第24話:モフモフと占い師
砦を改築した冒険者ギルドの一階。
入ってすぐの受付カウンターを通り過ぎたところに、冒険者同士の交流を目的とした円卓が複数設けられている。営業時間を迎えた冒険者ギルドにはぽつぽつと人が集まり、賑わいを見せ始めていた。
円卓ごとに風変わりな冒険者たちが集まり、酒を片手に談笑している者までいる。どこまでも自由気ままな冒険者たちの中、その注目を集めているテーブルがあった。
注目の先にあるのは丸くて白い毛玉。と、それを抱く少女。
円卓に向かい合う形で腰を下ろし、自分たちが注目を浴びていることなど露知らず、七海が今までの経緯をアヴァンに説明していた。ムー太の役目はといえば、話の合間に「むきゅう」と相槌を打つことぐらいである。
赤竜を討伐した話になると、アヴァンは疑うどころか目を輝かせながら聞き入っていた。その疑うことを知らない彼の態度に、七海はまんざらでも無さそうだ。
そして、アヴァンが感嘆の声を上げる度に、ムー太は誇らしげに胸を張り「むきゅう!」と称賛するように鳴くのだった。
一通りの説明が終わると、アヴァンが確認するように訊いた。
「つまり、死の山脈で冒険者が姿を消した原因を俺が調べてくることになったんだな。その護衛をナナミが請け負ったから、一緒に冒険をすることになった……と」
「うん。もちろん、断る権利はあるわけだけど」
「なっ!? 断るわけないだろ。夢にまで見た……いや、こんなにワクワクする冒険は久しぶりだ」
「そう、よかった。やっぱり一緒に旅をするなら、信用できる人じゃないとね」
その言葉が余程嬉しかったのか、アヴァンの顔がパッと明るくなった。
「俺も、ナナミと冒険してみたかったんだ。それで出発はいつだ?」
「うん。余り長くはルカスに滞在しない方がいいってギールさんが言うから、長旅の準備を整えたら出発しようと思うの」
そう言う彼女の足元には、軟体動物のようにぐにゃりと歪んだリュックサックが置かれている。その骨格を成していた魔物から得たのであろう戦利品の数々。それらはすべて、冒険者ギルドに売却されたため、今では簡易的な調理器具類と僅かな保存食しか残っていない。
売却して得たお金で、アヴァンから借りていた(と七海は思っている)の貨幣も、腕輪と合わせて返却することができたのだった。
なにはともあれ、今後の憂いはなくなり、七海の懐は暖まった。その恩恵を享受できるムー太もまた、心なしかほくほく顔である。
そのような裏事情を背景に、七海が言った。
「まずは今使ってるボロボロのリュックサックを下取りしてもらって、新しい鞄を買いたいかな。荷物が少なくなったから、今度はもう少し小回りの利くやつ」
力強く頷いたアヴァンは、唐突に立ち上がり自らの胸を叩いて見せた。
「そういうことなら、街の案内は任せてくれ。ルカスは広いから一軒一軒探していたら大変だ。しかしその点、俺なら街を熟知しているから迷うことなく案内できる」
その力強い宣言に、周囲の群衆が「おお」とどよめいた。そこで初めて、二人は周囲から注目を浴びていたことに気がつき、気まずそうに視線を彷徨わせる。
たくさんの視線に晒されて怖くなったムー太と、萎びたリュックサックを拾い上げ、赤面した七海が言った。
「それじゃ、お言葉に甘えようかな。なんだか落ち着かないから、もう行こっか」
「あ、ああ……そうだな」
二人は逃げるようにその場を後にした。
◇◇◇◇◇
馬車が悠々とすれ違うことができる広い道、その両脇には大型店舗が立ち並ぶ。
第二エリアは商業地区とも呼ばれ、品物の売買が積極的に行われる地区である。ルカス大通り沿いには、大衆向けの量販店が並んでいるが、掘り出し物を探したい場合は、他の大通りや路地裏に入る必要があった。
他の大通りは、ルカス大通りから枝分かれする形で複数存在していて、左右に分かれた道は、エリア内をぐるりと一周する形で走っている。ルカス大通りが街を十字に四等分するのに対し、他の大通りは円を描くようにエリア内を輪切りに区切っているのが特徴だ。
そんな話を道案内がてら、アヴァンが話して聞かせてくれた。
ムー太にはよくわからなかったけれど、保護者である七海はきちんと理解していたようだ。第二エリアのルカス大通りを歩きながら彼女は確認するように訊いた。
「つまり、他の大通りは街の中心から同心円状に区切られているんだね?」
「その間を細い路地裏が繋いでるイメージだな」
「何かバームクーヘンみたいだね」
「ばーむくーへん? 貴族の家名か何かか?」
「むきゅう?」
首を傾げるアヴァンと、胸の中で体を傾けるムー太。二人に見つめられて、七海が少しばかり苦笑いとなり、
「甘いお菓子なんだけどね。知らないよね」
「むきゅう!」
嬉しそうにムー太が鳴いたのは、もちろん、『甘い』『お菓子』という単語に反応したからだ。おねだりするように、ボンボンをふりふりしてみる。
「ごめんね、ムー太。私、作り方知らないんだよね」
「むきゅう……」
「地方によって、菓子の文化も千差万別というからな。旅を続けていれば、その内食べれる日もくるだろう」
気の利いたフォローを入れてくれたアヴァンを見上げて、ムー太は目を輝かせながら頷いた。体を動かすと、いつも以上に柔らかな白毛が揺れる。昨夜、お風呂で汚れを洗い落としたおかげか、綿のように体が軽くなったのだ。
風に吹かれてフワッと舞う毛先。
それを視界に収めて、七海の食指が動く。フカフカの体毛に磨きがかかり、倍増したモフモフを彼女が放っておくはずがなかった。
白毛に顔を
名残惜しそうに顔を離し、彼女が笑顔で言う。
「そうだね。いつか一緒に食べようね」
約束代わりの握手を交わし、ムー太も笑顔になる。
その時、ふいに七海が歩みを止めた。一段と大きい喧騒がムー太の耳に届く。
そこは十字路だった。ルカス大通りから枝分かれする大通り――看板によると、フィレンツフ大通りというらしい。
緩やかなカーブを描きながら奥の方へと伸びる石畳の道。地平線の先へではなく、乱立する建物の中程へ弓のように撓った道が食い込んでいる。
フィレンツフ大通りには商店も並んでいるが、それ以上に目を引くのは、ぎっしりと敷き詰められた露天の多さにあった。その周囲には人垣ができていて、ルカス大通り以上に、喧騒と活気に満ちていた。
中央には馬車がぎりぎり一台通れるぐらいのスペースしか空いていない。その人混みに入るのを七海が躊躇していると、アヴァンが肩をすくめて嘆息した。
「まだ店を持つに至らない商人たちが、隙間を見つけては露天を開くからな。ルカス大通り以外は、どこもこんな感じさ」
「す、すごいね……。あの辺なんて、店の入り口が埋まりそうなぐらい露天が密集してるし……。文句言われたりしないのかな」
「その辺はお互い様って考え方らしいぞ。他の都市から遠路遥々やってきた商人とかもいるから、無碍に扱うことは好ましくないのさ」
「うーん、ショッピングを楽しみたい気持ちはあるけれど……」
雑踏に浮かぶ露天群を見て、七海はため息をつく。
布を敷いた上に直接商品を並べる簡易的な露天。簡素なテーブルを持ち込み、聖域を確保してから商売に励む露天。木製の四角い箱に車輪を付けて、移動を可能とした屋台型の露天。
大小も様々、形式も様々、掲げるのぼり旗の配色も様々。
数え切れないほどの露天が、見渡せる限界ぎりぎりまで敷き詰められている。そして、その隙間にねじ込むように人、人、人の波。
この流れに乗って商品を探すのは、なかなかに骨が折れそうだ。人が大勢いて怖いので、ムー太もあまり乗り気ではない。
「ルカス大通りとの交差路は特に混雑がひどいんだ。奥の方へ行けば、もう少し落ち着つくからそこまで我慢だな」
「そうだね。旅支度を整えちゃわないと!」
腕まくりをして気合を入れる七海。
そんな彼女をちらちらと盗み見ながらアヴァンが言う。
「よし、まずは新しい鞄を買うんだったな。馴染みの店があるから紹介するよ」
「うん、お願い。自力で探してたら日が暮れちゃいそう」
案内役を買って出るアヴァンに、七海が苦笑で応じる。早速、雑踏に踏み入る二人。すると、すぐに胃袋を刺激する炭火の良い匂いが漂ってきて、ムー太が興味深そうに鳴いた。
「むきゅう」
一行は、いきなり道草を食うハメになった。
◇◇◇◇◇
黄昏に差し掛かり、空が赤焼けに染まる。
石家が並ぶ狭い路地裏。細長い道が伸びるだけの殺風景な通路。空を見上げれば、長方形の窮屈な空だけが見える。限りなく赤に近づけた橙色の光が路地に差し、ムー太の白毛も真っ赤に染まる。
胸に抱かれたまま、空をぼーっと見上げるムー太。雲一つない空は、遠近感のないのっぺりとした赤一色の世界だ。眺めていると吸い込まれてしまいそうな錯覚を受ける。それが少しだけ怖い。
と、黄昏るムー太の体をぐにぐにと弄り、七海が不満を口にした。
「もー、ムー太ったら! 何でもかんでも興味を示すから、なかなか買い物が進まなかったじゃないの!」
「むきゅう……」
ようやく買い物を終えて、雑踏から抜け出し、路地裏で一息つけたのがついさっきの出来事。途中、面白そうなものを見つける度、ムー太が興味深そうに騒ぐものだから、旅支度は難航を極めたのだった。
もっとも、ムー太の要望を無視すれば良いのだけれど、彼女はムー太に甘いので、そのすべてに付き合う形となってしまった。結果、丸一日が費やされたのだ。
一日中フィレンツフ大通りを歩き回った七海とアヴァンは、人混みを避ける心労も重なってか疲労困憊の様子。地べたに座り込み、意気消沈という風にうな垂れている。
それでもアヴァンは、力なく笑いながらフォローしてくれた。
「まぁ、観光も兼ねたと思えば、それほど悪くないだろう」
「うーん、それもそうね。疲れちゃったけど、いい思い出になったかも」
「むきゅう!」
ちなみに、ムー太は抱かれているだけなので、まだまだ元気だ。ぐったりする二人との間に、温度差がある感は否めない。しかし、そんな事はお構いなしに、ポヨンポヨンとはしゃぐのがムー太流である。
「もう、仕方のない子ね。そこがまた、可愛いんだけどね」
「まさに愛玩動物って感じだな。それはそうと、暗くなる前に帰るとしよう。買ったばかりのランプを使う訳にもいかないだろう」
疲れた体に鞭打って、アヴァンが立ち上がる。それに頷きを返し、七海が腰を上げたのでムー太の視界も上昇した。
七海の購入した品物の数々は、肩かけ鞄に収納されていて、そのベルト部分は彼女の胸元を通って腰へと伸びていた。ベルトの硬い感触は、ムー太のお尻にも食い込んでくる。ムズムズと不思議な気分だ。
闇に沈みつつある路地裏には、疎らにではあるが露天がポツポツと存在する。
その中に、一際異彩を放つ露天が在った。
路地裏に漂う陰なる雰囲気。夕闇に沈もうかという路地の中、闇に同化するようにその露天は佇んでいた。
小テーブルの上には、何も商品が並んでいない。深紫の衣装をまとった店主と思しき人物は、華奢で小柄な女性のように見えるけれど、薄地の布で顔を覆っているため性別の判別がつかない。立て看板には『占い 銅貨三枚』と書かれていた。
目の前を通り過ぎる折、アヴァンが足を止めて、
「占いか。女の子はこういうの好きなんじゃないのか?」
青の瞳を占い師へ向けて、暗黙のうちに占いを薦めようと促すアヴァン。それを受けて、七海は気のない素振りで応じた。
「うーん。未来予知系の魔法って、聞いたことがないんだよね」
そのまま七海が通り過ぎようとしたところ、クスリと笑うような気配が占い師から発せられた。薄地の布の下、薄っすらと見える唇が僅かに動く。
「占いは魔法ではありません。神から与えられた第六感とでも申しましょうか。お疑いでしたら、一つ占って差し上げましょう。納得がいかないようでしたら御題は結構ですので」
透き通るような女性の声で占い師はそう告げると、袖口からカードの束を取り出した。それらを無言のまま机の上に並べていく。
「せっかくだし、占ってもらったらどうだ? この機会にナナミが何者なのか知れれば、俺は嬉しいんだけどな」
冗談交じりにそう言うアヴァンだけれど、その顔は真剣そのものだった。
占い師は頷き、並べられたカードの上へと手を翳した。すると、カードがひとりでに動き出し、空に浮くとシャッフルされ始めた。
それを見て興味を引かれたムー太が、ぽふぽふと頬を叩いてアピールするものだから、七海の方も無視して立ち去ることができなくなった。占い台へと歩み寄り、
「わかりました。占う内容は……お任せします」
占い師は無言のままで再び頷き、両手を掲げて見せた。その動きに合わせて、シャッフルされていたカードたちが、規則正しく整列を始める。一つにまとまり山となったところで、
「では、あなたが何者なのかを占いましょう」
山の上から一枚を手に取り、裏にしたまま机の上に置く。
再びシャッフルが行われ、同じようにカードが積まれて山となる。その一番上のカードを手に取り、裏にしたまま机の上に置く。その作業を繰り返していき、五枚のカードが裏向きで机の上に出揃う形となった。
「最初の三枚には、その人の特色が現れます」
占い師は言いながら、カードを一枚ずつ表返しにしていく。
「一枚目が希望のカード、二枚目が正義のカード。これはまさか……」
興奮からか、占い師の声が上擦りを見せる。
「そして、三枚目は……やはり名誉のカード! 驚きました、これは『英雄』の相に他なりません」
素直に感嘆してみせるアヴァンとは逆に、七海は至って冷静なまま訊いた。
「英雄……か。じゃあ、他の二枚で何がわかるの?」
「残りの二枚は、あなたの未来を暗示します。おそらく、あなたが偉業を成し遂げる輝かしい未来が、結果として出ているはずです」
そう言って、占い師は残りのカードを捲る。その絵柄を見た途端、占い師は硬直した。相変わらず布越しの顔を窺うことはできないが、しかし今、確実に動揺を浮かべているのが伝わってくる。
残りのカードは二枚とも、絵柄のない黒塗りのカードだった。
「そんな……嘘でしょう? 闇のカードが二枚だなんて、これは一体……」
動揺からか占い師の声が震えている。
意味のわからないムー太を含めた一同が、眉をひそめて疑問符を浮かべる。
代表して七海が訊いた。
「どういうこと? よくない前兆?」
占い師は頷き、申し訳なさそうな声色で言った。
「闇は前途多難を表しますが、通常はもう一枚のカードに、どのような苦難が待ち受けているのか出るものです。しかし、二枚とも闇というのは、不吉を予感させながらも未来が見えないということです」
「つまり、何かが起こるから気をつけろってこと?」
「はい、そうです。しかし、英雄の相が出ている以上、偉業を成し遂げることは確実なのです。普通は、その時期や内容が暗示として出るのですが……」
「なるほどね。思ってたより楽しめたかも」
「これでは何もわからないのと変わりません。ですので、御代は結構です」
肩を落として落ち込む占い師。どうやら、これ以上わからないのは本当らしい。しかし、七海は懐の布袋から金貨を一枚取り出し、机の上に置いてから言った。
「英雄として崇められるよりも、この先に危険があるから気をつけろって、警告されたほうがよっぽど有益な情報だよ」
満足げに頷いてみせた七海は、ムー太のお腹をなでなでしながら踵を返した。その背中に占い師が待ったをかけたけれど、彼女は振り返らないままその場を後にした。その後ろをアヴァンが慌てて着いてくる。
「いいのか? 金貨一枚も払っちまって」
「英雄としての偉業がすでに過去のものだったとしたら、ああいう結果になるのは不思議じゃないと思わない?」
意味深なセリフに興味を引かれたらしく、アヴァンは早足に前方へと回り込み、行く手を遮ると懇願するように言った。
「どういうことだ? 詳しく教えてくれ」
「むきゅう」
ムー太も興味を引かれたので、ボンボンをすりすりと擦り合わせながら、お願いのポーズを取ってみる。好奇心旺盛な二人にお願いされて、七海は困り顔で頬を掻いた。そして、悪戯っぽい笑みを浮かべてアヴァンを見上げると、
「もしも私が、異世界から来たんだって言ったら、信じてくれる?」
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