第1回『平原の掃除屋・スライム4』

 博士が指さした先。

 そこにあったスケイルウルフの死骸は、他のモンスターに襲われたのでしょう、あちこちに傷があり、手足はもげて無くなってしまっています。

 しかも死んでまだ時間が経っていないのか、その体からは固まっていない血が流れたままです。

 死骸ということに我々取材班は少し驚きを隠せませんでした。



「え? ああ、獲物と聞いていたから他のモンスターを襲うと思いましたか?

 残念ですが、スライムが他の動物やモンスターを積極的に襲うことはまずありません。なにせ戦闘能力が皆無ですから、返り討ちに遭うのはスライム自身もよくわかっています」



 確かにスライムは子供でも油断しなければ勝てると言われるほど、弱いモンスターとして有名です。

 体当たりくらいしか攻撃手段がなく、移動も遅いのでよほどのことが無ければ負けることの方が難しいでしょう。なるほど、そう考えれば食糧が他の動物の死骸というのは納得ですね。



「スライムにとって、モンスターや動物の死骸というのはご馳走です。

 新鮮な死骸であれば、それだけ多くの魔力を保有していますし、何より相手から反撃される心配もありません。急いでここまで移動してきたのは、時間経過によって死骸から抜け出る魔力を少なくするためでしょう」



 なるほど、我々人間を含めたこの世界に生きる生物は、全て魔力を保有していることは広く知られています。

 そして死亡した後、その体に保有されている魔力は腐敗と共にゆっくりと空気中に霧散し、他の生物や大地に吸収され、循環していくのです。

 ですから常に魔力飢餓の状態にあるスライムにとって、他の生物の死骸は安全に確保することができる貴重な食糧となるのでしょう。



「これが、スライムが掃除屋と呼ばれる理由でもあるんですね」



 平原では日常的に探索者によるモンスター狩りや、モンスター同士の争いによって、多くの死骸ができます。これを放置してしまうと、疫病の原因になることもありますし、何より血の匂いに誘われて森林の奥から強力なモンスターが誘引される可能性があるなど、さまざまな危険の原因となってしまいます。


 ですが、実際には多くの死骸は翌日には綺麗さっぱり消えています。

 まだモンスターの生態がわかっていない時期には、なぜこういったことが起きるのかで論争が起きたこともありますが、近年研究が進みスライムの特性が理解されてきたことで、スライムが捕食しているという解答が見つかったのです。


 そういった説明をしている間に、スライムがスケイルウルフの死骸へとたどり着きました。



「スライムの捕食は、実はあまり見ることができないんですよ。

 私も研究者になって長いですが、これでようやく3回目なんです」



 スライムは移動が遅く、死骸を見つけても他のモンスターが死骸を食べてしまったり、たどり着く前にスライムが探索者に狩られてしまったりとなかなか見る機会に恵まれないのだそうです。



「今日も、正直見ることができるとは思っていませんでした。運がいいですね!」



 興奮気味に話す博士の前で、スライムがその大きな体を動かしてスケイルウルフの死骸に覆いかぶさります。

 すると、成人男性と同じくらいの大きさである死骸はスライムの体にすっぽりと収まり、まるで水の中に浮かんでいるような状態になってしまいました。



「スライムの捕食は、他の生物と違ってかなりの時間をかけて行われます。

 あの大きさだと……おおよそ、10日間くらいはかかるでしょうね」



 10日間となると、さすがに死骸に残された魔力も霧散してしまうのではないでしょうか。



「そう思うでしょう? しかしスライムは捕食する際には、核に貯蔵していた魔力を使って外殻を変質させ、保存と消化に特化した液体にするんです。

 そのため、消化が終わるまでずっと新鮮な状態を保つことができるんですよ」



 博士が言うには、スライムが自ら変質させた外殻は保存に特化しているだけでなく、血の匂いや死骸の魔力を遮断する役割も持っているのだそうです。

 捕食中のスライムは、消化に集中するため他への反応が普段以上に鈍くなっています。

 そのため、他のモンスターに見つかりにくくするしているようです。



「ですが実は、捕食状態のスライムを襲うモンスターは平原にはほぼいません。

 捕食中のスライムの外殻は、強力な消化液でもあるため、下手に手を出すと甚大なダメージを負ってしまうんですよ」



 確かに、捕食中のスライムを襲って返り討ちに遭った探索者の話も多く聞きます。

 ちなみに消化に特化した外殻は、頑丈な鋼鉄製の武器であっても簡単に溶かしてしまう程に強力です。基本的に体の一部で攻撃するモンスターにとって、この時の外殻は危険な鎧と同じなのです。


 そのため、スライムが匂いや魔力が漏れないようにしているのは、あまり意味がありません。

 もちろん消化液となった外殻をものともせずに攻撃するモンスターもいますから、まったくの無意味ではないですが。



「ちなみに死骸そのものも、スライムにとっては貴重な栄養源なのでしっかりと消化されます。

 血液も貴重な水分ですから、消化しながら外殻の材料として取り込んでしまうんですよ」



 なるほど、確かに魔力を吸収するだけなら死骸はそのまま残ってしまいます。

 死骸の全てを栄養などとして吸収するからこそ、スライムは平原の掃除屋と言われているのでしょう。



「モンスターですから、私たちにとって脅威であることは変わりません。

 ですが、スライムはモンスターの死骸を吸収することで私たちの生活を、疫病やモンスターから守ってくれている側面も持っているんです」



 平原の掃除屋と呼ばれるスライム。

 討伐すべきモンスターでありながら、私たちの暮らしに大きな恩恵をもたらしてくれる存在でもあるのです。

 材班はスライムと人間の奇妙な関係に感慨を覚えるのでした。


 そしてそんな我々をよそに、獲物を取り込んだスライムは今までよりもさらにゆっくりとした速度で森の方へと移動を開始しました。

 移動したスライムを追いかけようとした取材班でしたが、博士に呼び止められます。



「捕食を始めたスライムは、目立たない場所まで移動して動かなくなるんです。

 これは移動することによる魔力消費を、少しで抑えることが目的と言われています」



 さらに言うなら、森の中へと踏み込むには取材班の準備が足りていません。

 森の中は強力なモンスターが増えるため、ほとんど丸腰な取材班では危険が大きすぎます。もし森の中へ入るのならば、経験のある探索者を護衛に雇わなくてはいけないでしょう。

 さすがにそれだけの危険を冒してまで、スライムの捕食を見守るわけにはいきません。


 日が傾いてきたこともあり、我々は取材を切り上げて王都へと戻ることにしました。





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