交換

葉月 陸公

交換

 「私と体、交換しない?」


 手に持っていたカッターが、音を立てながら床に落ちる。突然の提案に言葉が出ない。それどころか、私は、目の前の状況を理解できずにいた。


「どう? 悪い話じゃないと思うけど」


にこやかにそう言うのは、私が三歳の時に両親に買ってもらった人形だった。さらさらの長い茶髪が特徴の、可愛らしい人形。桃色の大きなリボンがついた白いワンピースを身にまとい、フリルのカチューシャを頭につけている。


 人形がしゃべるはずない。当然の如く、そう思った。しかし、現にこの人形は自我を持ってしゃべっているのだから、不思議だ。私は人形を怪訝な顔で見つめた後、ようやく、ぼんやりと彼女に言葉を返した。


「……いいけど」


正直、私は、今まさに死ぬつもりだった。そのために手にしていたカッターだった。この体が欲しいと望む人がいて、その人がこの体を有効活用してくれるのなら、その方が良いだろう。痛みだって本当は好きじゃない。痛みなく楽になれるのなら、その方がずっと良い。それに、大切にしてきた人形の、いや、唯一の私の心の支えだった人形の役に立てるのなら、尚更だ。


 落としてしまったカッターを拾い上げ、机の上に置く。


 私は人形を手に取ると、ベッドに腰をかけ、そっと目を閉じた。その身を、委ねるように。


 体を、交換するために。

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