毎日枕元で囁いてくる死神の女の子が可愛すぎて死にそうです

星 高目

枕元に私がやってきましたよ


「ふふふ、眠れなくて苦しそうですね。生きるのが辛そうですね。どうですか? 死ねば楽になりますよ」


 草木も寝静まった夜、私は彼の枕元に舞い降りた。身にまとうローブが翻る。


「いや、なんですかその反応。幽霊でも見たみたいに。ちょっと、『疲れすぎてとうとう幻覚見えるようになったかー』じゃないんですよ。私ちゃんと存在してますから。ほら、こんな風にあなたのこと触れますからね」


「いやだから、『なら質量を持った幻覚かー』でもないんですよ。少しは現実を見ましょうよ。ね? 私ちゃんとここにいますし、見えるし、触れるでしょう? ほうら、あなたにとっての他人と何も変わらない」


「『へー』ってずいぶん能天気な反応ですね。ひょっとして疲れすぎて危機感とかそういうの全部麻痺しちゃってます? 今のあなた、多分よだれのライオンの前に放り込んでもほいほいと『わーライオンだー』とか言って近づいていきますよ。子どもより無防備ですよ」


「なんでそう言えるのかって? ふふふ、聞きたいですか? 聞きたいですよね? あちょっと、やっぱいいやとか言わないでくださいよ。少しは興味持ってください」


「なんですかこの人、普通もっとびっくりするでしょう……。ちょっと期待してたのになー」


「では気を取り直して。何故あなたがライオンの前に放り出されても子ども以下の無防備なダメ人間といえるのか」


 ぼんやりとしている人間の耳元に唇を寄せる。

 

「なぜなら、私がそのライオンさんだからです」


 がおー。


「……え? たてがみ? どうやって食べるのか? いやいやちょっと待ってくださいどこをどう見たら私がライオンに見えるんですか。見てくださいよこの真っ黒なローブに頭の黒い半月みたいな鎌、そして誰もを虜にするこのーでーなを。どこにもライオン要素ないでしょう」


「自分で言ったじゃないかって? 比喩です。ひーゆー。ご存じですよね? 『ヘイユー』じゃないんですよ何で急にそんな挨拶しなきゃいけないんですか。物の例えです。私は死神でーすー。あなたの命を頂戴しに来たんでーすー。あなたはさながら、私の目の前に差し出され、逃げ場を失った哀れな獲物ということなんでーすー。わかりましたか?」


「大鎌に髑髏? そんなの大昔の話ですよ。昔は死神も人手不足で手っ取り早く命を刈り取らなきゃだったんですが、今はしすてむ化? あいてぃーの波? とやらで作業が楽になったので私たちも変わっちゃったらしいんですよねー」


「で、新しい世代の私たちはむしろ人余りの状況に陥りまして、なかなか自分で人の魂にありつけない始末です。よよよ」


 ローブの裾で目をぬぐいながら気の抜けた泣き真似をする。


「結局食べるんじゃないかって? 食べるのは魂じゃなくて感情ですよ。魂はあくまで土産みたいなものです。ほら、人間も飲み物の入れ物を使いまわしたりするでしょう? そんな感じです」


「人間って面白いですよね。死に際の感情が一番濃くておいしいんだそうですよ。最後の瞬間に強く思うくらいなら、生きてるうちにそれを活かせばいいのに」

 

「まあそんなことは置いときましょう。重要なのはあなたが私という素晴らしい死神に哀れにも目をつけられてしまったということです」


 ぽふりとベッドに腰掛ける。


「私、気になるんですよねー。死をいつも恐れている人間が、自分から命を望んで私に差し出した時の感情はどんな味なんだろうって。皆絶望した感情が一番美味しいって言いますけど、そりゃ死神見たら人間皆絶望するじゃないですか。今から死にますよーってことなんですから。そうですよそう考えたら何であなた絶望してないんですか? 『ぷりてぃーだなー』、じゃないんですよ馬鹿にしてるんですかこの、この!」


 殴りかかっても悲しいかな、ぽふぽふという軽い音がするばかり。


「あなたと話してると調子が狂いますね……。こほん、とにかく私はグルメなのです。皆が知らない感情の味を探し求めているのです。え? 私を見た人を絶望させられないだけじゃないかって? ……」


 口笛を吹こうとして、空気の漏れる音だけが響いた。


「とーにーかーくー、これからあなたには自分から望んで私に命を差し出してもらうことにします。寿命とかそんなんじゃありません。日々奴隷のようにその他大勢の一部として生き、精神を臼で挽くみたいに削られていくあなたに特別な死に方をするチャンスを上げます。感謝してください」


「『そういうの結構です』? いえいえ、あなたに拒否権なんかないに決まってるじゃないですか。あなたがどれだけ嫌がっても、私は毎晩こうしてあなたの枕元に現れてあなたに死を唆します。ただ死なれるだけだと面白くないですからね、この世の何より私を想ってもらうことにします。そのうえで、私にその命を差し出してください」


 人間の頬をつんつんとつつく。


「怖いですか? 怖いですよね? え、『可愛い』? それはその、あ、ありがとうございます……。じゃなくて、今の状況! あなたの命を差し出せって言ってるんですから少しは怖がってくださいよ。……ちょっと、発音を曖昧にして怖いって聞こえるようにしながら可愛いっていうのやめてください。この、やーめーろー!」


「ほんとにあなた人間ですか? 人間の皮を被った化け物と言われても今なら納得できますよ。え? それを言うなら私もそう? 確かに私の見た目ほとんど人間ですけども……まあそうですね」


 うーん、と唸る。


「あ! あなた実は死神だったりしませんよね? 実はこれが初めて魂を刈り取ろうとしている私へのドッキリで、『ドッキリ大成功!』 とか書いたフロップを持ってたりしないですよね!?」


 がさごそと人間の周囲を漁るものの、それらしいものは見当たらない。


「……なさそうですね。よかったぁ~。いやまあ、初めから知ってましたけどね。鎌をかけたんですよ、死神だけに」


「『自分が初めて目を付けた人間なんだー』ってあれ、なんでそんなこと知ってるんですか? やっぱりどっきり!? ……え、自分で口に出してた? うそ、そんな……」


 どよよんと部屋の隅で体育座りをする。


「……私はもうだめです。おしまいです。こんなにあっさりと自分からぼろ出して、きっとこの人間には侮られて命を差し出してなんかもらえないんです。ここで口封じに命を取っても軽蔑の感情とか絶対美味しくないじゃないですか。このポンコツ死神、どじ、まぬけ、死んじゃえ―」


 部屋の隅に置いてあったぬいぐるみをつんつんする。ああ、可愛い。


「ぬいぐるみは可愛いですねー。感情なんてないし、もふもふだし、癒してくれる。ああ、もふもふ……ふにゃあ」


 もふもふとしたぬいぐるみを抱きしめる。


「いいなー、人間はぬいぐるみだけじゃなくて猫とか犬ももふもふできるから。あの子たち私たちの存在を本能で把握しちゃうから逃げてっちゃうんですよね……。ああ、もふもふは正義……はうう」


「え、『自分のことをもふもふしてみるか』って? なななななにをいうんですかこの変態! ……というか、あなたもふもふじゃないじゃないですか嫌ですよそんなの」

 

 あ、にやりと閃きました。


「そーれーとーもー……」


 また耳元に近づく。シーツが私の体と擦れる音がした。


「私の事、もふもふしてみたいんですかあ? いいんですよお、その命を差し出して、どうしてもって跪いてなら考えてあげますよお」


「ほら、こんなに可愛らしい子が傍にいて、何も感じてないわけないですよねえ。ドキドキしてるんじゃないですかあ? 今なら誰も見てませんし、我慢する必要はないんですよお?」


 長い自慢の白髪をさらりと手で流す。


「ほうら、髪だってこんなにすべすべです。あなたがどうしてもとお願いするなら、触らせてあげてもいいんですよお?」


「……え? 『そういうの結構です』? ちょっと、そんなあっさり断らないでくださいよ。死神だって傷つく時は傷つくんですからね! あ、今日は幸せに寝れそうだーじゃないんですよ。寝ないで、無視しーなーいーでー!」


 布団にくるまった人間を揺らす。


「え、ほんとに幸せそうな顔で寝ちゃった……。絶対、ぜっったいにその命を私に差し出させるんですからね! 覚悟しといてくださいよ!」

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