神と恋するのは難しい

悠未菜子

神と恋するのは難しい①

「「人気者をスターと最初に言った人は誰だったのだろう。


人気者など、この世の中において星の数ほどいる。言い得て妙だ。


正直、自分と他の人の違いなんて分からない。それでも、汗をかいて練習してステージに上がるのは、初めてステージに立った時の歓声が忘れられないからだ。」だって!今月の連載もめっちゃ良くない?」


冷静さが滲み出て読みやすい文章を書く推しが好きだ。


「そんなポエム読み上げられて推しくんも辛いと思うよ」

「うるせえ」

「口悪すぎ」

「推しくんと喋れるってなってもそんな口悪いままなの?」

「それは綺麗に喋るよ、当たり前じゃん」


目の前に座った友達がため息をつく。彼女、つまりマキはオタクでもなんでもないのにいつもわたしの話を聞いてくれる。


「あんたさ、普通にしてたら彼氏とか出来るはずのスペックなのになんで作らないの?推しのせい?」

「それとこれとは話が別、わたしに彼氏がいないのは必要ないからだよ」


パタンと雑誌を閉じながら言うと、マキはまた大きなため息をついた。


半分本心、半分強がり。


正直、わたしに向かって好意を寄せてくる人など気持ち悪くて話したくもないと思ってしまう。


「推しくんへの気持ちってさ、恋愛感情は無いの?」

「混じってはいるけど、憧れとか尊敬とかかわいいの気持ちの方が強いかな〜」

「じゃあ告白されても付き合わないの?」

「それは付き合うっしょ」

「分からん、オタクが分からん」


オタク心は複雑だからね〜と流しながら、ざくりとタルトにフォークを入れる。


ゼリーでコーティングされたいちごはキラキラしていて、スーパーに売っているそれよりも美味しく見える。それを一口で頬張ると、果汁が口いっぱいに広がる。幸せとは、こういうことだ。


マキの反応はいつだってオタクと違っていて面白い。今夜のオタクとの通話でネタにしよう、などと思いながら、マキの彼氏の話のターンになったので聞き流す。


「でね!推しに告白されたら付き合うかって聞かれたの!!」

「うそ!おもちちゃんそんなタイプじゃないのに!!」

「でしょ?」


おもちという名前を名乗って3年が経つ。

もはや本名よりも呼ばれる回数が多い。


呼ばれる度くすぐったいような、他の何かになれたような気持ちになる。


明日も推しのために働こう!と誓い合って通話を切る。穏やかで呑気な夜が終わってしまった。


アルコールを飲むと気持ち悪くなるのでいつも炭酸水を飲むことにしている。偽物のお酒?とマキにはよくからかわれるが、偽物でもスカッとすれば良いのだ。


部屋を片付けながら、マキに読み聞かせした雑誌の裏、自分の勤務先の広告が載っているのに気付いた。推しとわたしの世界って思っているよりも遠くないのかもしれない。そう思うと少しだけ気分が軽くなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神と恋するのは難しい 悠未菜子 @yuuminako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ