹んだ。
「効いてる!」
「アデラ! 君のことが好ましい!」
「エヴァン様!」
エヴァンは思い切って一気に告白に近い言葉を言ってみた。
人形の体が激しく歪む。
「効いてるぞ!」
「危険です!」
エヴァンは喜色満面の表情をアデラに向ける。アデラはうかつな行動に思えて、非難の声を出す。
「とりあえずは、当面の安全は確保されたものと思われます。しばらくこの人形を観察しますので、これは預からせてもらいます。人形が再起不能なくらいに壊れれば効力がなくなるものと思いますので、またご連絡させてもらいます」
ウィザーズがびくびくと動いている人形をためらいなく掴んだ。
「では、後はお若いお二人で」
エヴァンとアデラを残して、他の人間は部屋の外に出た。
「アデラ」
エヴァンは嬉しそうにアデラを抱き寄せる。アデラはまだ恐れながらも、それを受け入れた。
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