ダイチノトリ

@Taakeeyy

ダイチノトリ

 この星の外側を、僕は知らない。この海の向こうを僕は知らない。この橋の向こうを、僕は知らない。大人の言うむかし、お兄ちゃんたちの話す自由、そして本人書かれた知らない言葉、その全てがわからない。

 「...。」

 ただひたすらに毎日橋を1〜2回往復する野戦装甲車の列を小高い丘から眺めている。いつもは朝来るのだが、飼っている犬のインペリアル・キング・フューラーの具合が悪く看病していたら夕暮れになってしまった。おかげで日課の装甲車の隠し撮りの連続記録が途切れてしまった。

 しかし、夕方に来るのも悪くはない。もうすでに星座を16個、流れ星を3っつ、そしてじいちゃんを1人見つけた...じいちゃんだ。それも明らかに普通ではないレアなじいちゃんだ。

 装甲服の模様が書かれた普通っぽい服を着た白髪のじいちゃんだ。

 「小僧、星は綺麗か?」

 話しかけられた。

 「話ちゃダメだから、言わない。」

 はっはっは

 じいちゃんは笑った。

 「優秀な小僧だ。安心しろ、おれはただしょーもねぇ話をするだけだ。連れ去ったりするほど、時間も体力も残ってないんでな。」

 「じゃあ話す。」

 「そうか。じゃああそこに見えるはずの明るい星、

3つを結んでできる三角は見えるか?」

 「うん!」

 「おぉ、この時間帯に夏の大三角が見えるとは...いい眼だ...」

 それから毎日、じいちゃんに会いに夕方に丘に登った。じいちゃんはいろいろなことを教えてくれた。水の手に入れ方。北を知る方法。そして紙の写真に写された色とりどりの町の風景。

 じいちゃんはよく、今の街は寂しいもんよ、あの...ぺいぺいのせいで...とか言っていた。


 第八の月に入る頃だった。

バララララとドローンが街の上を低く飛んでいた。いつもはあまり低く飛ぶもんじゃないから半透明の端末で写真を撮った。

 ...あれ?ピントは確かに合わせたはずなのにうまく写っていなかった。

 ハム安とか書かれていたので肉屋の宣伝だろうが、ちょっと写真をサボっただけでこんなに腕は落ちてしまうのかと落ち込んだ。

 さて、その日も丘に向かったが、じいちゃんはいなかった。寿命かな、そう思った時ピカピカする光が目に入った。モールス慎吾とかいう超能力だ。約30個点滅を覚えるだけで何でも話せるから面白い。...どうやら運河の可動橋に来て欲しいらしい。

 「おお、モールス信号を覚えていたとはさすがだ。ちょっと今日はついてきて欲しい。なあに、5分もあれば着く。」

 じいちゃんに連れられ道を歩く。白い車が行き来する大通りを横切り、歩く歩道に乗っかり、水道管の上に通された申し訳程度の道を渡った先に目的地はあった。

 「入れ、遠慮はいらん。」

 中は消毒薬のような匂いで満たされていた。そして理科室で飾ってあるようなガラス細工や初めて見る存在意義がわからないガラクタ?の数々。そして

 「すげー、恐竜の骨だ!」

 「ふふ、よく知っているな。しかしそれは恐竜ではない。ヒコーキというモノだ。」

 どうやらヒコーキというものは人間を空に飛ばすことができる乗り物で、まさに鳥だという。

 「まあ、こいつはおれと同じくもう飛べないがな。」

 「じゃあ、じいちゃんは何で取っておいてんの?」

 「...そのうちわかるさ。」

 その日から毎日別のところでじいちゃんと会うようになった。そしてぐるぐる遠回りしてあのガラクタ置き場にたどり着く。そしてヒコーキにべつのガラクタからひっぺがした部品を貼り付けていく作業をする。

 「どうだ、生きている感じがするだろう。」

 「は?」

 「...そうか。」

 そんなやりとりをしながら何日か作業をした。

 「小僧、お前は今日からここではワールウィンドだ。そしてお前はおれをチーフと呼べ、わかったか。」

 「わかった、じいちゃん!」

 苦笑いされた。


 白いランチャーを持った装甲兵が街を巡回する。そして同じく白亜の装甲車両がある建物の前に停まる。非正規戦を主に視野に入れた憲兵型だ。低電圧砲から弾頭が放たれる。

 ババッ!

 電磁波妨害と煙幕が辺りに充満し、兵士が突入する。男が引きずられてきた。

 「貴様から反社会傾向、ストレス、そしてデータ所有が検知された!これからの発言は裁判において...」

 「何の話だ!さっぱりだ!第一、それが本当ならどうやって...」

 「クラウド、それで十分だろう。」

 男は顔面蒼白になり、装甲車に投げ込まれた。僕は横を通り過ぎていった。

 「しかし、まだ足はつかないのか。彼の所有していたデータからも何も出てきていない。」

 「手がかりはこのガンカメラの写真だけか。」

 兵士たちはそう話していた。


 作業中、じいちゃん改めチーフはいろいろなことを教えてくれた。鳥やヒコーキが空を飛ぶ仕組み。それを利用すれば地上を早く駆け抜けられること。この島が実は一つの建物だということ。そして橋の向こうには本物の島があること。よく考えればわかる話も多くあった。しかし今まで知らなければ知らないのだ。

 作業も中盤に差し掛かると僕たちが作っているものがクルマだったとわかった。しかし、6つもあるタイヤはカバーで覆われていてボディ前方は黒い金属塗料で塗装した。こいつは耐熱塗料だった気がする。旧世紀はこいつで空の上、宇宙と地上を往復できたらしい。


 第九の月も終わり頃。基礎体力訓練が始まった。加速度やマシンの操作、そして高速状態によるストレスに耐えるために必要らしい。

 作業場の周りを何周もしたあと、運河で泳ぐ。ところどころ潜水して酸素取り入れ能力を鍛える。冷たい水は身体に応える。そんな日々を過ごしていたある日。

 「ワールウィンド、ちょっと来い。」

 どうやら地下に行くようだ。この廃墟に地下室なんてあったのかとやや驚く。

 中に入るとより驚いた。金属素材丸出しの銃、紙に印刷された地図。キラキラ金色に輝く円筒形のケース。

 「お前に話したいことがある、昔のしょーもない話だ。」


 人間はもともと、森の中に生きていた。しかし、知恵を使い物事を効率化してきた。それによって我々はより豊かになり、知恵をつけより一層効率的な社会を作ってきた。

 しかし、効率化のサイクルはある日、勝手に動き出したという。ネットワーク、アルゴリズム、深層学習、そしてAI。

 ついに完成した真なるAI、グレートクラウド。旧世界の国連によってこの地に作られたらしい。

 「そいつは世界に完全なる平和をもたらすと言われていた。しかしそいつは、人間の思考に介入することで平和を作ろうとした。歯向かう奴は粛正し、綺麗な世界を作り上げた。争いがない世界、て言えば聞こえはいいが、反対に人間の人格とか自己とかが消えていくんだ。そう気づいた時はちょいと遅かったみたいでな。」

 AIをシャットダウンさせることは全人類の脳と世界中の旧型コンピュータをフルに使っても不可能になっていた。そのため人類は物理的に破壊するために旧式の戦略爆撃機と護衛戦闘機でで飛び立った。衛星アンテナその他設備は破壊できたが、防空システムに阻まれついにAIは破壊できなかった。

 「まあ、おれがここにきたのはそういうわけだ。今更化学とか技術とかに逆らうのは無理だ。しかし、お前みたいな若い奴には薄汚れた、美しい世界を見てほしくってな。そこでこいつを作ったわけだ。」

 完全したマシンを指差す。

 「こいつで橋を渡っておれの仲間のいるとこまで行くって寸法さ。」

 「っ、じゃあその理屈で行くとチーフは消されんじゃないか!どうして黙ってたんだよ!」

 「...すまない。」

 「...っ!」

 わけもわからず飛び出した。


 町に戻るとやけに街が騒がしい。人だかりが市中の液晶や憲兵の広報車に群がっている。群衆をかき分けて液晶を見る。目を疑った。

 よく知った白髪のシワの深い顔。チーフだ。

 どうやらばれていたらしい。急いで来た道を駆け戻る。俺だけの夢じゃない、チーフの、いや人間原初の夢だ、ただ、新しい世界を目指す夢だ!


 「チーフ!俺だ!」

 ...返事はない。

 「俺だ!出てこい!」

 涙を堪える。

 「なんでだよ!俺に世界を見せてくれるんじゃなかったのか!」

 ボソ、ボソ

 ヘルメットから微かに音が聞こえる。すぐに被りインカムのスイッチをつける。

 「俺だ、ワールウィンド!」

 「待っていたぞ、覚悟はできたか!?」

 「うん!」

 涙が決壊してぼろぼろと溢れ出す。

 「泣くのはあとだ。とりあえず乗り込め、チェックリストは整備の時に話したな。」

 鍛え上げた足でコックピットへ向かう。飛び込むと同時にラダーを格納、キャノピーを閉鎖する。エンジンスターターをつける。油圧、電気系統は正常に稼働。

エンジンの加圧が開始されRPMが順調に上がる。キャノピーが完全に閉まり密閉される。ヘルメットと端子をケーブルで接続、HUDを起動する。

 「いい手際だ。現役時代の俺より早い!流石だ!」

 ドローンが廃棄の周りに集まってきている。時間は僅かだ。しかしエンジンは完全に始動していない。

 一機のドローンがこちらに近づく。重武装、対戦車タイプだ。近距離照準用の赤外線スコープがこちらに向く。もう後戻りはできないのだ。一思いにやるならやれ。悔し紛れにそう思った矢先、

 ブワァァァァァァン!!

 6本の銃身からなる20mmの弾丸の雨が複合プラスチック装甲をペースト状に仕上げる。

 ボンッ!キュイイイン!!完全にエンジンが始動した。クラッチを接続してゆっくり、そしてスムーズに走り出す。戒厳令によってがらんどうとなった目抜き通りを異質な黒い影が泳ぐ。


ブラック・オーストリッチ 

陸上を"飛ぶ"怪鳥

最大出力140kNの産声が火が沈んだ人工島に響いた


 「地図は覚えているか?」

 「バッチリだぜ!」

 「橋を目指せ、そのあとは一本道だ。」

 時速450km/hで橋まで駆け抜ける。残り1.7km、しかし出力をデチューンしたレーダーが前方に障害物を映し出す。

 「憲兵のロードブロックだ!ぶつかると木っ端微塵だぞ!」銃声と共にチーフが叫ぶのが聞こえる。

 あまり使いたくなかったが今こそ使うべきだろう。

スロットルレバーを最大限、ノズル開度をマニュアルで設定。クラッチ解除。そしてスイッチに点火する。

ドッ!ドドドドドッ!

 このマシンの化の皮が剥がれる。こいつは元戦闘機、アフターバーナーで音すら置いていく。人の手に余る悪魔の心臓だ。600、700、800、速度計の針が立ち上がる。1000、1100、今!静寂がキャノピーを包み込む。道を塞ごうとする装甲車2台の間をすり抜ける。一瞬の間、のちに音の壁にぶん殴られて、爆ぜる。装甲車だけではない。橋の舗装をも破壊していく。スピンすればこのマシンも分解してしまうだろう。ある程度島から離れたら通常巡行に戻る。本来こいつは成層圏用のエンジン、地上で動かすようにはできていない。燃料を持たせるため巡行時は平凡なタイヤ駆動だ。

 「橋についたようだなそのまままっすぐ行けば陸がある。その向こうの入江の海底トンネルを潜った先におれの仲間はいる!そこまで無事でいろ!」

 怪鳥は駆け抜ける、ナトリウムランプで照らされながら。


 何分か走ると光が見えた。

 「陸...これが陸か!」

 そう思ったのも束の間。後方で合成炸薬が今来た道をブッ飛ばす。どうやら昔眺めていた装甲車列らしい。あいつらは脱走者を捕らえていたのだろう。そんなことに思いを馳せる時間ではない。レールガンの青い火花が光る。

 ゴゴゴッ!さっきよりも近くに着弾する。次は必ず当たるだろう。しかしアドレナリンの分泌で恐怖を感じない。むしろ俺は賭けに出ることにした。

 青い光....

 ブレーキを踏み目一杯減速する。砲弾は前方に命中し、道が捲れ上がる。そして空を切る。

 空力が乱れ、車体全体が翼となり、浮き上がる。

 飛べるじゃねえか。

 着地の衝撃で姿勢が乱れるが、スポイラーやラダーをいじって立て直す。

 「チーフ!地上を走ってる!」

 「そうか!よくやったぞ!」

 喜びも束の間、爆発音と共にインカムが雑音を吐き出す。


 別れを惜しむのはあとだ。まずは約束を果たすため海底トンネルを潜り抜ける。もう追っ手は来ていない安心したその時、赤外線センサーの赤い光が満ちる。

 トラップだ。よりにもよって海底トンネルで爆発するとは。少しでも速度が落ちれば死が待っている。これまでのガタがきているマシンに鞭を打つ。再びアフターバーナーを焚く。

 速度は毎秒上がっていく。超音速で圧力で崩れていく回廊を駆け抜ける。ディフューザーかサスペンションかがイカれたのか姿勢が不安定だ。構造材に隙間ができて与圧が不完全になりつつある。それでも...それでも...

 衝撃が伝わる。後部パネルが弾け飛んだ。辛うじて保たれていた空気の流れが崩れていく。エンジン警告灯が点灯する。何かのかけらを吸い込んだようだ。合金仕掛けの鳥は流星のように駆け抜けていった。減圧によって意識が朦朧としてくる。肺に残った酸素で意識を保っていた。

 

 「...んん。」

トンネルを抜けると朝だった。焦げたジェット燃料と軽合金の匂いが立ち込める。

 マシンを後に歩き出す。とりあえずチーフの仲間を探して、それから飯を食おう。それから何をしようか...

考えてもわからない。ただ、楽しかった。

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