絡繰人形:弓曳童子我楽 弐

「――おれのご主人、探しちゃアくれねェか」

 我楽は、薄い木片によって組まれた絡繰の眼筋を動かした。笑ったのだ。

 歯車がぐしゅうと歪んでいる。眼球の周縁は菌糸のようなものを張り巡らせ白濁した水晶が嵌め込まれており、それがえも言われぬ肉の感触を演じていた。

 漸蘭は後ずさりかけた足を、すんでで止めた。

「……ご主人、というのは?」

「そのままの意味だァね。《人形》にはそいつを遣う《人形遣い》が必ずひとり要るのサ。『小芥子こけし』だって、どこかに本体の《人形遣い》が胡坐あぐらを掻いてやがるはずなんだが……一つだけ例外ためしのそとがある」

 おれだ、と。自らの絡繰が覗くおもてを、我楽は義手にて指さした。

 こつこつと歯車が木材と触れ合う、硬質な音が響く。

「おれだけは、どォしてだか……自分で考えて、自分で動ける。こんな針金と木細工の寄せ集めの身体で、おかしいと思わねェかい? おれ自身にさえ、おれがどうやって動いてるか解んねェんでさァ」

 漸蘭の思考は、そこで止まった。

 確かに、この我楽という男は畢竟つまりひとではない。絡繰の面相からそれは明らかなことのように思える。だが同時に、弓曳童子我楽を名乗る《人形》が何者の意思にも縛られていないのだとすれば。

「……主人など、きみには不要なのではないか?」

 だが我楽は耳許の窪みに釦を押し込み、

「逆サ」

 ぱちり、と褐色の皮膚を綴じた。

「考えてもみておくンなよ。ヨソの子供じゃりがみィんな振り回してる親のお手々を、自分だけが握ってないって解ったときの気持ちをさ」

 我楽は、そう独り言ちて、また笑った。吾子あこのような笑みだった。

「オネェサン。縛られないってのも寂しいモンだぜ……」

「だから、自分を縛る『主人』とやらが欲しいのかい」

「そういうこと。マ、どれもこれも『小芥子』を見付けてからだァね」

 そう言って我楽は、眼前の『小芥子』――その中に在る肉塊を見つめた。

 確かに、我楽はこの『小芥子』を操る《人形遣い》に心当たりがあると云っていた。《人形遣い》をこれほどに知る、彼はいったい何者なのだろうか?

 まるで《人形》とは思えぬ飄然とした様相で、我楽はにィと笑う。

「『小芥子』のトコまで案内するぜ、オネェサン。江渡観光と洒落込もう」


                  +


 日本橋人形町にんぎょうちょう。江渡三大歌舞伎座のひとつ、真村さなむら座。

 漸蘭はあたりを見渡す。真村座の歌舞伎小屋はとりわけ演台が広く、躍動感のある『巳六由縁影芭蕉みろくゆかりのかげばしょう』『連々虎れんれんこ』などの演目が連日披露されるはずだったが、今その夜はしん瞑目めいもくしていた。

「何故歌舞伎座に?」

「あの『小芥子』の量を見たロ。それに、自分の戦いの為に『小芥子』を隠す場所が必要なはずさね……だが、江渡のせめェ土地柄でンなだだッ広い場所はそうそうお目にかかれねェ。蔵なんぞに詰めようにも警邏の目があらァな。なら、答えはひとつだ。幕府が営む場所の外に『小芥子』を隠せば良い」

「……そう考えて、我々も江渡の三大歌舞伎座は散々調べたよ。小芥子の小の字一つ出てこなかったがね」

「そこだよ。《人形》にはそれぞれ、何かを“操る“ための《仕掛しかけ》がある。例えばおれは自分の武装がわをがちゃがちゃ弄り回せるし……これまで会った《人形遣い》には、妖術みたいなことする奴等も沢山いたネ」

「では、その《仕掛け》を使って己の身を隠蔽していると?」

「多分な。だから、直接戦って敵の《仕掛け》を見定める必要がある……生憎と、『小芥子』遣いの輩に前会った時は敵じゃあなかったんでね」

 漸蘭は直ぐにでも『小芥子』の遣い手のもとに駆け付けたかったが、案内役の我楽が『夜を待て』と頑として譲らなかったのだ。だが、我楽の話を聞いた今となってはその決定も肯(がえん)ずることができる。最も漸蘭自身も民草の中で刀を振るうことは気が進まなかったので、これはむしろ我楽に助けられた形になると言えよう。本来ならば、人形町の周辺は、江渡三大歌舞伎座のひとつである真村座の営業により、夕刻まで寿司や天婦羅などの屋台が賑わっているはずである。

 『小芥子』の件を重くとらえた警邏が、幕府伝いで市井に御触れを発布し、民草は余儀なく早々に床に就いたのだ。

「くわえて、三大歌舞伎座のうち残り二つ……刃暮はぐれ座と眩馬くらま座にもそれぞれ第七警邏の副長と陰陽寮の史生ししょうが向かってる」

「エエッ。そいつら、『小芥子』に会ったら死んじまうんじゃねェのかい」

さわりはないよ。彼ら、ちょっと変な術を使うから」

 漸蘭は見て御覧と、歌舞伎小屋の定式幕を指さした。

 我楽は首を捻りながら漸蘭が示した箇所に猫背でひょこひょこ歩いて行く。

 そのまま栴檀の指を器用に蠢かせ、定式幕の裏に貼られていた白い紙片――『庚申』と記された符札をぺらりと捲った。

「……こりゃア、人祓ひとばらえの結界かい? 粋なことするネ」

 歌舞伎座に垂らされる定式幕のような“垂幕“にはもとより、外界と内界を区切る作用がある。その作用に乗じて、境界を区切る塞神の機能も有する庚申塔に見立てた簡易的な符札による、人払いの結界を完成させているのだと漸蘭にも推測できた。

「陰陽寮は仕事をしたようだね。胡散臭いが、実のところ効能というのはあるらしい。この小屋の中で何が起こっても民草は『気にしない』ようになっているそうだ……私は未だにまじないなんて信じてないけどね」

「信じるってのは案外馬鹿にできんモンだぜ。《人形遣い》は魂がない人の形を模しただけのを《傀儡くぐつ》って呼んでる。これがどういうことか解るカイ」

 漸蘭は手を止めて考えた。我楽たちは魂の宿らない人形を、《傀儡》と呼ぶのだという。そういうものを、峻別するための言葉があるならば……

「……逆説的に、きみたち《人形》には、真に魂が宿っていると?」

「当たり。人形造りの半分は、そいつに魂があると信じることからサ」

「では、もう半分は?」

「祈るのサ。神様ってやつにね」

 我楽は道祖神の効能が込められたという庚申符を元の位置に戻した。

「信じて祈る。在ると解らねェモンを、在ると信じる。おれたち《人形》にはまるでねェ機能だ……だって《人形》の神は《人形遣い》なんだからナ。だから人形には、けっして人形を作ることはできねェって寸法ヨ」

初端はなより確かであるからこそ、信じるまでもないということかな」

「そういうこと。……生憎、やっこさんは良い神様じゃなかったみたいだがね」

「なに?」

「来るぜ、オネェサン」

 我楽の目付きが剣呑の色を帯びる。天井の梁に視線が移った。


「――【頸禿げても浮気はやまぬ 止まぬはずだよ先がない】」


 唄。七・七・七・五の音律が、艶やかな節で回る。

 漸蘭は反射的に抜刀し、刀身を肘に添わせるよう逆手に構える。無骨かつ異形な、しかし修練に下支えされた仕草だった。

 その一瞬を欠けば、間違いなく漸蘭の首は飛んでいただろう。


 ――漸蘭の刀に、鉄線が食い込んでいる。

 彼女の頸元の近くで肘に沿わせた刀身と拮抗し、その生白く艶やかな首筋を食いちぎろうとちりちり震えているのだ。

 刃と鋼線が食い込み、火花が舞う。

 漸蘭は反射的に、脇差を左手で晒しの下から抜き放っていた。

 過たず投擲。我楽の視線の先。

 走った紫電は、しかし先程と同じく空中に滞留するなにかに阻まれる。

 軽い木を削るような乾いた音が間抜けて響いた。

 その一瞬。我楽が両の腕を振り乱した。

「――矢、ッ!」

 ぎゅん、がごん!

 演台の暗闇に火線が爆ぜる。

 我楽の双手より放たれた影が、同じく漸蘭の両脇に滞留していたなにかを撃墜した。同時に、漸蘭の刀に食い込んでいた鉄線もぱたりと落ちる。

 漸蘭は寸時、我楽をる。

 彼の双腕は、その両方が――化け物じみたに形を変じていた。

 雷にも似た匂い、硝煙の残渣が漂っている。

「その腕は――」

「隅田川には行ったことねェかい? こいつは特別製でネ。実包でも鼠玉(※大音響で獣を追い払う弾丸)でも六尺玉でも何でも御座れさ」

 間違いない。我楽はこの火縄と成った両腕で、漸蘭の周囲のなにかを撃ち落としたのだ。彼の砲聖、高島秋帆たかしましゅうはんを彷彿とさせる射の技術だった。

 ――これらすべてが絡繰の機構の一部だとすれば、弓曳童子我楽を造ったその工匠は……人智を越えた《人形》の技を有していたことになる。


(だが、我楽は……私を助けた。『小芥子』と連座(ぐる)だとは考え難い)


 漸蘭は再び鮫肌の柄を逆手に握り、肘に刀身を添えた。

 刀の鍔は手首側が湾曲しており、あらかじめ逆手にて扱うこしらえなのが見て取れる。

 それは異形の構えだった。

「先程はかたじけない。あれは……『小芥子』の攻撃かな?」

「御名答。自分で防いじまうなんて思いもよらなかったがネ」

 我楽は漸蘭が把持する変わり種の刀を見た。

「……あのさ、オネェサン。人間の中だとかなりやるだろ」

月乃目つきのめの道場で多少鍛えただけさ。それより奴のことを教えてくれないかい」

 漸蘭は天井に巣食う闇を見据えた。


 ――かろろろろろろろろろろ…………

 

 梁の上に立つ人影。そして、その影を取り囲むように旋回する音の群れ。

 闇の中で、白粉を塗られたその貌だけが生首のように浮かんでいた。

 藤紅葉ふじもみば黒繻子くろしゅすを纏った姿は、閨に佇む花魁おいらんそのものだった。


「操演者の名は木地都々逸きじどどいつ。『小芥子』の銘は――卯三郎うさぶろう

『小芥子』の使い手。都々逸と呼ばれた人影が一歩、足を踏みだす。

 落下することはない。宙に浮いた無数の『小芥子』、その一つに足袋がかかっている。二歩。三歩。小走りするように都々逸は空を進んだ。唄が響く。


「【肉毬あそびの千里も一里 憎きあいつの歯も光り】」

 

 ぶわり、と。座に潜む『小芥子』の群れが拡がった。

 それらは木擦れを鳴らしながら、雲霞うんかの群れのごとく座を満たす。

『小芥子』の数百体が球状に編隊し、二つに分かれ群れから飛び出した。

 球の内部でも、鋸刃のこばのように『小芥子』が渦巻いている。

 ……忘れてはいない。『小芥子』に囚われていた、蠢く血肉。

 恐らく、都々逸は『小芥子』の群れを高速で操作することにより、ひき肉のように人々を殺傷した。漸蘭も『小芥子』の網の中に入ればああなる。


 漸蘭は刀身を添えた右腕を支えるように、無手の左腕を十字に組む。

 かろろろろという木擦れが溶ける。『小芥子』の鏖球が漸蘭に飛来した。

 対して漸蘭は鞏固な構えを崩さず、『小芥子』の鋸刃のような回転を受け、

 その瞬間、右回りに身を捩る。回転の軸は二つ存在していた。腰と胸だ。

 二重ふたえの歯車のように下半身と上半身を連動させ、『小芥子』の推力と転力を同時に殺した。歯車に簪を差し込まれたように、球の回転がガちりと停まる。


 月乃目流、応じの弐。

《羽二重》と呼ばれる受けの技だった。


 漸蘭は、右逆手に振り切った鮫肌の太刀を、回転のまま滑らかに左手に受け渡す。右足が木板を蹴った。漸蘭の総身が独楽のように旋回する。

『小芥子』の数珠様の繋ぎ目に、袈裟のごとき一閃が入った。

 ばらりと球がほどける。

「――我楽!」

「御美事」

 既に我楽は駆け出していた。駆け足に置き去られた床板が、一歩ごとに踏み砕かれている。尋常の速度ではない。

「そうとも。《人形遣い》は、無敵の妖術師サマじゃねェ。《人形》を操るには、術の媒介……《演糸えんし》がなきゃ道理が合わんネ」

 我楽の義足、その脹脛が膨張し、爆ぜる。

 跳躍の寸前、漸蘭は見た。我楽の脚部より、斑に穴の穿たれた鉄管が突き出て――黒い霧を噴き出し一挙に燃えたのだ。まるで噴火のようだった。


 我楽の躯が宙に踊る。爆轟に突き上げられて。

 絡繰は、未だ空を闊歩する都々逸めがけ腕の火縄を乱れ撃った。

 だが、三度みたび。朗々と都々逸の唄が響く。

「【恋し恋しと鳴く火火よりも 散る燕子花かきつばた身を尽くし】」

 都々逸の唄に合わせるように、『小芥子』が鏡のように編まれ都々逸の前に身を差し出す。我楽の放った砲弾は、その悉くが空に縫い留められるが如く『小芥子』の組んだ円――その中空で停まった。

「矢張りな。お前ェサンの、人形遣いの伝手――《演糸》はそいつか」

 たちまち我楽の両腕が組み変わる。右腕は銛と鉄線を備えた弩に、左腕は肩口まで伸びる赤熱した太刀に。

 我楽は天井の梁に向け、右腕の銛を射出した。同時に脚部の鉄管が爆轟を噴き出し、絡繰りの姿が消える。

 都々逸が振り返った。

 鋼線に吊られた振り子のように、我楽が背後から太刀を振りかぶっている。

 闇の中でただ赤く、残光がたなびいていた。

 右腕は再び、大筒に変じている。

 距離は一間。

 都々逸が大きく腕を振り戻す。

 漸蘭を遊撃していた『小芥子』の群れが、我楽を迎撃しようと切り返し――

「させないよ」

 漸蘭は、素手で二振りの『小芥子』の球を掴んだ。

 当然、『小芥子』は内部でもその木人形を高速で回遊させている。両手が摺り交ぜられ、ごきゃばきという醜い音が響く。文字通りの攪拌であった。引き千切られた血肉に脂肪は絡んでほどけ、骨は砕かれ微塵と化す。

 ――だが、漸蘭は顔色一つ変えないばかりか、寧ろ腕を進めた。

 肉を絡ませることで、『小芥子』の小球ふたつが都々逸の元へ戻ることを防いでいる。はじめて、都々逸の真白な顔が歪んだ。

 ――我楽の鉄線を用いた円移動によって後方に回り込まれており、漸蘭の元へと飛ばした『小芥子』の球は引き戻すことができない。加えて、我楽は太刀を展開している。都々逸の前方、傍らには火縄の弾を受け止めた『小芥子』の輪が漂っているが、あくまで一次元的な編隊である以上、我楽の一太刀を浴びれば球形と異なり容易に瓦解してしまう。


 だが、都々逸には最後の手段が残されている。

『小芥子』の群れの完全結集による、《人形》の巨人の形成。

 城をも崩すその技は、『小芥子』の《仕掛》――『群体操作』、その極致だ。

 『群体操作』は、『小芥子』を群れとして操る《仕掛け》である。

 性質上、物体を群れの中に取り込むことや、その中で任意に物体の劣化と質量現象を防ぐことも可能だった。通常の傀儡の材質では、まるで『群体操作』に耐え切れないため、副次的にそのような作用が発揮される。銃弾や刃、血肉を『取り込んだ』と見なせば、檻や盾のごとく扱うこともできる。

 

 我楽の筒は都々逸の心の臓を撃ち抜く狙いに載せられているが、都々逸の黒繻子の裏には『小芥子』によって組まれた小型の盾が蠢いていた。

 一手は遅れた。だが、もう一手分の猶予が残した自分の勝ちだ。

「我楽!」

 警邏が叫ぶ声が聞こえた。関係のないことだ。

 都々逸は確信と共に、『小芥子』の《仕掛》を作動させる唄を紡ぎ――


「    」


 紡げない。

 視界は揺れ、風鳴りのような音だけが響いている。

 耳許で何かが爆ぜ、それが都々逸の鼓膜を破ったのだと認識したときには、

 既に我楽の太刀がただその白い喉に埋まっている。

 

 肉の灼ける匂いがぶわりと咲いた。迸った血が熱に炙られ、焦げる。

 我楽は刃を彼女の喉に突き刺したまま、胸郭に足を載せた。

「――あばよ、都々逸サン」

 

 その瞬間。都々逸は白い顔をほころばせ、静かに笑っていた。

 彼女は懐から手を突き出し、我楽に触れた。

 

 同時。都々逸の体が床板に叩きつけられると、義肢の脚部から爆轟が炸裂する。

 肺を抉り砕いた振動と熱気は速やかに気道と意識を焼断し、都々逸は死に至る痛みを感じるよりも早く、その命の糸を断った。


                   +


「――都々逸サンは」

歌舞伎座の暗闇には、もはや静寂がひろがっていた。

我楽の声がそのなかでぽつぽつと落ちる。

「近江で会った。遊女だったンだ。子供じゃりを堕ろされる前に、身重で遊郭から逃げるってンで、おれはその手助けをしてネ。『小芥子』は家宝だったんだとさ……たまに、そういう感じで《人形遣い》になっちまう奴もいる」

 漸蘭は歌舞伎座の定式幕に凭れ掛かったまま、黙ってそれを聞いている。

「『小芥子』は元々、子授かりの傀儡って聞いたことがあンのさ。だが、この様子じゃア多分、お腹ン中のもダメだったんだろうな。寂しかったのかネ。人間、寂しいと……縛られてねェとおかしくなっちまうらしいじゃないか」

 我楽は都々逸の屍に軽く手を合わせた。


 ……他ならぬ、彼自身が言っていた。人形は神を信じないのだという。

 なら彼は今、何に祈っているのだろう。何に成ろうとしているのだろう。

 骨と肉が絡まった両手の痛みを感じながら、漸蘭はぼんやりと思った。

 最低限の血止めは我楽が施してくれたが、いずれ耐えがたい苦痛が襲って来るだろう。気を逸らすため、漸蘭は今しがたの戦いで辿り着いた結論を投げかけた。

「……彼女の《演糸》はうただった。だからきみは、鼠玉でその音を潰した」


『――こいつは特別製でネ。実包でも鼠玉(※大音響で獣を追い払う弾丸)でも六尺玉でも何でも御座れさ』


「……御名答。《人形》を操る声を聞こえなくしちまえば、奴サンには隙ができる……まァ、オネェサンが身体張ってくれたお陰だよ」

 我楽は『小芥子』を拾い上げ、ぽつりと呟いた。

「悪いネ。腕、おれのせいでダメにさせちまった。……どう償えばいい?」

「きみが償うことなど、何もないよ……それどころか、私は感謝してる」

 漸蘭は荒い息を吐いて呟いた。

「《人形遣い》は、実在する。なら、姉を殺した《人形遣い》も確実にどこかに潜むはずだ……なあ、木地都々逸は、この江渡で何をしようとしていた?」

「……」

「……もうすぐ、警邏が来る。だが、今は私達二人だけだ。取引をしよう」

 漸蘭は我楽の赤い瞳を見据えた。海に潜るふかのような目だった。

「姉を殺した《人形遣い》を探したい。きみの力を貸してくれ」

「そいつはちっと難しい相談だね。おれも、自分の主人を探してェ」

「では。私が」

 

 その瞬間。

「――きみの主人となり、きみを縛ろう」

 我楽は、漸蘭とのあいだに糸を幻視した。

 か細く、しかし闇に輝く糸を。


「ウェへへ。参ったね、こりゃあ」

 我楽は白い総髪をぼりぼりと掻く。

 義肢の歯車がわずかに撓んだ。だが、それは心地のよい歪みだった。

 我楽は、懐から小さな粒のようなものを取り出した。

「……それは?」

「都々逸サンが、おれに押し付けてきたんでさ」

 それは樫の木で彫られた、無骨な太鼓の根付ねつけだった。


「コイツは、『左義長合戦さぎちょうかっせん』に馳せ参じるための……詔書みことのりみたいなモンだ」


 漸蘭の目に、我楽の顔がひょいと映り込んでくる。彼が痩躯を屈めたのだ。

「《人形遣い》の間じゃ、知らない奴は居ねェ。『左義長合戦』は、《人形遣い》が集められて殺し合う、神事だ。都々逸サンが、何でこんなことに巻き込まれてたのかは定かじゃねェが……これから先、江渡は《人形遣い》の死地になるのさ」

「……つまり、姉を殺した人形も、そこに集まるかも知れないと?」

 我楽は冷たい義肢の指で、かち、かち、と漸蘭の頬を撫でた。

「――よく聞きな、漸蘭サン。おれはあんたを死屍累々の道に引きずり込もうとしてる……」

「構わないさ。……私が、我楽、きみをつかってやる。きみも私をつかいたまえ」

 漸蘭は血と骨片に塗れた右腕を上げ、我楽の頬に添えた。

 鮮血が、我楽のおもてを下り、首へと糸のように枝垂れゆく。

「互いが、この血に沈むまで」

 二人はただ――どこまでも紅く結ばれていた。


                   +


 神事、『左義長合戦』に参じる操演者は、残り九人であった。

 この地平すべてから、《人形遣い》が引かれ合い、殺し合う。

 弓曳童子我楽、そして漸蘭は、絡まる糸の一筋に過ぎない。

 怪力乱神を奮う異形の傀儡を操り、歴史の影に蠢く《人形遣い》。

 その誰もが、何かに縛られていた。

 そしてたった今、弓曳童子我楽さえも例外ではない。

 一つの人形が、一人の操演者が、かくして互いを縛り合った。


 絡繰人形からくりにんぎょうめい弓曳童子我楽ゆみひきどうじがらく

 操演者そうえんしゃふか漸蘭ざらん


真我傀儡まがくぐつ》に求めし姿は、証明なり。

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