名誉挽回の処方箋5

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 Plant Farm Online => Magical Kingdom Online

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 数秒のロード時間を挟んで画面に二足歩行のウサギのキャラクターが表示される。つぶらな黒目をパチパチとさせて、農夫の恰好をしたウサギが立ちポーズを決めている。なびくようにフワフワとした白毛には親近感を覚えずにはいられない。

 マウスをぐりぐりと動かしてみると、様々な角度からウサギのキャラクターを見ることができた。


「これでよし、と」


 面倒な初期設定はすべてデフォルトのままスタートボタンを押すと、花びらの舞う荘厳そうごんな城の挿絵ロード画面を挟んだ後、ウサギのキャラクターが森の中に立っていた。頭上には青い文字で「ムー太」と表示されている。

 否、よく見るとそこは森ではない。

 大きな樹木が生い茂っているけれど、その樹木一つ一つには窓があり、ドアがある。樹木の内部をくり抜き家としているのだ。二階や三階にあたる高さにまで窓がついている。内部は相当に広そうだ。

 樹木でできた家の前にはNPCが立っていて、看板には剣のマークや薬のマークが掲げられている。おそらく武器屋や薬屋なのだろう。視覚的にそれがわかるようになっている。


 ここはMagical Kingdom Onlineの世界。このウサギのキャラクターは、PFOでムー太が使用していた己の分身アバターを、MKO用にコンバートして持ってきたものだ。それは云わば異世界転移のようなもの。しかも互いの世界を自由に行き来できるパターンだ。つまり、この世界で蓄財した資産はPFOの世界に持ち帰ることができる。

 PFOで詰んでしまったのなら、MKOで挽回すればよい。私はムー太のキャラクターを使って出稼ぎにきたのだ。


 規模的には村にあたるのだろうか。たまに他プレイヤーとすれ違うが、人の姿はまばらだ。村を歩き回ってみたけれど、それほど広くもないようだ。

 京子の話では開始地点となる村は三つあり、種族ごとに決まっているらしい。ただし、私の場合はPFOからのキャラクター移行なので、開始地点はランダムになるとのこと。NPCの格好から見るに、どうやらエルフの里のようである。


「エルフの隠れ里ミストレアムね」


 エルフは排他的という設定があるらしいのだけれど、NPCに話しても邪険にされることはなく、チュートリアルクエストを受注することができた。

 材料を集めて持って来いという「お使い」と呼ばれるタイプのクエストだ。


 しかし、私はこのクエストを無視することにした。

 京子曰く、時間の無駄らしいのだ。さっさとモンスターを倒してレベルを上げて先に進んだ方が、時間効率が良いらしい。

 MKOでお金を稼ぐには、当然、プレイヤーレベルが高い方が絶対的に有利である。難易度の高いフィールド(狩場という)ほどドロップするアイテムの質は高くなり、取引される相場も跳ね上がるからだ。


 レベルが低いうちはお金稼ぎに頓着せず、十分なレベルと装備が整ってから高難易度の狩場に篭ってお金を稼ぐ。これが京子に貰ったアドバイスなのだった。


 私は早速、最初の狩場へ行くことにした。


「おっと、その前に」


 大事なことを忘れていた。

 キャラクターのステータス画面を開く。

 職業の欄をクリックすると、就ける職業一覧が表示される。

 MKOの仕様として、職業ジョブはいつでも好きな時に何度でも変えることができる。そして主人公の攻撃力/防御力などの基本ステータスは、すべて職業レベルに依存している。プレイヤーレベルで上昇するのはHPのみなので、職業を選択しておかないといくら敵を倒しても強くなることはできない。


 本来ならチュートリアルで選択する項目なのだけれど、私はスキップするので忘れずに設定しておかなければならない。


「京子のおすすめは、たしか拳闘士だったわね」


 高い攻撃力(火力と呼ぶ)と範囲攻撃を駆使して効率よく敵を倒すことができるらしい。

 ただし、反面防御力は低いので無理はしすぎないようにとのこと。


 最初の狩場――と言っても、ミストレアムから出てすぐの森林マップ。私はいきなりの苦戦を強いられることとなった。


「なんてことなの……これを倒すなんて無理」


 それは最初のマップに相応しい貧弱なモンスターだった。

 頭にお花を咲かせた球根のようなモンスターがぴょんぴょんと跳ねている。

 攻撃してくる素振りは一切ない。ただただ足元で、のほほんと飛び跳ねているだけ。


 これは非アクティブと呼ばれるモンスターである。非アクティブなモンスターは、プレイヤー側から攻撃を仕掛けない限り、決して襲って来ることのない無害な存在だ。


 平和主義者で無害な存在。そう、ムー太に似ている。


 これを攻撃するなど私には……


 ムー太のように無害なモンスターを、争いを好まないムー太のキャラクターを使って攻撃する。それは果たして許されるものなのだろうか。とても罪深い行為に感じる。罪に罪を重ねるようなそんな感覚。


 やっぱり、ダメだ。


 例えそれが、倒されるために配置されたモンスターであったとしても。たかがゲームのデータであったとしても。


「私にはできないっ」


 ガクッと肩を落とす。

 まさか初っ端からつまづくとは思わなかった。

 しかもこのような形で。


 私はより獰猛なモンスターと戦うため、より深いフィールドへ向かうことにした。

 レベル1の身分のまま。

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