第2話 フラッシュバック①
──暗い。狭い。
ここはどこだろう。
ぼくはあたりを見回そうとして、まったく動けないことに気が付いた。
そうか、これはフラッシュバック──あくまで認知の再現だから、今のぼくは知覚することしかできないのだ。
見下ろした指先が、かたかたと震えている。どうやらぼくは恐怖を感じているらしい。
しゃがみこんだまま、ずっ、と小さく鼻をすすると、ふわりと安心する匂いがした。かすかに漂う柔軟剤の匂い。視界の端に冬物のコートが見える。ここはクローゼットの中のようだ。
唐突に、クローゼットの外から絶叫が聞こえた。
びくッ、と全身が硬直する。うめき声と、重いものが倒れる音、激しく揉み合う争いの気配。姉さんの小さな悲鳴。聞き覚えのない男の怒声。
(誰かが、家に押し入ったんだ……)
そして姉さんは、犯人と争いになった。ぼくのフラッシュバックが作動したということは、姉さんはやられてしまって、次にぼくが襲われたのか。
(そんな、姉さん……!)
今すぐ助けに飛び出したい。でも、再現中のぼくはがたがた震えているばかりで、ちっとも動こうとしない。もどかしさに歯噛みしかけた瞬間、
「あ、あなたの狙いは弟でしょ⁉
ユーリならクローゼットに隠れてる!
だから私だけは助けてよ‼」
──すうっ、と血の気が引くのがわかった。
耳に刺さる金切り声は、間違いない、姉さんのものだった。
(姉さんが、ぼくを……?)
ぼくが狙われる。心当たりはあった。
このシロタ・フラッシュバックだ。
ぼくは姉さんの実弟ではない。両親が死んで、遠い親戚の家に引き取られたのだ。
両親はプログラマで、シロタ・フラッシュバックの開発者でもあった。
シロタ・フラッシュバックはすでに一般に普及している。
ただし現行のものでは、チャンスはたった1回きりだ。両親は新バージョンの開発途中で死んでしまった。残された資料は不十分で、今の状態ではもはやバージョンアップは難しいのだという。
しかし両親とぼくの電脳には、テスト用としてチャンスが3回に増えた最新のβ版が搭載されていた。
両親が死んだ今、この最新バージョンはぼくの頭の中にしか存在しない。
リリース前のバージョンだったから、このことを知っている人はほとんどいない。姉さんや今の両親からも、絶対に隠すように言われている。
けれど、それがどこかでバレたのだ。
だから犯人はうちに押し入って、ぼくを狙った。
シロタ・フラッシュバックは電脳最深部のソフトだから、コピーどころか、ぼくが生きている状態では他人からのアクセスすらできない。
でも、ぼくを殺して頭の中を分析すれば、両親が遺した最新版の『現物』が手に入る。
(姉さんはそれを察して……ぼくを、差し出した……?)
再現のぼくは呆然と目を見開いて、浅い息を繰り返している。
外でなにか物音が響いている。呼吸がどんどん早く、浅くなっていく。
心臓の鼓動がうるさい。視界がぐらぐら狭くなる。
息が吸えない。すごく苦しい。
怖くて、怖くてたまらない。
ぼくの意識は遠くなり、そして──
「チャンスは残り二回です」どこか楽しげに声は告げた。
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