モフモフ怪談「廃病院の噂」(怪ノ序)

 人間という生き物はとかく縄張りに関して神経質な動物である。

 彼らは自らの縄張りを侵害されないように、巣の周りを高い塀で囲うという一風変わった習性を持っており、特に奇異なのは縄張りの境界線が明確であるという点にあった。

 一般的に縄張りとはマーキングにより己の領分を示すものであり、その境界線はひどく曖昧なものになりがちである。そんな中、彼ら人間は臭いという不確かなものをよしとせず、仕切り塀を使って自らの縄張りを視覚的に主張しているようだ。


 その厳格な縄張りの境界線である塀の上は、猫にとって格好の通り道となっている。高所ということもあって外敵に襲われる心配のない一本道は、一軒家の密集する地区ではルートに事欠くことがない。

 尻尾をピンと立てて胸を張り、人間たちの縄張りを我が物顔で闊歩する。自由気ままな猫たちにとって、彼らの縄張りを侵犯することなど日常茶飯事だった。


 専用の通路を通って、クロがサンダースの兄貴の元へ辿り着いたのは、日も暮れようかという頃だった。普段はもう少し早く着いて、あわよくば昼飯にありつこうかという算段なのだが、生憎と今日は野暮用があったので遅くなってしまった。

 辺りでも一際大きな家だ。縄張りが広いということは、言い換えれば強者であるということだ。さすがはサンダースの兄貴を従える人間、というだけのことはある。数いる同族の中でも、飛び抜けて優秀なのだろうと想像できる。


 ぴょんとクロが中庭に降り立つと、そこには先日知り合った珍妙な奴がいた。白毛に覆われたまるい体は、一見して兎のようにも見える。加えてぴょんぴょんと飛び跳ねるので、クロは最初兎の仲間なのかと思った。しかし、奇妙なことにそいつには手足が存在していない。在るのは二本の触角らしきボンボンだけだ。

 見た目には人間に好かれそうな愛くるしい格好をしている。好戦的な性格ではないようで、ボンボンをぺしっと弾くと一目散に逃げていってしまう。けれど、そのへっぽこな姿とは裏腹に得体の知れぬ力を持っているようで油断がならない。


 先日、空間を歪めてみせたその魔力は、とにかく大きいものだった。無限に広がる海を目の当たりにした人間がその大きさを測り知ることができないように、クロから見たあの兎モドキの魔力は、ただ大きいとしか認識できなかった。

 ただ一つわかることは、あの莫大な魔力を直接ぶつけられでもしたら、クロの小さな体は一瞬でミンチ肉に変わるだろうということ。それが例え、猫科最強と目されるシベリア虎であったとしても結果は変わらないかもしれない。


 クロも一応は使い魔の端くれである。主人との契約によってその力の一部を分け与えられているので、異能の力を前にまったくの無力というわけではない。その力は主人を補佐する方向に特化しているが、戦闘能力もそこそこある。

 そのため、猫同士の喧嘩で負けることはまずありえないし、例え人間が相手だったとしても一対一の勝負なら勝つ自信がある。

 が、あのまるい奴と喧嘩になったら、正直勝てる気がしない。


 そのような強者が相手の場合、迂闊に刺激しないことが肝要である。間違ってもこの前みたいに、ボンボンをぺしぺし叩くことはご法度なのだ。

 しかしそう思う一方で、野生の直感があいつは自分より格下だと告げていた。

 猫社会の上下関係は個体の優劣で決まるが、必ずしも強者が上位に立つとは限らない。大事なのは、相手よりも自分の方が上だと知らしめること。そうすれば、力で勝る相手を従わせることも可能となる。


 その事を経験則で知っているクロは、強気で押していけば優位な立場に立てるという予感があった。頭の中に序列を思い浮かべてみても、サンダースの兄貴、クロ、まるい奴、となるのが妥当な気がする。それに尊敬する兄貴の下ならまだしも、よく知りもしない新参者の下に付くのはプライドが許しそうもない。

 そこでクロの取った作戦は、


「あくまで穏便に、それでいてさりげなく先輩風を吹かせるにゃ」


 スフィンクスのように構えたサンダースの前足の隙間に、挟まるようにしてまるい奴が座っている。その上へ顎を軽く乗せ、兄貴はおやすみ中のようだ。クロの接近に気が付くと、丸い奴が手を振るみたいにボンボンを揺らした。


 ぺしんっ。


「むきゅっ!?」


 考えるよりも早く、条件反射でぶっ叩いていた。

 早々に「穏便に先輩風を吹かせる作戦」は失敗に終わる。


 しかし、それは致し方ないことでもあった。目の前でチョロチョロ動くものがあると、反射的に手を出してしまうのは、悲しきかな猫の性なのだ。

 クロは内心で冷や汗をかいたが、こうなってしまっては開き直るしかない。しかし、黙っていては険悪な雰囲気になりそうだ。クロは軽口を叩いた。


「オイラの前で、そいつをピコピコ動かすにゃと警告したはずにゃーん」


「むきゅう……」


 幸いというべきか、予想通りというべきか、丸い奴は怒る素振りを見せるどころか、小さく縮こまってしまった。その反応はまさに弱者のそれであり、強者としての貫禄はまるで感じられない。

 先日見た光景は、何かの間違いだったのかとクロは首を捻る。


「オマエは本当に不思議な奴だにゃ」


「むきゅう」


 先ほどの忠告を守ってのことか、まるい奴はゆっくりとボンボンを動かして自分の頭の上をちょいちょいと指した。何かと思って視線を移すと、細長い触角に輪状の紐が括られ、その先に肉球サイズのプラスチック板が付けられていた。

 表面には「ムー太」と記述があり、裏面には人間の縄張りを示す住所が書かれている。

 そういえば、名前を教えたいのなら名札を用意して来いと言った覚えがある。


「にゃにゃ? オマエ本当に名札を用意してきたのかにゃ?」


「むーきゅ!」


「やっとわかったにゃ。オマエ、ムー太って名乗ってたんだにゃ」


「むきゅう!」


 名前を呼んでもらえたことが余程嬉しいのか、まるい奴――改めムー太はニコニコしている。やはり、悪い奴ではなさそうだ。

 しかし、気を緩めてはならない。このセカンドコンタクトは互いの上下関係を決めるための大切な場なのだから。


「ここがサンダースの兄貴の縄張りだってことは知っているかにゃん?」


「むきゅう」


 眠っているサンダースへの配慮なのか、ムー太はコクコクと控えめに頷いた。

 自分の縄張りだと主張されたらどうしようかと思っていたが、杞憂だったようだ。悪くない感触に目を細め、クロは続ける。


「ここはサンダースの兄貴を頂点とする、ある種のコミニティみたいなものにゃ。そこへやって来たオマエは新参者だにゃん。それはいいかにゃ?」


「むきゅう?」


 目をパチクリさせながらムー太は体をかしいだ。

 納得がいかないということだろうか。いや、意味が伝わらなかったのだろう。もう少し噛み砕いて説明する必要があるのかもしれない。


「簡単に言うにゃら、兄貴の縄張りに出入りを許されたオマエは、オイラたちと仲間だってことにゃ。同じ場所に集まってにゃんにゃんしている訳にゃから、それは理解できるにゃろ?」


「むきゅう!」


 今度はきちんと理解できたのか、ムー太は嬉しそうに何度も頷いてみせた。

 勢いのある返答にクロは気を良くして、


「とすると、にゃ。この場にやって来た順番は、オイラが二番目で、オマエは三番目。つまり、オイラの方が先にいて、オマエは後から来たってことになるにゃ。そして後から来て、日の浅い者のことを新参者と呼ぶんだにゃーん」


「むきゅう!」


「そして、ここからが大事にゃ。新参者は序列で言えば一番下。どんな世界でも、新入りは下っ端の雑用から始めるものだと相場が決まっているのにゃ。でも、オイラは心が広いから、雑用させたりはしないけどにゃ」


「むきゅう!」


「さっきから調子よく鳴いてるにゃが、本当にわかっているのかにゃ?」


「むきゅう!」


 心外だとでも言いたげに、ムー太は力強く頷くと胸を張った。

 その動きでサンダースの兄貴が目を覚ます。

 どこか腑に落ちないクロは、芝に腰を落ち着けるとひげをピクリと動かした。


「どうも肝心な部分が伝わっていないような気がするにゃ……」


 マウントを取られそうになれば抵抗するのが普通だ。自分の方が下だと言われて、どうして嬉しそうに笑っていられるのかクロには理解できない。もしかすると、上下関係という概念のない種族なのだろうか。


「むきゅう……?」


 クロが首を傾げたままの姿勢でいると、同じようにムー太も体を傾げて見せた。

 まるで、親猫を真似ることで生きる術を学んでいく最中さなかの子猫のようだ。

 親猫と子猫なら、もちろん親猫の方が序列は上だ。悪い気はしない。


 ここまでのやり取りを総合して、クロは結論付ける。

 どうやらムー太は、気弱な性格であることは間違いないらしい。確かに、力はあるのかもしれないが(というより、本当に力があるのかすらも疑わしくなってきたが)、相対する者へ立ち向かおうという意気地をまるで感じられない。ボンボンを軽く攻撃されただけで逃げ出してしまうのは、臆病なゆえからなのだろう。


 だったならば、少し怖がらせてやるのも一興ではないかとクロは思った。そうすれば不安に駆られたムー太は、自分のことを兄貴と慕い、頼ってくれるようになるかもしれない。それはどうにも愉快なことのように思える。


 日は傾き、辺りは闇に包まれつつある。

 好都合だとばかりに怪しく笑みを浮かべ、クロは一歩前へ出た。


「一つ、面白い話をしてやるにゃん」


「むきゅう?」


 改まった口調に興味を引かれたのか、ムー太が食いつくようにして身を乗り出した。夜目を利かせた琥珀の瞳をギラリと光らせ、クロは咳払いを一つ払った。そして十分に間を空けることで雰囲気に重みを乗せると、とつとつと語り始めた。


 それはこのような内容だった。


 ここからしばらく歩いた所に、今はもう使われていない廃病院がある。

 当然、閉鎖された病院に人が住んでいるはずもなく、院内は無人で荒れ果てているのだという。病院の顔であるはずの正面玄関は、なぜか昼間でも薄暗く、どこか陰気な雰囲気が漂っているらしい。

 近隣住民の間では、お化け病院などと呼ばれ、幽霊が出るとの噂が真しやかに囁かれている。ある夏の晩、そんな噂を聞きつけてか、近隣の高校生グループが肝試しに訪れた。


 男子三名、女子三名の計六名。このイベントは、遊園地のアトラクションぐらいの気軽な感覚だったのだろう。遊び半分で廃病院を訪れた彼らは、意中の女の子の手前もあってか、いつも以上に気が大きくなっていた。

 少年たちは、寄り添うようにして震える女の子たちに向かって、しきりに自分は怖くないぞとアピールを続ける。中でも一際小さな少年は、しつこいぐらいに「怖くない」を繰り返していた。遠目にその成り行きを観察していたクロは、あの小さい奴は虚勢を張っていると思ったらしい。


 その虚勢を見抜いてのことか、あるいは当てずっぽうか、少年の一人が言った。


「おまえ、本当はビビってんだろ」


「は? なワケねーじゃん」


 挑発された小さな少年は、激昂しているようだった。その様子を他の少年二人は面白がり、挑発の言葉はエスカレートしていった。すると、小さな彼は何を思ったのか、突然、地面に落ちていたコンクリート塀の破片を拾い上げ、正面玄関の自動ドアに向かって投げつけた。

 不思議と、ガラスの割れる音はクロの耳に届かなかったらしい。それは異界の門を開いたせいだと、クロは言う。

 小さな少年は、異空間にぽっかり空いた穴を足蹴にし、人が通れるほどの穴にまで育てあげた。そして彼は、一同を見回して、無言のまま中を指差した。

 行くぞ、ということらしい。


 男子たちは渋面を作り、困惑を浮かべた。しかし、先に挑発した手前があってか、断るという選択肢を取れなかったようだ。不承不承ながら、小さな少年の後に続こうとする。

 一方、女子たちは「絶対にやだ」と口々に言っていた。しかしクロは、三人のうち一人に関しては、実のところ乗り気なのだと思った。嫌だという言葉とは裏腹に、唇が笑っていたからである。

 その女子は、男子からの説得に二度ほど拒否の姿勢を示した後、仕方ないという風を装いながら、残りの女子を説得し始めた。そして結局、一同は一人も欠けることなく院内へと踏み込んでいったのだそうだ。


 クロは待った。廃病院の真向かいにあるブロック塀に腰掛けて、事の顛末がどうなるのかを見届けるために退屈しながらも待ち続けた。

 十分、二十分と時は過ぎた。三十分に差し掛かろうかという頃、血相を変えた少年少女たちが廃病院から転がるようにして出てきた。その顔は皆一様に蒼白で、二本の足で立つことができない者までいたんだとか。


 さて、内部で何が起きたのかは語り部であるクロにもわからないそうだ。


 ただ奇妙なのは、行きと帰りでその人数が異なっていたこと。

 一、二、三、四、五…………。何度数えても同じ。

 一人、足りない。

 一、二、三、四、五…………。男子三名、女子二名。

 女の子が一人、足りない。


 そして人数が足りていないにも拘わらず、その場にいた全員が、逃げ遅れたとみられる女の子の事を気にかける素振りを見せなかった。あまつさえ「全員無事だな」などと言い残し、早々に逃げ出す始末。


 クロは呆れた。

 そして好奇心から、最後の一人が出てくるのを一晩中待ち続けた。

 しかし、結局誰も出ては来なかった。


 果たして、女の子はどうなったのだろうか?

 廃病院の中で気を失っただけで、次の日には脱出したのだろうか。それとも、異次元に飲み込まれて、その存在ごと皆の記憶から消し去られてしまったのだろうか。もしかすると、彼女は初めからこの世の者ではなく、少年少女らに取り憑いていた幽霊だったのかもしれない。


「結局、真相は今でもわからないままにゃ」


 最後にそう言って、クロは話を締め括った。

 ――否、ここで終わりとすれば良かったものを余計な一言を付け足した。


「何にゃら、案内してやってもいいにゃ。オマエにその勇気があればの話にゃが」


「むきゅう!」


 弾むような鳴き声が返り、自らの語り口に酔いしれていたクロはぐっと現実へと引き戻された。水を差されたことに少しばかり気分を害し、俯き加減だった視線をすっと上げる。ムー太の黒目と目が合った。


「――――?」


 ムー太はじっとクロを凝視していた。その黒目はキラキラと輝き、興味津々といった様子。その輝く瞳から読み取れるのは「本当に連れて行ってくれるの?」という希望の光。それも厄介なことに、その光の中には尊敬の念さえも交じっているようである。(自称兄貴分としては無下にできない)

 事前の予想では、気弱なムー太は怪談話に恐れおののくはずだったのだが……。


 ――困った事になった。


 端から廃病院へ案内してやる気などクロにはさらさらない。

 話して聞かせた怪談話は、細部の脚色を除けばほぼ実話なのである。あの廃病院は、本当に危険な場所だと思っていいだろう。「案内してやる」との提案は、怖がるムー太が拒否することを織り込んで、自分の方が勇敢だという姿勢を見せ付けるため言ったに過ぎない。


 だと言うのに、ムー太は怖がる素振りを見せるどころか、のほほんと構えてニコニコしてしまっているではないか。完全に舐められている。お前の怪談話はまったく怖くないぞ、と言われたも同然だ。クロは歯噛みした。

 そこで一つの疑念が脳裏をかすめる。


 ――気弱な性格は擬態フェイクだった。


 ゾッと背筋が凍った。人畜無害そうなゆるい顔で油断を誘い、実は巧妙に隠された鋭い牙を持っている。背中を預けたら最後、背後からがぶっと噛み付かれる。それこそが魔に属する者、魔物の本性なのだから。

 もっとも、それは現実に相対するムー太と余りにも掛け離れすぎた想像イメージだったため、すぐにクロの思考から消え去った。


 そして最も安易かつ、説得力のある解答へ辿り着く。

 それは無知から来る危機回避能力の欠如。ムー太は、幽霊がどのような存在か理解できていないから怖くないのだ。異世界へと通じる廃病院に入ることが、どれだけ危険な行為なのか理解できていないから行ってみたいと思うのだ。


 ならば話は簡単だ。生まれたばかりの無知な子猫に生きる術を教えてあげるのと同じ。幽霊とは何か、異世界とは何か、そこに潜む危険性……それらの話を交えながら、身に危険が迫っていると脅かしてやればいい。恐怖の片鱗を肌で感じ取れれば、本能が勝手にストップを掛けてくれるはず。


「オマエ、本当に理解しているのかにゃ? 幽霊ってのは死んだ人間が成仏できずに動いてる奴のことをいうにゃぞ。命を落として動き続けるにゃんて、自然の摂理に反しているにゃ。すごーく怖い存在なんにゃ。だからにゃ……」


「むきゅう!?」


「なんで嬉しそうなのかにゃ……。廃病院に行くということは、当然中に入るという意味にゃぞ。ピクニック気分では困るにゃ、覚悟がないのにゃら……」


「むきゅう!」


「にゃ、覚悟はあると言いたいのかにゃ。でもにゃ、オマエは一つ大事なことを忘れていると思うにゃ。あの廃病院はもしかしたら、別の世界へと続いているかもしれないにゃ。異世界にゃ、異次元にゃ、帰って来れる保証はないにゃ。忘れていたというのなら、それは仕方のないことにゃ。今回ばかりは目をつむって……」


「むきゅう!!」


「にゃにゃ、やる気満々かにゃ。しかし、今一度よく考えてみるにゃ。一歩を踏み出すのは簡単にゃけど、必ず後戻りできるとは限らないにゃ。遠足っていうのはにゃ、家に帰り着くまでが遠足だにゃん。無事に帰宅できて初めて、良い思いでになったねって笑えるってことにゃ。今回のケースに当てはめると……」


「むきゅう!!!」


「昔の偉い人は言いましにゃ。君子危うきに近寄らず――自分の行動を慎み、危険には近寄るなって意味だにゃ。つまりだにゃ……」


「むきゅう!!!!」


 その後も一向に話が通じることは無かった。

 思わず、小さな口からため息が漏れる。


 あの手この手で脅かしてみても、まったくの無駄骨。骨折り損である。しかも皮肉なことに、忠告を受けるたびにムー太のテンションがどんどん上がっていくようなのだ。百面相を作って驚きを表現しては、早く行こうと言わんばかりにまるい体をゆさゆさと揺らしてくる。


 ――その正体は、貪欲なまでの好奇心。


 理解が追いつき、同時にクロは天を仰いだ。


 もはや、退路は断たれた。否、自らの手で退路を断ってしまったのだ。

 ここまで話を引っ張っておいて、冗談だったでは済まされない。その言い訳が通用したのは、口を滑らせた直後のみ。ここで「やっぱり連れて行けない」などと言えば、兄貴分としての面目は丸潰れだ。


 身から出た錆。

 虚勢を張った少年と同じ末路を辿ろうとしていることに、この局面にまで追い詰められてからようやくクロは気が付いた。その内面を気取られないよう、クロには精一杯強がってみせることしかできない。


「仕方のない奴だにゃ。少しだけにゃぞ、わかったかにゃ?」


「むきゅう!」


 るんるんと跳ねるムー太を引き連れて、クロは廃病院へ向かうこととなった。

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